第68話 業火の獣〜ヘルハウンド〜

「……地獄犬ヘルハウンドがたくさん」


 アルマがそう口にした。周りの人もみんな呆然とその光景を眺めている。


「終わりだ……もうおしまいだぁぁぁぁーー」


 一人の衛兵が逃げ出した。


「だめ! 戻ってきて!!」


 私は咄嗟に止めたがすでに彼は私たちから離れていってしまった。今、私たちは円状に固まっている。そしてその周りを地獄犬達が取り巻いている状況だ。


 一人減ればその分隙間が空き、襲われやすくなる。もちろん、一人で逃げればどうなるか……彼が実演してくれた。


 彼の元に地獄犬ヘルハウンドがわらわらと集まっていき、彼はでたらめに剣を振り回すが当たるはずもなく、動きを読まれ、後ろから迫る地獄犬にその鋭い牙で噛みつかれる。


「ぐぎゃぁぁぁぁあーー助け……」


 プチュとトマトを潰した時のような音がして、彼の頭と胴は離れた。ニチャニチャと音を立てながら地獄犬は食事を楽しんでいた。


 頭を口の中に入れた地獄犬が私たちの前に座り、次はお前達の番だというように目の前で食事を始める。そのおぞましい姿に何人もの衛兵が吐き出してしまった。


 士気は最悪に近かった。


「…………」


 アルマが地獄犬ヘルハウンドの食事の様子をまじまじと見つめている。


 え、アルマ先輩ってこんな残酷な光景を好むの?! うわ〜〜素直に引くわ。


 私の訝しげな視線に気付いたアルマがこちらを向くなり全力で否定してきた。


 どうやら私の思考を読んだらしい。全くもってずるい。


「ち、ちち違うからね。ちょっと気になる事があったから見てただけだから」


「本当ですかねー? じゃあ分かりました。今から私が考えている事を口に出して下さい」


 「え、なに急に」と戸惑うアルマを無視し、言葉を浮かべる。その様子にアルマも渋々付き合ってくれるようで私を見つめてくる。


「えーと、私はアルマ先輩の事がす……」


 そこまで言いかけて、なにを言わせようとしているのか気付いたのか途端に顔を赤くする。


 冗談なのに本気にしちゃって可愛い。


「もう、そういうのは二人だけの時にしてよ! こんな時にする事じゃないでしょ」


 先輩は顔を真っ赤にして抗議してきたが私の知ったこっちゃない。こんな時だからこそ気を張り詰め過ぎない事が重要になってくる。でないと見えてくるものも見えてこないから。


 私はムシャムシャと人肉を貪る地獄犬ヘルハウンドを見ていて一つの仮説に辿り着いていた。


 元来、召喚士は魔物の召喚時に極度の魔力、又は大量の生贄を消費、必要とする。ゴブリン達やスケルトン達を召喚した事も含めて、その両方が行われた事が明らかだ。そうでなければ人間技ではない。


 まぁ人間を生贄にする時点で人としては終わってると思うけど。


 これだけ多くの魔物を召喚出来る事から召喚士の技量が高いことも窺える。


 私は冷静に状況判断と指揮に取り組んでいる二人の元へ向かう。近くの民家は完全に焼け落ち全てを燃やし尽くしていた。残る建物を探すように火の手が市民達のいる建物へと目指していた。もう残された時間は少ない。


「貴族! ―――さん!! 恐れる必要はありません。あの地獄犬はただのハリボテです!」


「それはどういう事? 詳しく教えなさい」


 イリアさんと侯爵様が真剣な眼差しで見つめてくる。侯爵様には今、イリアさんの名前は阻害されて聞き取れていない筈だ。


 ジークの万能装備に感謝だね。


 手持ち無沙汰のアルマ先輩がオロオロと私たちの周りをうろうろしていたので、襟首を掴み大人しく私の横へ座らせる。


 先輩はちょこんと可愛くお座りした。


「動きからしてあれは地獄犬ヘルハウンドではありません。いくら召喚士の技量が優れていてもあんなに多くの地獄犬ヘルハウンドは召喚出来ませんよ」


「ではあの地獄犬ヘルハウンド達は一体……」


 それについても予想はついていた。地獄犬は危険度Aに指定される魔物だ。そんな魔物を易々と召喚出来るはずがない。それが出来たらとっくに世界は悪い奴らに滅亡させられている。


