第17話

 行政システムのメインプログラマであり、多くの難関試験を潜り抜けた公務員、蒔岡リュウゾウが急逝した。このニュースはジョルジが各メディアに発表したとたん燎原の火のごとく拡散、数秒後には地球の裏側まで浸透した。日本にAI政治をインストールした人間が死んだことで、にわかに民権運動に火が付いた。今こそ正しい状態へ回帰しよう。人民に主権を取り戻そう。日本各都市で何万人規模のデモが行われた。政治を我が手に取り戻そうと、様々な知識人が議論をネット上で議論を交わし、その信者たちも意見を自身のブログとかで発信した。ただ知識人とはいえ、政治を専門に然るべきところで学んだ人間、って訳では無く、小説家とか、映画監督とかの素人の類だった。彼らは影響力を持っていた。フィルとマルテは、そこらへんの人たちに連絡を取り、民主化運動を焚き付けまくった。

「ハンナちゃんがやったね」フィルは眼をきらきらさせて言った。

「やったね。うまくいったね」マルテもフィルの三倍くらいきらきらしていた。

 茅ヶ崎のマルテのマンションでフィルとマルテは祝杯をあげた。

 自分たちが全国的な運動を焚き付けたことにふたりはとても幸せになっていた。わくわくがとまらなかった。

 マルテはイケメン活動家として各メディアや個人から取材の依頼が止まらなかったし、SNSも通知が止まらない。若い女の子から素っ裸の画像が添付されたDMなども結構来る。たまらん。

 フィルは遠江の上層部を通じて、本国アメリカから相当な評価を得た。いずれ組織の中でポジションを得るだろう。日本を再民主化に成功させたらどうなるだろう。教科書に載るかもしれない。考えるだけで嬉しみがこみあげてくる。たまらん。

 ふたりは男の幸せってこういうことだよね的なことをお互いに言い合って祝福した。いえーい、蒔岡死にましたー、なんつって乾杯して、レモンサワーを一気に飲み干した。

 すっげえうまい。ふたりともうまいとおもったし、口にも出した。感覚と言ってることに差分が無い。いい仕事したあとはこれだよね。仲間との酒。

「ようやったマルテ。すごいじゃん。イベント告知に対するネットの反響もすごいじゃん。すごいじゃん」

「すっげぇ煽りましたからね。めちゃめちゃ盛り上がっててびっくりしました。マジでフィルさんのおかげです。ありがとうございます」でへへ、とマルテは照れた。

 フィルは日本の若者というものは皆こうも扱いやすいのか、となかば呆れた。要は他人から認められればなんでもいいのだ。感情や知性や労働の搾取がこうもうまくいくと、上司と部下と言うよりかは動物のしつけをしているような気分になる。マルテはもうすぐ三〇になるが精神的には子供だ。他人に依存するのが当たり前になって自立するタイミングを逃してしまったのだろう。大人の男はオタクにもマザコンにもオカマにも自意識過剰なナルシストにもならない。淡々と、満身の力を持って拳を何かに叩き付けるのだ。俺のように。オカマやナルシストは褒めてあげれば何だっていうことを聞く。日本人の男は大体どっちかだからね。とりあえず日本人キモいな。

「ハンナどうしますか、もう必要ないっしょ」

 とマルテは指示を請うた。自分の意見の無い奴である。

「シャブ漬けにしてアナルセックスを教え込むか」

 フィルがそういうと、マルテは下品に手を叩いて笑い、それサイコー、それサイコー、と言って笑った。お互いにレモンサワーを六杯ずつ空けた。そのたびに頭の中で計64回くらいうまいとおもった。横浜で買ってきた大麻とかもやって、ふたりともがんがんにパキってきた。

 フィルは酔ったおじさんにありがちな説教モードに移行した。それを受けてマルテはそこらへんを弁えていたので、ひたすら聞くことに徹したが、正直つまんねぇなぁ、死ねよとおもっていた。

