第6話 親

「ただいま。」


「お帰りーー!」


母は、夕飯の準備をしている様子。

とりあえず、いたって冷静に過ごそう。あの件を伝えるのは夕飯のあとの方が良い。

そう思いながら、リビングのドアを開けた。

【母=嵐 奈緒(なお)38歳、主婦】


「おう。」


思いがけずリビングには父もいた、予想してなかったので少しビビった。

【父=嵐 大和(やまと)39歳、会社員】


「おっ、いたのか父さん。」


母の声しか聞こえなかったので、リビングにいるとは思わなかったのだ。


「おう。」


こちらには目もくれず、視線はテレビでやっているNBAの試合へと注がれている。

(NBA=世界最高峰のアメリカのバスケリーグ)


「試合の結果はー?ちゃんと抑えたー?」


少し大きめな声で台所から母が聞いてきた。リビングダイニングキッチンだから、そんな声じゃなくても聞こえるが、料理をしていると大声になりがちなのは、いつものこと。


「ん、あー、勝った勝った。0点に抑えた。」


少し焦ったが、うろたえず答えた。なるべく普段通り。

まだ、あの話をするのは早い。


「よし!さすがあたしの息子!風呂沸いてるよー。」


「あーい。入ってくる。」


「さすが母さん。」と、思いながら、テレビから目を離さない父を横目に、風呂場へと向かった。



「ふーー、どう切り出そうかな。」


そんなことを考えながら、いつもより少しだけ長めに湯船に浸かった後、リビングへ戻ると、もう夕飯の準備がされていた。


「勝つと思ってからね、カツ丼!父さんも席についてー。」


「それって普通は試合前に食うんじゃ…」「万が一負けててもカツ丼だろ…」と思ったが、そこはつっこまず、3人揃ったところで、


「いただきます!!」


カツ丼、豆腐サラダ、茄子の煮浸し、きんぴら、漬け物、味噌汁。

メインの他に3品以上は必ずある。もともとは父のためだったようだが、今は母のこだわりになっているようだ。

そして、めちゃめちゃうまい。母は料理が上手で、勝っても負けてもいつも最高の料理でもてなしてくれる。

茄子は苦手だったが、「煮浸しはうまい」と去年言ってからは、ちょいちょい登場するようになった。


お腹も空いていたし、余計なことを考えず、あっという間にたいらげてしまった。

食べ終わったし、そろそろ話さないとなーと考えながら、最後に牛乳を飲み干す。


「ごっつぉさま!」


食器を流しへ片付け、鷲田さんからもらった名刺を取り出そうと、バッグに向かった。


その時。


「で、哲。なんか話があんだろ?」


カツ丼を食べながら、食卓からは全く目をそらさず、話しかける。


「あら、そーなの?なになに?」


母は、あっけらかんとしている。


「え、あー。うん。」


帰ってから、なんも言って、ないよな。まぁ良いけど。

名刺を取り出し、まだ食事中の両親のいるテーブルに戻る。



「えっと、これ。」


いつもより背筋を伸ばして座り、一枚の名刺を父の前に差し出した。

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