煉獄
十六夜
第2話「じょしこうせい」
暗い夜の山道に、二人の男女が居た。
「こんな所でするとか、お前変態だな。」
20代後半だろうか、ジーンズにTシャツ姿の男、青田浩一はにやにやしながら言った。
「うん。まあ何事も経験かなと思ってさ。」
デニム地のショートパンツに、Tシャツ、ショートカットにスポーツキャップを被った、日焼けした少女山田友香が応える。
二人の目の前に、大きな木が立っていた。その木の根元にピクニック用のシートが敷かれており、その上に、スポーツバッグが置かれていた。
友香は、はにかみながら浩一に言った。
「ねえ、服脱ぐの恥ずかしいから、ちょっとあっち向いててよ。」
「いいじゃん別に。今更恥ずかしがる事ないじゃん。」
「いいから。向いててくれないと、帰るよ?」
「チッ、分かったよ」
浩一は舌打ちしながら後ろを向いた。
「絶対、振り向いちゃダメだからね!」
友香は少し強い口調で言った。
「へいへい。」
投げやりに浩一が応える。
友香は浩一が振り返らない様用心しながら、素早く木の後ろに回り、
地面の上に木の葉で隠しておいたバットを手に取った。
「なあ、まだかよ?」
浩一が苛立ちを含んだ声でそう尋ねた瞬間、木の陰から飛び出してきた友香に頭を金属バットで殴られた。ガスッと鈍い音がして、浩一は倒れた。
浩一は激しい衝撃が頭に有った事以外に何も分からなかった。
友香は、倒れた浩一の頭目掛けて無言で執拗にバットを振るった。
浩一は、防衛本能からか無意識に頭を手でかばうような恰好を見せた。
―うぜえ。防御なんかしやがって。
友香は心の中で呟いた。また防御された事で、友香の加虐心に余計に火が付いた。友香はお構いなしに、その手ごと頭をバットで殴り続けその度に鈍い音が響く。
だんだんと浩一の動きが鈍くなり、遂には動かなくなったが、友香は気付かずに何度かバットを振り下ろしていた。やっと気づいた時には、荒い息をつき疲労困憊していた。
「あんたが悪いんだからね。」
冷たい口調ではっきりと口に出した。
手に力を入れ過ぎていたせいで、なかなかバットが手から離れなかった。
友香はどうしようもない疲労感にへたり込んでしまったが、バットを杖にすぐにたちあがり、木の陰に浩一の死体を引きずって行った。やっとの思いで浩一を木陰に引きずり込むと、死体の衣服をまさぐり、死体のジーンズの後ろからスマートフォンを取り出した。
友香は、スマートフォンの画面にタッチした。
浩一が目の前でフリックするのを覚えていたので、ロックも簡単に解ける。
そのまま、メッセージアプリを開き友香と浩一のメッセージのやり取りを全て消去し、友達の欄から友香の名前も消去した。
友香はメッセージアプリのページを閉じ、写真のアプリを開く。
これが、全ての元凶だった。友香は自分が写っている写真を片端から消去した。
そこには、自分の裸の写真が写っていた。
浩一と性行為をしている写真も有る。写真を消去しながら自分の愚かさを呪った。
そして、浩一を埋めながら今までの事が頭をよぎっていた。
浩一と出会ったのは、無料の出会い系アプリケーションだった。
そのアプリは街中を歩いているだけで、近くにいる同じ目的の人間をサーチしてメールで知らせてくれる。友香は中学、高校と部活のソフトボールに明け暮れていた。そのせいで男女交際をしたことがなかった。
友香は、高校生最後の年になっても男女関係が何も無いのだけはどうしても避けたかった。今思えば非常にバカバカしいが、回りの友人達の性体験や、誰それが誰それと付き合っているという話を聞く度に妬ましく思った。
だが、友香は自分の容姿には多少の自信が有った為に、仮に付き合うにしても田舎の町の同級生の様なダサい男は嫌だった。
それで、地元にいては埒があかないと、春休みに進学を考えていた大学の下見のついでに東京に出た時に、無料の出会い系アプリを使い東京のオシャレなイケメンを捕まえてやろうと考えていた。
そして友香は実際に春休みに東京に行き、新宿で浩一に出会った。
浩一は本当か嘘か知らないが、26歳の美容師だと言っていた。
日焼けした友香とは対照的に、浩一は色白で顔も中々のハンサムだった。
友香は少し自分の黒さが恥ずかしかったが、浩一が「何かスポーツやってるの?健康的でいいね。」と話した事で初対面の緊張と恥ずかしさがほぐれた。