「儒教じゃジジイはえらいんだよ。でもさ、古い奴はちゃんと君のような若い奴が殺してあげないとだめだ。いいか、男は出世だよ。出世が命。マルテちゃんわかる? こんな小さい子会社のトップで満足してたらいかんよ。とにかくこの国はインテリどもをどうにかしなければならんの。抽象論・概念論で物事を考えるからね。民主主義の方がバランスの取れた選択ができるに決まってるんだ。頭の中で理屈をこねくり回すからややこしくてわけわからんことになるんだ。本ばかり読んでて現実が見えてないバカが。頭だけいいやつはもう必要ない。この国に必要なのは気持ちのいい空間、音楽、目標達成の快楽なんだよ。わかる?」それはフィルにとって今までやってきた映画そのものであった。熱狂をプロデュースすること。それにより組織の中で居場所を確保すること。

「わかります。いやーまじでそれっすね。ほんとわかるな。うんうん」とぜんぜんわかっていないマルテは相槌をいれた。相槌は大事だよ、って誰かが言ってたのをおもいだしていた。ほんとだよね。

 嫌になってきたマルテは説教の方向をそらすために下ネタをぶっこむことにした。仕事論とかを熱く語っちゃうジジイにはそれが有効であることを知っている。下ネタの面白さに抗える中年男性は存在しない。

「フィルさんは、正直なとこ、理想のセックスってなんですかぁ」マルテは知りたくもないが興味ある感じを出して言った。

「えー? 急になんなの? うーん……そうだなぁー」

 マルテは考え込むフィルに対して、適当でいいからサッサと言えよ、と言いたかったが黙っていた。

 フィルとて燃えるような恋をしたことが一回だけあった。ハイスクール時代のでっかいピアスが印象的だったあの子。ああ、ダニー。可憐な娘だった。セックスも最高だった。ただ、自分の神聖な恋の話は誰にも打ち明けたくない。この恋はいつまでも美しくも悲しい思い出として口に出さずとっておきたい。このようにフィルはロマンチストで理想主義者である。恋愛に関してもこの世の誰よりもマジメに考えている。一度惚れた女は命を懸けて幸せにする、と誓っている。だが、男性の場合は恋愛と性欲は別物、と考えるものが多い。フィルもその類の男である。女性を口説いてセックスする、をひとまとめにしてスポーツや趣味としてみなす男のなんと多いことか。けしからんことである。

 意を決したようにフィルが口を開き、

「部屋をまっくらにしてさぁ、超ふかふかの絨毯の上にありったけの毛布をぶちまけて、ライナスみたいにいつも自分が使っているやつね、そこにねっころがりながら女と素っ裸で絡み合いながら甘い酒を飲むの、炭酸じゃないやつがいいね、それは個人的な好みに任せるけど、ポーティスヘッドのファーストアルバムみたいな聴いてると死にたくなる音楽をかけて、半覚醒のまま女にフェラしてもらう、AVみたいなシャカシャカせわしないやつじゃなくて、ねっとりした気持ちいいやつ、四〇分くらいかなぁ、ずっとやってもらって最後はパイズリでいくんだ。射精したあと、そしたらその女の胸に顔をうずめてぐっしゃぐしゃに泣くんだよ、おれはもうダメだ、おれはもうダメだ、ってぐちぐちいいながらね。それで女にすべて情けないところを見せたうえで、全肯定してもらうんだ。それさえできれば俺は次の日から頑張れる。アメリカに居た頃の彼女がそうだったんだよね。女は巨乳にこしたことはないよね、うん、巨乳、結局は巨乳だね。はは」

「あははは、それ最高、めっちゃいいっすね。おれもその感じのプレイやりたいなぁー。母性的なやすらぎを求めてる的な。めっちゃ良さそう。マジでマジで。フィルさんエロいわー。やっぱ出来る人はエロいっすねー。あはははははっははははははは」いいリアクションをとりつつも、予想以上にキモいし結局ただの情けない巨乳好きやんけ、とマルテはおもいながらも、ためらいもせず性癖を自己開示してくる上司にどこかアメリカンな感じを感じた。気を使って半分同意的な意見を述べてお茶を濁しながらも、おまえとおれは同類ではない感じを出す返答を模索した。

