第36話 普通のメイドだったけど王女を失って暗殺者になりました

「う、うわぁぁぁぁー。お母様ーお父様ー!」


 私は、遺体にかけよった。


「いやだいやだ、嘘だといってよ母様! 父様も本当はふざけてるだけなんでしょ。ねぇ起きてよ」


 私は、母と父の亡骸にしがみつく。


「……エト、もうそれは人であったものだ。君の両親ではない」


「何言ってるの! 父様も母様もここにいる」


 私は両親に必死にしがみつく。


「もう魂は既に旅立っている。それはただの抜け殻に過ぎない」


 その瞳は光りを灯していなかった。私をもう映すことさえない。


「なんでそんなこと言うの! もう何処か行ってて!!」


「……分かった、家の中に入ってるぞ」


 私がそういうとジークは憐む様な顔でわたしを見ると、崩落した家の中に入っていった。


 お母さん、お父さん、私は両親の手を握る。既に冷たくなっていて、死んでから随分と時間が経っている事が分かる。


 もうこの手で、私の体を抱きしめてくれることはない、ただいまやおかえりも言ってくれることはない、落ち込んでいる時に慰めてくれる事もない、あったかい食事を一緒に食べる事もできない、一緒に寝る事もできない。


ない、ない、ないないないないないないないないないないないないない。私がパパとママとしたかった事が全部出来ない!!!


「なんでパパとママが死ななければいけなかったの? ううん、死ぬべきだったのは、私のはずだったんだよ。私が城から逃げたせいで、パパとママや領民が死ぬ事になったんだ。 全部私のせい。私が全ての元凶なんだ。私がみんなの幸せを奪ったんだ……私が選考会になんかでなければ、身の丈に合わない事を望まなければ………私なんかが生まれてこなければよかったんだ」


 私は、両親の亡骸にしがみついた。


「あは、あはははは。ごめんなさい私なんかが生まれなかったら、パパもママも死ななかったのに。安心して、私もすぐに後を追うから……もう特命なんてどうでもいいや。カノン様ごめんなさい、ティナ様も守りきれませんでした」


 思えば私は、何も成し遂げられてないじゃないか。ローラの陰謀にも気付けず、ティナ様も守りきれず、カノン様の護衛としての役目もまっとうする事も出来なかった。


 それに肝心な時は、いつもシズルに助けてもらっていた。私ってだめだめじゃん。


 もう何もかもがどうでもいい。



 一体いつまで、そうしていたんだろうか、気付けば周りの遺体が、両親以外いなくなっていた。


 もしかしてみんな生きていた? いや確かにみんな死んでいた。じゃあ生き返ったのかな、パパとママも生き返るのかな、アハハ。


 ザック、ザックと土を掘り起こす音が聞こえてくる。音のする方に行けば、家にいるはずのジークが、裏庭で土を掘り、使用人の遺体を埋めていた。


 なーんだ、生き返ってたんじゃないのか。


 私が踵を返し両親の元に戻ろうとした時、ジークに声をかけられた。


「あとは、お前の両親だけだ。別れが済んだら連れてこい」


 何言ってるの、パパとママと別れる? そんな事絶対嫌。 


 死ぬまでここに両親と住もうかな、それとも今すぐ死ぬべきかな? どっちがいいんだろう。


 あっ! 色々不便だからネクロマンサー使いの人に動けるようにしてもらおうかな。


 そしたら、また家族揃って暮らせるね、これは名案だ。


 私が、何を考えてるか察したのか、ジークが釘をさしてきた。


「分かってると思うが、ネクロマンサー使いでも魂までは戻せない。出来るのは生きる屍にする事だけだ」

 