その日は、カラオケで過ごし夜になり、ホテルに泊まるつもりでいる事を浩一に告げると、浩一の「俺の部屋に泊まればタダだよ?」との言葉と、屈託のない笑顔につられて、新宿駅のコインロッカーに預けていた荷物を取り、そのまま一緒に電車に乗り浩一のワンルームマンションに泊まることにした。泊まることに抵抗が無いではなかったが、ホテル代が丸々浮く事や何よりもう少し浩一と居たいという気持ちもあった。
それに、処女を捨てるなら最初の相手は年上がいい。
友香が読む雑誌や、友人達の体験談等ではそうなっていたので、初めての相手としても申し分のない気がしたし、それで踏ん切りが簡単についてしまった。
行為をする前に酒を飲まされた。そして浩一に処女だと告げると、記念だと言って裸の写真をスマートフォンで撮られてしまった。行為の最中にも撮られてしまったが、その時には何も言えなかった。
結局浩一の部屋に、二日程泊まり家に帰った。
友香の家は、東京から特急とローカル線を乗り継いで4時間程掛かる。
友香は帰りの列車内で、東京から離れるにつれ気持ちが落ち着くのを感じていた。
一応、浩一とは遠距離ではあるが付き合うという事にしてきた。
だが実際に春休みが終わり、学校が始まると友香は浩一との付き合いが面倒に感じてきた。
付き合いといっても、メッセージアプリを通じてのメールのやり取りがメインであったが、友香の通う学校は、ローカル線で最寄り駅から4駅程の場所に有り、部活が終わってから家に帰り、食事や風呂、課題などを済ませると結構な時間になる。
朝練もしているので体力回復の為にも、睡眠時間が欲しかった。
最初のうちこそ、夜にするたわいのないメールのやり取りを楽しく感じていたが、浩一のメールが段々と卑猥なメールになるにつけ嫌な気持ちになり、それも浩一を疎ましく感じる原因になった。
4月の半ばに浩一からこんなメールが来た。
―ゴールデンウィークに遊びに来ない?
浩一からのメールに友香はこう答えた。
―ごめん。練習があるから無理。お金もないし・・・
―俺と部活、どっちが大事なの?
「部活」そう答えてメールを送ってやりたかったが、何とかこらえて、
―そんなこと言われても困る。比べるようなことじゃないし。
そう返信すると、
―会えないのは寂しいし、友香の体が忘れられないんだ。
と送ってきた。
―気持ち悪い。
友香は嫌悪感を覚え、一気に冷めた。
最後の一文が正直なところで、体目当てなのだろう。そう思った。
だが、友香は自分も男と付き合ってみたかったのと、性体験をしたかっただけで浩一とさして変わらない事には気付かなかった。
―ごめん。とりあえず無理だからまたね。
―・・・わかった。
この時のやり取りはこれで済んだが、これ以降のメールには、友香といかにセックスがしたいかばかりが主な内容になっていった。
友香は正直どう返して良いのかわからずに、自分も会いたいが中々機会がない、と辺り障りのない返事でお茶を濁していたが、次第に耐えられなくなりある日メールで、
―浩一ごめん。あたしは浩一の期待に応えてあげられないし、別れた方がいいと思う。
こう送った。すると、少ししてから、無料通話で友香のスマートフォンに浩一から電話が来た。夜だった事もあり、直接話すのも躊躇われたので、かなりの時間スマートフォンがバイブ機能で振動していたが、友香は無視し続けた。
振動が止まると、間髪入れずに浩一からメールが来た。
―何で電話出ないの?
友香が返事を返す前に、
―シカトかよ?舐めてんの?
立て続けにメールが来た。そして、浩一の初めての乱暴な言葉遣いに友香は戸惑った。
―ごめん。親がうるさいから電話はちょっと・・
―ふーん。別れたいのはマジ?
―うん。
―俺は別れたくないんだけど。
―ごめん。
―あやまってばっかだな。あやまる位なら別れんなよ。
―そうだね。でももう、無理。
―わかった。少し考えさせてくれ。
―うん。
これで諦めてくれる。友香はこの時そう思った。実際何日かは、浩一から何の連絡も来なかった。だが、数日後。
―友香やっぱり別れるのは無理だ。
自宅で夜、課題をしているところにメールが来た。
―浩一、もう続けられないよ。あたしの気持ちは変わらないから。
―どうしても?
―うん。ごめん。
―そうか。じゃ、お前がそのつもりなら俺もやることやるよ?
