第90話 急報

 帰ってきた。私と先輩の家に。


 時刻はすでに真夜中。本当はもう少し早く着く予定だったんだけど道草を食っていたら随分と遅くなってしまった。


 そのお陰でお腹はいっぱいだ。


 だから家に着いた安心感と満腹感で急に眠たくなってきた。


「先輩、私、疲れたから先に寝ます」


「むにゃ……僕も寝る」


 今日一日で凄い歩いた気がする。明日に備えて寝なくては。


 明日の夜はいよいよジーク達と作戦を練る日なのだから。


 カトレアさんから聞いた情報とジークが集めた情報や協力者を元にしっかりとした作戦を立てるんだ。


「えっと、トルメダは召喚士を雇って…………ぐぅ」


 やばい、限界だ。瞼が重すぎる。どんどん落ちてくる。


 見れば先輩も同じような状態だ。


 私たちはふらふらとベッドに引き寄せられるようにして、寝室に向かう。


「ねむ」


「ねむい」


 二人してベッドに倒れ込む。


 先輩が私を抱き枕にしようと、くっついてくる。


 いつもは許すけど、今日はまずい!


「せ、先輩待って……離れて下さい。私、今日お風呂入ってないから汚いですよ!」


「僕だって入ってないよ〜」


 先輩がむぎゅーと抱きしめてくる。離れて欲しい。私の匂いが移っちゃう。


「エトは僕の匂い、やだ? だったら離れるよ」


「いや、嫌だとは言ってないけど……」


「じゃあいいよね。僕はエトの匂い好きだし」


「なっ! ああもう離せよー!」


 嵌められた。そして頑張っても離してくれそうになかった。


「朝起きて、私の匂いが移っちゃてたりしても知りませんから」


 先輩はなぜか「えへへ」と笑った。


「その方が嬉しいまである」


「素直に引くよ」


 疲れていたので、そのまま私と先輩は互いを抱き合うようにして眠りに落ちた。


 ちなみに、私も先輩も服を脱ぎ捨ててベッドにどぼんしたので、ブラとパンツしか履いていない。なので肌の感触が直に伝わった。


◇◇◇


「……眠たい」


「……寝たい」


 それが第一声だった。


「あ、ベッドから出たくないです」


「僕も出たくない」


 とにかく疲れていて何もしたくなかった。夜までになんとか英気を養わなければ仕事に支障をきたしてしまう。


「ご飯どうしますか?」


「エト。作って」


「嫌です。雑草でも食べてて下さい」


「それは無理」


 話し合いの末、冷蔵庫に何か手軽な物がないかと確認しに行く。あればそれで済ませたい。


 なかったら……雑草かな。


「何かありますように」


「ありますようにー」


 祈るような気持ちで開けると……今すぐに食べれそうなものが一つだけあった。


「ハムですね」


「ハムだね」


 生ハムならいける。良かった二人で分けても一食分くらいなら足りる。


 ハムを手に取った先輩が、妙案を思いついたとでもいうように提案する。


「ベッドで食べない?」


 普段なら絶対許さない。寝る所で何かを食べるなんて。


 でも今日は仕方ない。


「……今日だけだよ」


「やったー!」


 先輩と寝室に戻る。


 ちなみに、下にハムを取りに行って戻ってくるまでの間、ずっと下着姿でした。


 誰かに見られていたら恥ずかしいね。


 部屋でハムをはむはむと咀嚼する。


 美味しかった。


「美味しかったねー」


「そうですねーハムだけでも案外いける」


 先輩と私がハムを食べ終わり、ごろごろしていると、ドンドンドンと玄関のドアをノックする音が2階にいる私たちの所まで聞こえて来た。


「誰だろう?」


「誰だろうね」


「エト! アルマいる!? 開けるわよ」


「え? イリアさ……」


 声からしてたぶんイリアさん。

 イリアさんが私たちの返事を待たずして矢継ぎ早に玄関を開けた。


 あれ? あの人、合鍵持ってるんだ。


 そして足音が私たちの寝室に迫ってくる。


 その辺りで私の危機感レーダーが反応した。


「やばいッ! 先輩、服着ないと変な勘違いされる!」


「僕は平気だけど?」


 小首を傾げるな! そんでもって、今はまずいっていう危機感を持って欲しい。


「いいから早く服着てください。てか着ろ」


「分かったよもう」


 渋々と先輩が服を着始める。


 そのタイミングで部屋の扉が開いた。


 ギリギリセーフ。なんとか服を着るのが間に合った。あと少し遅れてたら絶対勘違いされてた。


 ふしだらな生活を送ってるって。


「イ、イリアさん。そんなに慌ててどうしたんですか?」


 イリアさんの顔は真っ青になっている。一体何事だ。


 それと先輩の服が逆になってる。意外に焦っていたらしい。


「イリア、何があったの?」


 ごくりと唾を飲み込み、イリアさんの言葉を待つ。



「ジークが……ジークが倒れたのよ」


 イリアさんはこの世の終わりのような顔をして、確かにそう言った。

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