  なーんだ役立たずだな、やっぱりこのままでいいや。


 やっぱり両親の所へ逝こう。その時だ。


「…………けて」


 どこからか、かすかに人の声がした。


「今の聞こえたか、近いぞ」

「うん、聞こえた。一体どこから、あっ!」


 崩壊した瓦礫の下から、微だが声がした。


「た……すけ……」


「待ってください、今すぐに助けます!」


 私は目の前の人を助ける為に体が自然と動き出した。両親だったらどんな時でも人命を優先すると思ったからだ。


 私とジークで瓦礫をどかすと出てきたのはウチの執事だった。


「パイロンさん?! 大丈夫ですか?」


「おお〜お嬢様、ご無事でしたか。わたしはこの通りもうだめです。他の方は?」


 パイロンさんの腹部には、木が刺さっており、出血していた。


「……いいえ、貴方だけです」

「そうですか、してそちらの方は?」

「こちらは母の知り合いで私を助けてくれた方でもあります」

「どうも」


 ジークが軽く挨拶する。


「そうでしたかお嬢様を助けて頂きありがとうございました」

「パイロンさん。私たち一家、いやこの町を襲ったのは一体何者ですか?」

「それを知ってどうするのです。復讐でもなさるおつもりなら、そんな考えはお捨てください。きっと旦那様方はそんな事、望んではおられないでしょう」


「………そんな事するつもりはありません。どうか私に教えて下さい」


「分かりました、人数は一人でした。仮面をかぶっていたので人像は分かりませんでしたが、男でディカイオンと名乗っておりました。白い手袋が特徴的でしたね」


 パイロンはしみじみと語った。


「一人で?! たった一人で両親を殺し領民も皆殺しにしたのですか! なんて馬鹿げた奴」

「お嬢様……」


「ディカイオン……」


 私は、わたしの家族を奪った存在の名前を呟き、心に刻んだ。お前だけは必ず殺すと。 


 その為には、そいつと戦える力をつけなければ……死ぬのはまだ先になりそうだな。


「ゲホッ、ゲホッ。私ももう長くない様です」

「……パイロン」


「男には、もう一人部下らしき者がおりましたが、最後まで何もする事はございませんでした。我々を守る為に戦った、奥方と旦那様は、戦えない私たちを庇って魔法をもろにくらってしまいました。私もそれ以降の記憶がございません」