何の事だろう・・友香は思い付かずメールを返す手が止まった。
―本当はこんな事したくないけど、付き合わないならネットにお前の裸と、俺とヤってる写真ばらまくよ?もちろん、お前の名前入りで(笑)
友香はスマートフォンを凝視した。
―まずい。
友香の住む、片田舎の小さな町でそんなことをされては生きて行けない。
一度ネットに上げられてしまえば、消す事も出来ない。
東京の大学への進学、東京での就職、思い描いていた未来へのドアが、大きな音を立てて閉じられ、頑丈な鍵を掛けられてしまった様に思えた。
―ちょっと考えさせて?
何とかそれだけをメールで返すと、
―考える?何を?俺とこれからも付き合うか、ネットに裸をさらして一生を過ごすか選ぶだけじゃん。考えなきゃいけない事かな?
―もう、画像処理してアップする準備出来てるから。
友香は、時間稼ぎが無駄なのを悟った。
―わかった。浩一これからも付き合うね?
友香は仕方なしにメールを返した。会わなきゃいいんだ。そう思った。
だが、見透かされたかの様に、
―これからは、最低でも月一で会ってセックスしようぜ?
そうメールが来た。
―じゃないとさ、やっぱり付き合ってるって言えないじゃん?
立て続けに来たメールに気が塞いだ。
―次の土曜日、部活サボって泊まりに来いよ。
友香は断ることが出来ずに承諾した。
友香は友人宅に泊まると嘘をつき、週末東京へ出た。
春休みに、東京に出た際に浮いたホテル代は手つかずに残っていた。東京への電車代はそれで賄えた。東京駅に着くと浩一が迎えに来た。そのまま浩一の住むワンルームマンションに向かった。その日は一日中弄ばれた。
翌日帰り際に、浩一が「またな」といって別れたが小さく頷くことしか出来なかった。
帰りの電車の中で友香は考えた。このままでは、一生浩一の言いなりになってしまう。
だが、誰にも相談は出来ない。
家に着いてもそのことばかりが頭を巡っていた。
―次は何時会える?
考えていると浩一からメールが来た。友香は決めた。
―3週間後の土曜日は空いてる?
そう返信した。
―空いてるよ
―じゃあ、今度は浩一がこっちに来てよ。あたし電車賃厳しいし。
―マジで?遠くない?
―会いたくないの?それに、すっごくいいところでエッチ出来るよ?
―マジか。どこ?
―それは来てからのお楽しみ。来る?
―行く。
―じゃあ、日にち忘れないでね。
―OK!
友香はスマートフォンを置いてふうと息をついた。
殺してやる。そう、思った。
友香の住む町には、滅多に人が入らない様な山がいくつも有る。
山菜採りや、ハイキング、山登りどれにも利用されていない。
友香は学校帰りに一週間かけて、浩一を埋める為に適当な山を探し、見つけた。
貯金を使いわざわざ新宿まで行き、大きめのスポーツバッグに入る程度のスコップを買った。ウィッグを被り化粧を厚目にして変装して買いに出かけた。
地元に近い店でスコップなど買えば目立つからで有った。
そして、山を見つけると殺害場所を決め、埋める為の穴を掘った。
こちらも、学校帰りに10日程かけて少しずつ掘った。
掘った穴に、シートを被せて木の葉で覆った。
そして当日、浩一はやって来た。
友香は部活をサボり、一旦家に帰り着替えた。殺害現場に髪の毛を落とさない様スポーツキャップを被って、浩一を迎えに最寄り駅まで出た。
友香は、冷静だった。ソフトボールで打席に立つ方が余程緊張する、そう思える程だった。
「田舎だな。」
浩一は会うなりそう言った。
「まあね。何にもないからね。」
友香はそう答えた。
「で、何処に連れて行ってくれる訳?」
「うん。すぐだよ。今から行こう?」
友香はそうこたえると、返事も聞かずにすたすたと歩き始めた。
あまり、誰かに一緒にいるところを見られたくなかった。
「なあ、まだかよ?」
浩一が何度目かの同じ質問を投げかけてきた。
うるさい男だ。少し歩いただけで音をあげて。
友香は心のなかでそう思いながら、
「もうちょっとだからね?」とその度に返した。
30~40分歩いていて、やっと目的の山に着いた。
「ここ?山?マジ?」
浩一の機嫌は悪くなっていたが、友香は構わずにどんどん山に分け入りながら言った。
「ここ、だ~れも来ないから。浩一の好きなように何でも出来るし、大きな声とか音させても大丈夫だから。」
―そっ、あんたが殺されても誰にも気づかれないくらいにね。
友香はそう思った。
友香は浩一を埋め終わると、もう疲労がピークにきているのを感じた。
