第69話 業火の獣〜決着の一撃〜

「《状態回復キュア》!!」


 その時、隣にいた先輩が自分と私に魔法をかけた。


 (体が動く!)


 先輩の魔法によって動けるように、私は風魔法で衛兵達を炎息ブレスの範囲から逃す。そして私自身もその場から飛び退くのと同時に私が立っていた地面は炎息ブレスでえぐられていた。


 あと少し遅かったらと思うとゾッとする。


雷剣ライトニングソード!」


 また他の人達は立ち上がれない為、私が前線を担当する。元々その予定ではあったが。


 地面を軽く蹴り、地獄犬ヘルハウンドへと接近する。私を迎え撃つかのごとく爪を立て吠える。その口からは赤いよだれが垂れていた。


「うおおおりゃぁぁー!!」


『ガルゥゥゥゥ』


 ほぼ同時にぶつかり合う。私の雷剣と地獄犬の炎爪が何度も空中で交差する。素早い地獄犬を死ぬ気で追いかける。何度目かの攻防で地獄犬が回ったか思えば器用に後ろ蹴りを放った。


「ぐっっ!」


 蹴りが私の脇腹を襲いバキバキと嫌な音を立ててそのまま押し飛ばされる。


「エト!!」


 後方で衛兵達に状態回復の魔法をかけていた先輩が吹き飛ばされた私を見て駆け寄ろうとする。私は声を振り絞る。


「来ないでください!! これは私の役目です」


「でも……僕だって戦えるよ!」


 私は立ち上がると口からゴボッと血が溢れ出てきて吐血してしまった。肋骨が何本か逝ったらしい。息をすると激痛が私を襲いゲホゲホとむせ込んでしまう。少し離れた位置で足を止めた先輩。その目からは涙が溢れんばかりにこぼれ落ちようとするのを唇を噛んで我慢しているようだった。


「それ以上は死んじゃうよ。僕も戦う」


 先輩は戦闘に特化しているわけではない。そして相手は危険度Aの魔物なのだ。近接戦闘が得意とは言えない先輩が距離を詰められれば間違いなくその爪や牙の餌食となる。いや間違いなく距離を詰めてくるはずだ。地獄犬は知能が高い魔物だから。


 先輩は賢い。だからこそ頭で理解していても感情がついて行けてないのだろう。


「大丈夫です。私は死にませんよ……こんな所では」


 私の脳裏に血濡れた両親の姿がチラつく。まだ私は死ぬわけにはいかない。せめて復讐を果たすまでは。


 私は笑った。痛みを無理矢理抑え込み、その激痛を先輩に悟らせないように優しい声音でゆっくりと語りかける。


「本当に……大丈夫ですから」


 先輩を心配させたくないから。


 でもそれが無意味な事だとは分かっている。だって先輩の能力は『心眼』。私の心を読めるのだから。


 だからこそ先輩は私の意図を的確に汲んでくれた。いや能力を使わなくても先輩には伝わったのだろう。


「そうだよね……エトが死ぬわけないもん。帰ったらご飯作って貰うからね!」


 その方が先輩らしかった。その事にふと安堵している自分を見つけ苦笑する。


「ふふ、楽しみにしててねアルマ」


「うん! でも回復魔法はさせてね」


 先輩が上級回復魔法ハイヒールを唱え私の傷を癒していく。それでも完全回復とまではいかず折れた脇腹は完全には元に戻らなかった。


 おそらく一部が砕けているのだろう。


「じゃあ行ってくる」


「頑張って」


 いつもの調子で先輩と別れる。先輩とそれ以上は言葉を交わす事なくお互いの役目に戻る。衛兵の処置に戻ろうとした先輩が膝から落ちかける。


「――――っ!!」


 がなんとか気合で倒れるのは防いだようだ。


 (私に上級回復魔法ハイヒールかけたせいで魔力が底をつきかけているんだ)


 とうとう炎の壁が建物へと浸食し始める。動けるようになった衛兵達が市民達を誘導している。


 私は周囲を見渡す。


 地獄犬は静かに塀の上で佇んでいた。まるでその瞳は「お別れは済んだか?」とでも言っているようであった。


 ムカついた。


「人の言葉が分かるかどうか知らないけど、死ぬのはお前だ! 私は生きて帰る!!」


 両手に雷剣を構える。地獄犬はやってみろとでも言うようにひと吠えする。地獄犬は大きく上体を逸らし息を吸い込むと炎息を吐いてきた。 それを私は左右にかわす。しかし地獄犬の激しい猛攻で全く近づけない。逆にどんどん後ろへと追い詰められている。


 近づこうとすれば炎息を吐きながら地面をリズム良く移動し私を弄ぶように動き回る。


「舐めるな!」


 私は地面に雷剣を刺す。すると地面が激しく揺れ、地割れが起き、割れた隙間から雷が出現する。


『ガゥゥ?!』


 地獄犬が驚きと悲鳴に近い声を上げ体勢を崩す。地面から出現した雷が地獄犬の後ろ足に命中し焼け爛れていた。自分の足の状態を確認した地獄犬は「よくもやってくれたな」とでも言うようにその真紅の瞳が私を捉える。やっと獲物というより……敵として認識してもらえたらしい。


「今更遅いんだよ」


 だが私の手も無事では済まなかった。掌が焼け、皮が剥がれ落ち、中の筋肉が露出していた。これは魔力を過多に放出した弊害である。


 普通魔法を使用する際は、自分の体から外に向かって押し出すように魔力を放出する。


 今、私がやった事はそれにもう一段階付け加える。体内の魔力が集まっている心臓付近から体の一部に集め、それから体外へと放出する。基本的に人間の身体は柔らかい。人間の身体は魔力を保存する場所以外は魔力に耐えられるような造りになっていないのだ。


 その為、このように手痛い傷を負う事になった。


 (これはもう貴族令嬢の手じゃないね……)


 焼け爛れた私の掌は風に吹かれるとじりじりと傷んだ。地獄犬は本物の犬のように体を丸めて後ろ足をペロペロと舐めており、まだ動く様子はなかった。


 周囲に転がっていた衛兵達も今は居らず、全員で市民の誘導を手伝っている。


 私と少し離れた場所には先輩がこちらを伺うように見守ってくれていた。


 (帰ったら怒られそう)


 私は魔力を右手に集中させ、左手で右手を支える。光の粒子が集まり右手で照準を合わせる。


 左手で右手の付け根を掴みながら、大砲のように右手から魔力が放たれる。


「《雷砲ライトニングキャノン》!!」


 雷の弾が弾道の射線上を破壊しながら地獄犬へと目指す。


『ガルゥゥゥゥ!!!』


 地獄犬は息を吸い込み、奴もまた全力の炎息を放った。この一撃で勝負が決まるだろう。

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