「いいえ、助かったわ。パイロンありがとう」


 これでやるべき事は決まった。


「それで最後に一つお願いがあるのですが」

「何? なんでも言って」


 彼の最後のお願いだ。私が叶えられる事なら叶えてあげよう。


「私を魔法で眠らせて下さい」


 予想外のお願いが彼の口から飛び出た。


「それは、死なせて欲しいと言うこと?」

「はい、遅かれ早かれ死ぬでしょうが、死ぬなら楽に死にたいのです」


「………分かったわ」

「ありがとうございます」


 私はパイロンに、強い睡眠魔法をかけ眠らせてあげた。もう起きる事はないだろう。彼の最後の言葉は、お嬢様は幸せになって下さいだった。


 そんな事……もう出来るわけがないのに。私は彼を地面に横たわらせて立ち上がる。


「どうするつもりだ?」

「決まっている、仇であるディカイオンという男を探して殺す。そのあと私も死ぬだけ」

「そうか……だったらまずは両親の遺体を埋めてやらないとな」

「うん、ジークも手伝って」

「分かってるよ。ったく母も娘も俺をこき使いやがって」


 私はジークと一緒に両親の遺体を運んだ。どんなに探してもパパの下半身は見つからなかった。


「これ、まだ持ってやがったのか」


 ママが身につけていたペンダントを手に取った。


「それ、ジークがプレゼントしたの?」

「あぁ一度だけな。せがまれて仕方なく買ってやったんだよ」

「そう……すごくそれ大切にしてたよ」

「そうかい」

「だからそれはあげる」

「いいのか? 遺品だぞ」

「いいの。それは貴方が持っていた方がいいから」

「そうか、そういうことなら俺がもらっておこう」


 私は両親とパイロンさんを埋めたあと、誓った。


「必ず私がディカイオンと名乗る男を殺すからね」


 両親はそんな事望んでいないかもしれない。その時、カノン様とティナ様の顔が頭を横切った。


 私は悩んだ、つまりこれはティナ様やカノン様を見殺しにするということ、二年近く苦楽を共にし、忠誠を誓った人を裏切れるのか……答えは否だ。


 でも今の私が出来る事はない……それなら大人に任せるのがいいよね。私だって自分のしたい事していいよね、これは裏切ったわけじゃない、仕方のない事なんだよ。


 私はそう自分に言い聞かせた。


 言葉には出せなくても分かっている、もう何もかもが手遅れだと。


 これからどうやって、ディカイオンを見つけよう。私が途方に暮れていると、埋葬を終えたジークが話しかけてきた。


「俺の所にくるか?」

「ジークの所に? つまり暗殺者になれと?」

「あぁ俺のギルドに入れば、お前の仇の手掛かりも見つかるかもしれねぇぞ」

「ジークはなんとも思わないの?」

「アメリアの事か……多少思う事はあるけどよ、貴族に戻ったらいずれこうなるとは分かっていたよ」


「そうなんだ……お母さん元々貴族だったんだね。ジークは、私の知らないお母さんをいっぱい知ってるんだ」


「あぁそうだ、お前の知らない事いっぱい知ってるぜ。どうする来るか? 来るなら俺の手を取れ、取らなくても住む場所くらいは用意してやる。取った場合はもう表の世界には戻れないと思え」


