第77話 過去と現在

「今日からこの家は私が取り仕切る」


 そう言ってあいつはやってきた。父の弟で、僕の叔父にあたるトルメダ・スタインが。


「いけません! 正式な手続きを踏んでから来ていただかな……」


「黙れ。お前はクビだ」


 レイスフォード家に長年仕えてきた執事が叔父によって不当解雇された。それだけではない、僕の専属メイドも含めて、祖父の代から仕えてきた使用人達を次々と解雇していったのだ。


 メイドは叔父に控訴したが、翌日にはいなくなってしまった。

 瞬く間に、僕と母の味方は全ていなくなったのだ。


「このような横暴が許されるとでも思っているんですか!」


 母が叔父に抗議した。しかし叔父は一枚の紙切れを見せつけてきた。


「ここに押されている印が見えるか? 皇帝の玉璽だぞ」


「そ、それは……」


 それは間違いなく皇帝の印であった。印は複製不可能であり、それを試みた時点で極刑に処されるのだ。


「女はそこで大人しくしていろ。ステファニー!!」


「はい、父上」


 そういって彼が連れてきたのは、僕の一つ上にあたる彼の息子だった。顔は正直いって印象が薄かったのを覚えている。



 だからあの時、店で会った時も誰か分からなかった。

 あとでジークから彼の姓を聞いて、ずいぶん様変わりしている事に驚いた。


 それに彼も僕に気が付かなかったのだ。



 母の予想はあたっていた。そこで僕も諸悪の根源は叔父だけであると確信した。



「家に残りたいなら貴様の娘は私の息子と結婚しろ。その方が私が御しやすい」


 母に似てみたくれだけは良いみたいだしなと、僕の事を値踏みするかのように、上から下へと目線を移しながら見てきた。


 僕は母にしがみついていた。


「父上、ボクはこのような女人は好きではありません。それに……」


 僕は彼の息子に侮辱され続けた。何を言われたのかはもう覚えていないが、僕は生まれて初めて憎悪を覚えた。


(憎い、この人達が憎い。こいつからがパパを……)


 後に知ることだが、叔父は次期皇帝に名高い第一皇子と結託し、この計画を建てたのだ。


 僕の父を殺し、侯爵の地位を奪い取り、皇帝の狗と成り下がった。叔父はただ自分の権力が欲しい為だけに父を殺したのだ。


「貴方達に大切な我が子を渡すわけにはいきません」


 母は僕の事をしっかり抱きとめ、小声で大丈夫よと言ってくれた。


「そうか、だったら仕方ない、今日中に出て行ってもらおうか」


 彼が手を叩くと使用人達が僕たちの荷物をどんどん運んできた。僕と母は、ひたすら彼の掌の上で踊らされ続けた。



 家から追い出された後、母は僕にこう言った。


「ステファニー君に言われた事は気にしないでいいわ。貴方は魅力的な女性よ。そして父さんに似て、優しい心を持っている。――貴方の事を理解し、貴方の事を心から愛してくれる、そんな人がきっと見つかるわ。父さんがそうであったみたいにね」


 母は笑った。そして赤裸々に父との出会いを話してくれた。


 父の話をする母は、とても楽しそうだった。父と母の愉快な話を聞いていると僕もつられて笑ってしまっていた。



 一通り話し終えると母は、叔父達に対する自分の見解を僕に述べた。 


「これは憶測だけどね。ステファニー君は精神魔法で操られていると思うの。彼が幼い頃に何度か会ったけどあんな事を平気で言う子ではなかったわ」


「そう……なんだ。でも僕は許せないよ」


 母は僕の額を中指でピンッと弾いた。


「いたっ!」


「復讐なんて考えちゃダメよ。貴方は幸せになる事だけを考えていなさい。大丈夫、ママが良い人を見つけてくるわ」


 母は腕をまくって力こぶをつくって「えいえい、おー」と言った。それがなんとも滑稽で僕はつい笑ってしまった。


「ふふっ!! わかったよママ。僕は楽しく生きる」


「そっちの方が貴方らしくていいわ、アルマ」


 それから僕と母の辛い貧困生活が始まった。そして母を失った後、僕は結局復讐の道へとのめり込んでしまった。


 母との約束を守りきれなかった。

 楽しく生きる事も忘れ、ただ復讐の為だけに生きていた……後輩エト後輩が来るまで。


◇◆◇◆◇


 長い時間をかけて先輩は私に全てを話した。

 すっかり紅茶は冷えきってしまっていた。


「新しいの持ってくるね」


「うん、ありがと」


 私は魔道具でお湯を沸かす。コポコポと心地良い音が聞こえる。

 あの侯爵様が操られていたのも驚きだが、第一皇子……おそらくユアンが関わっていた事に驚きを隠せなかった。


(先輩は私と同じくらい、いやそれ以上、酷い目にあったんだな)


 家から追い出された後の方が大変だっただろう。なにせ全て一から始めないといけないのだから。先輩によると最初の一年間は元使用人の実家を行き来して暮らして、ある程度お金が溜まってからは、安い家を借り、二人でつつがなく暮らしていたのだそうだ。


「それであの事件にあったわけか……」


 先輩から前に聞いた事件を思い起こす。

 父を亡くし、母を亡くした先輩。その心境は……到底言葉にあらわせないものだろう。


 でも先輩の話を聞いて、私は復讐をやめようとは思わなかった。それどころかより一層決意が固まった。


 先輩の為に、そして先輩の家族、私の家族の為に。



「必ず、私がユアンを殺す」



 窓の外を見る。まだ夜明けに時間がある。もう少しアルマと語り合おう。


 今度は私の話を聞かせてあげよう。

 

 カノン様やシズル、みんなの話を。

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