後は明日だ。浩一のスマートフォンと部屋の鍵、財布をスポーツバッグに収めながら友香はそう思った。友香は浩一の財布から抜き取った金で、翌日の日曜日に東京に出た。
まず浩一の部屋に行き、掃除をした。友香の髪の毛が落ちている事を懸念したのと、指紋を拭き取る為だった。そしてその足で荒川の河川敷に向かった。
そこはネットで予め、浩一のスマートフォンと、浩一の部屋の鍵を捨てる場所を検索しておいた場所だった。
河川敷に着くと、何気なく人目が無いのを確認しながら、浩一のスマートフォンと鍵を続けざまに川に投げ入れた。ソフトボールをやっているおかげで結構な距離が出た。
ボチャンと音をさせて、浩一のスマートフォンと鍵は見えなくなった。
その翌日の月曜日、友香は何事もなかったかのように登校した。
そして友香は学校の掃除の時間に焼却炉に火がついているのを確認し、浩一の免許証や、保険証、クレジットカード等を焼却炉に投げ入れた。最後に浩一の財布を焼却炉に入れて、全てが燃え尽きるのを確認した。
これで万が一に、浩一の死体が見つかったとしても身元を示す物も無く、友香との繋がりを示すものも無くなった。その事実が、友香に放課後の部活をする頃には、浩一を殺して埋めたことなどなかった事のように思わせた。
唯一浩一を撲殺したバットだけが証拠として手元にある。
友香はそのバットを部活で使っていた。
友香は自分の凶行を他人事の様に感じていたので、そのまま何の抵抗もなくそのバットを使い続けた。友香は再び未来に希望を持ち、ソフトボールに打ち込んだ。
友香はそんな自分がおかしいとは、微塵も思わなかった。
そして、夏休みが来た。友香はその日、翌日が試合だった為に練習が午前中で終了し、
早く帰る事になった。
いつもの様に電車に乗る。
端の席に座ると連日の練習の疲れと、電車の心地良い揺れで、たちまちうつらうつらとしてしまう。
「次は・・・駅」友香はアナウンスにハッと目覚め、目を何気なくドアにむけると、
丁度男が乗って来るところだった。ゴルフバッグを手に乗り込む無精ひげに覆われた男は、何かを呟いていた。
友香は男を目に留めた瞬間に、生理的な嫌悪感をおぼえた。
友香の反対側の席に腰かける。友香は、なるべく正面を見ない様に下を向いていた。
―「・・・いこう」男の呟きが大きくなった、男は持っていたゴルフバッグを開け始めた。
「ここは天国じゃないんだァー、かといって地獄でもなィー」突然男が低い大きな声で歌いながら、ゴルフバッグから鈍い光を放つ物を取り出した。
友香は、どこかで聴いた事が有る曲だな、そう思った。
顔を上げると男がゴルフバッグを開けた。
そこには、鈍い光を放つ斧の刃が見えた。
友香と男の目が合った。無精髭のせいで顔はよくわからない。友香が反射的に目をそらすと、男は立ち上がり、友香の目の前に立った。
友香の目に男の汚い靴が見えた。顔を上げると男の顔が見えた。
浩一・・友香には男の顔が浩一に見えた。
「本当の声を聴かせておくれよォー」男が絶叫する様に歌うのが聴こえた。
そして、見えた。自分に向かってくる斧の切っ先が。
友香には、振り下ろされる斧がひどくゆっくりと見えていた。
だが、不思議な事にかわせそうにない事もはっきりと自覚出来た。
一度開いた未来への門が再び閉じられようとしている。
友香の頭に様々な思いがよぎり、コマ送りの様に見える斧の切っ先が近づく度に、浩一の声に似た囁きが聞こえた。
―明日試合があるのに。
浩一が答える「行けないね。」
―東京の大学に行きたいのに。
「残念。」
浩一の声が聞こえる度に斧が近づく。
未来への門が音を立てて閉じていく。
―就職を東京で
「無理だね。」
また少し斧が目の前に近づき、門が閉まっていく。
―幸せな結婚が
「人殺しのくせに?」
「さあ、諦めな。もう終わりの時間だ。」
もう斧は、友香の顔の皮膚に触れる寸前だった。
―嫌、嫌、嫌、もっと生きたい・・
「ダメだね。」
声と同時に友香の耳に、ドンっという音が聴こえた。
意識がなくなる瞬間、門が閉じた音だと友香は思った。
男の斧が、友香の顔面の真ん中に突き刺さっていた。
男は友香の体に足を掛け、斧を引き抜いた。
大きな音がして、友香が持っていた浩一を撲殺したバットが入ったケースが倒れた。
だが、男は目もくれずに次の獲物に向かった。
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