 ジークが私に手を伸ばしてきた。勿論私の答えは決まっている。


「私をディカイオンの様な奴を殺せるような、最強の暗殺者にして下さい!」


 私はジークの手を取った、その手は意外にもがっしりしていて硬かった。ジークはニタッと口角を上げ笑った。


「闇の世界へようこそエト・カーノルド」


◇◇◇


 カーノルド家を見下ろせる高台で、二人の男がエトとジークを遠くから見ていた。


「ディカイオンッスかーー。正義や善、随分と大層な名前を名乗ったッスねー。やってる事は鬼畜の所業で名前とはかけ離れてるッスけど」


 少し下がった場所にいた、男が話しかける。


「これで、あいつは私の事を必死に探そうとするだろう。あの執事は見逃しておいて正解だったな」


「良かったんッスかー? あんたは、ずいぶんとカーノルド家に恨みがあったとユアン様から聞いてましたけど」


 それは誇張だよと仮面の男は続ける。


「あの少女を両親の目の前で殺すより、両親を殺されて泣き叫ぶ方が見応えがあると思ってね。それにいつか私の前に復讐しにやってくるだろうから楽しみが倍だよ」


 うわぁーーひねくれてるッスねーと彼の部下は声を上げた。


「あんたは随分と狂ってるッスね。まぁいいッスけど、ユアン様からは殺せと言われてるんスよね?」


「別に小娘一人、死んだ事にしておけばいいだろ。彼は何に怯えてるんだか」


 それもそうだと部下は頷く。


「分かったッス。エト・カーノルドは死んだ事にしておくッスよ。自分も大して脅威にならないと思うッスから」


「そろそろ帝国兵の本隊が到着するのだろう? 私達もいかなければいけないな」


 男は仮面を外した。


「ここからは私はディカイオンではない。皇帝の剣だ」


「はいッス。新帝国近衛騎士団、第八代団長ドレット・アルヤスカ様」


「行くぞフランク」


 王国近衛騎士団の白の制服を捨て、黒の制服を羽織ったドレットは、間違いなく帝国軍であった。だが彼はトレードマークの一つであった、白い手袋だけは決して外さなかった。


 何せ外すたびに嫌でも思い出すのだ、ティナの暴走によって消された自分の小指の事を。


◇◆◇◆◇


 ここは帝都のとある夜の酒場。


 私はジークと一緒にやって来ていた。ティナ様を追って来たのではない、ジークのギルドの本拠地が帝都にあるという事でやってきたのだ。


 私とジークは一軒の酒場に足を踏み入れた、中に入ると男性特有の匂いと、葉巻の匂いが充満していた。 あと酒臭い。


「ようジークお前が来るのは久しぶりだなぁ。あん? 横のメイド服の嬢ちゃんは誰だ? お前の今夜のお相手か」


 私に向けてその男は視線を向ける。品定めされているようで少し嫌だった。ジークが男の視線を遮るように前に出る。


「そんなんじゃねえよ、ったくてめぇらは俺がギルドマスターだって事、分かってんのか」


「分かってますよ、ギルドマスター様。その為に今日は貸し切りにしてるんですから。それでこの地区の構成員を集めてどうしたんですか。集会までまだ先だった筈ですが」


「うちのギルドに入りたいと言っている奴がいてな。おい、挨拶しな」


 私はジークに促されるまま前に歩み出る。


「お初お目にかかります。私の名前はエト・カーノルドです」


 私は淑女の礼をした。


 すると男達からほーーと声が漏れる。


「嬢ちゃんここがどういう所か分かってんのか、貴族の嬢ちゃんが遊びで来る所じゃねえんだぞ」


「私はどんな仕事をするのかも理解していますし、覚悟もしてきているつもりです。それにもう私は貴族とはいえません」


 ここに来た時点で覚悟は決まっていた。


「という具合だから加入する事を許した。昔の知り合いの娘でもあるしな」


「そういう事なら俺たちからは何もいいませんよ……ここには訳ありの奴も多いし」


「あぁ、暗殺者としての矜恃や技能は俺と……アルマで面倒をみる」


 ガタッと椅子が倒れる音がした。


「えぇ、ぼくぅぅぅーーー! それはないよぅギルマス〜」

「あらいいじゃない、年頃も近いしパートナーとして仲良くしなさいよ」


「イリアが面倒みればいいじゃん! 僕は一人が好きなんだよー」


「あたしはあんたと違って忙しいし、この間もそう言って新人を私に押しつけたんだから、今回はアルマが担当しなさい。 先輩としてアルマも頑張らないと、私の新人パートナーのクロエの方が忠実に任務をこなしているわよ。まったく、パートナーがいないフリーなのはあんただけなのよ、本当に子供なんだから」


「むーーーー! 子供じゃないもん」

「そう言ってるうちは、子供よ子供」


 名前を呼ばれた女の子が、同僚の人と何やら揉めてギャアギャア言っていた。


 ていうか男ばかりだったから、てっきり女はいないものだと思っていたけれど、ちゃんといたんだな。


「まぁ騒がしい奴等だが、根は真面目で優秀な奴だから仲良くやれよ」

「はい、分かりました」


「では改めまして、暗殺者ギルド【黒猫】へようこそエト・カーノルド」


 ジークが歓迎の言葉を告げると他の者たちも倣って歓迎の言葉を私に贈った。


 ただし顔は笑っているのに、みんなの目は誰一人として笑っていなかった。これは表向きの感情なのだろう。裏では何の感情も抱いてないのかもしれない。


 アルマさんは無難に拍手をしていて、ムスッと頬っぺたを膨らまして拗ねている顔が可愛かった。


 もしかしたら、アルマさんはこの暗殺者ギルドのマスコット的な存在なのかもしれないと思ってしまった。だって皆さんのアルマさんを見つめる目が、ちょっと扱い難いペットを可愛がっているような感じだったから。


 そしてもう一つ気づいた。このギルドにいる人達はみんな相当強い。だって酒を飲んで酔っている振りをしているが、本当は誰一人として酔っていないし、魔力も綺麗に隠蔽して気配を消している者もいる。


 私は正直興奮した。もしかしたら、この空間この空気が、私にあってるのかもしれない。私はこれからの未来に思いを馳せた。


 この日から私は闇の世界の住人となった、闇夜に蔓延る暗殺者の一人として。

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