 私は他の個体よりも少し近くにいた地獄犬に向かって、魔力を溜める。


「《雷撃ライトニングボルト》!!」


 閃光が空を照らすように光り、雷が地獄犬に命中する。


 (やっぱり弱い)


「見てください」


 私が体をどけるとそこには焼け爛れた一匹の犬がいた。ワイルドウルフだ。


「これはワイルドウルフ?!」


 一人の衛兵が声を上げる。他の人達も続々と遠目に死体を観察する。一匹倒された事により他の地獄犬は警戒し、少し包囲網が緩んだ。


 一体を除いて。


 イリアさんと侯爵様が心得たという顔をしているのに対しアルマ先輩はどゆこと?っていう顔をしてしきりに顔をしかめている。


 さすがアルマおばか先輩だ。


「先輩、つまりこれは幻術魔法の一種ですよ」


「げんぢゅちゅ魔法の一種? 幻影魔法とは何が違うの?」


 言えてない、めっちゃ噛んでる。あ、完全に知らず存ぜぬの顔だ。


「幻術魔法は幻影魔法よりも上位に位置します。その分魔力消費もばかりなりませんがより高度な幻覚を見せる事が出来るのです」


 腕を組み、ふむふむと先輩は私の話に耳を傾ける。


「ふーん……という事はあれ全部ワイルドウルフを地獄犬に見せてるだけ?」


「そういう事です」


 納得したというように先輩が手を叩く。


「ま、僕もそうだと思ってたけどね。後輩に少しは華をもたせてあげなくちゃと思ったから解説させてあげただけだから。さ、みんなであいつらをやっつけちゃおーーーー!」


 嘘つけこら。私の台詞返せ。


 いや、案外さっき言ってた気になる事って、アルマ先輩にしか見えない何かがあったのかもしれないな。


 そこの所はよく分からないが、先輩の疑問は解消されたみたいだから平気だろう。


 先輩がみんなを鼓舞し、近くの地獄犬に果敢に攻めかかる。先程まで劣勢を極めていたが私のおかげで上手く押し返し始めた。


 先輩は何もしていない。そう、全て私のおかげだよ。


「それにしてもよく気付けたな」


 感心したように侯爵が話しかける。


「動き方が随分と単調だったから、偽物だと気付けた。本物と戦った後だと動きも威圧感も全然違うからね」


 賢いなと侯爵は私を褒める。


「結婚してほしい……と言い寄りたい所だが、ボクには心に決めた人がいるからね」


 と侯爵は市民達のいる建物へと目を向ける。侯爵は私があそこにいると思っているのだろう。うん、本当は隣にいるんだけど。


 意外に一途なのかなと思いながらとりあえず話を切り上げ私たちも戦いに加わる。


 その間、イリアさんと侯爵様は脱出の為の術式の準備を始める。


 そして粗方、偽物の地獄犬ヘルハウンドを倒し終えた。残すは本物の地獄犬ヘルハウンドのみだ。


 広場に佇む地獄犬は偽物とはまるで凄みが違った。今まで抑えていた魔力を解放するように地面に前足を踏み込む。


『グルルルルゥ』


 地獄犬が低い唸り声を上げ、次の瞬間吠えた。


 耳の奥を突き破るような音波をくらい、私は平衡感覚を失ってしまった。他の者も同様だ。


 みると半壊していた建物は今の遠吠えで吹き飛んでいる。


 イリアさんと侯爵様は障壁を張り防いだようだが、近くにいた私たちは直撃を免れなかった。


 そしてまともに動けない私たちに地獄犬が業火を吐く。


 (やっばい!!)


 防御魔法が解けている今、あれを食らったら間違いなくあの世行きだ。なんとか立ち上がろうともがくが足は思うように動いてくれない。


 業火が目の前まで迫ってきた。私の力量では障壁魔法を張っても防ぐ事は出来ない。


「《状態回復キュア》!!」


 その時、隣にいた先輩が自分と私に魔法をかけた。

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