 上司と性癖の開示をするのは、非常に彼らの心理的な距離が近いという事である。二人は仲良しであった。

 ちなみに余談だが、イギリスのロックバンド、ポーティスヘッドのボーカルであるベス・ギボンズは、逆になんでこの人自殺してないんだろう、という疑念を持たせるほどに神経質そうな外見の白人女性である。マルテ的にはかなり好みのタイプであった。

 フィルは巨乳好きで割とプレーンな性癖の持ち主であったが、マルテの好みはすこし変わっている。彼は女性の前で自分の感情をさらけだすなんてばかばかしいことはしたくなかった。マルテは人形みたいな女がよかった。性的マイノリティでかわいそうな人間であるが、頑張って幸せにたいして善処している、と自認していた。世間の荒波なぞには負けぬ。がんばって幸せに暮らして見せる。立場上格好つけなければならないので決して口に出しはしないが、ぶっちゃけてしまえば理想はエヴァの綾波レイである。性行為中の自身の言語能力に自信が無いからである。だから情緒不安定気味なハンナはどちらかといえば苦手なタイプだった。怒鳴ったり泣いたりする人間は彼にとって嫌悪の対象であった。もっとコミュニケーションはルーズに、ゆるく、楽しく。個性的な劇団みたいな感情のぶつけ合いはダサいし怖い。新宿にあるヘルスに、生身の女を薬で全く反応できない状態でデリバリーしてくれる店がある。そこの女はどんな酷いことをしても、狂気的な性行為をかましても無表情で声ひとつ上げない。肉のある人形なのである。マルテは開店以来の常連だった。ポイントカードもすでに五枚目だった。二十個ものスタンプを押印すれば、それすなわち三千円割引券と化す。蓋し通い詰めたくなるシステムである。ハンナとの性交時でもこの店のポイントたまんねぇかなぁ、なんて低俗な事をいつもおもっていた。ポーティスヘッドを聴きながら泣く必要は彼には無かった。河合マルテには良くも悪くも思想が無かった。民主主義だろうが三社祭りだろうが、みんなで騒いで、気持ちのいいバイブスの中心に居ることが目的であった。精神構造が刹那的で今が良ければそれでいいみたいなギャルのような男であった。フィルはお金があり、目的がある。居場所を提供し、何をすればいいかも考えてくれるので、彼は全幅の信頼をフィルに置いていた。このようにフィルとマルテの価値観は一致している様で、若干のずれがあった。フィルがマキャベリストなら、マルテは快楽主義者である。マルテはフィルが考えている以上にいい加減な男で、言ってしまえば人生を楽しむこといがいに全く興味が無かった。音楽や政治活動はフィルに言われた通りこなしているだけで彼の意志はまったく無い。人生の肝心なところを他人にアウトソースする癖があった。ましてや出世などにはまったく興味が無かった。出世などしたら責任が増えるし、仕事内容が高度になってしまう。自分は音楽を適当にやって、モテて、フィルの指示をこなして、会社から給料をもらって、ネットで有名になって、セックスして酒を飲む。それだけでいい。


「映画監督なら知ってるんだけどね、自分の顔の醜さについて一番。クソみたいな俳優女優がいっぱいいるけど、元来シネマサイズのアップに耐えられる顔の持ち主なんてほとんどいないんだよ。自分の顔の醜さについて知らないやつが多すぎるんだよ。どんなにうまく整形してもだめだ。映画監督は知っている、この顔なら二秒は耐えられる、とか、この顔は〇・一秒も画が持たないとか、毎日考えているからね。マルテ、今のおまえの顔ならシネスコサイズのアップでも十秒画がもつよ。しかし上出来な顔だ。映画館で観ても観客が不快にならない。本当にいい顔だ。ハンナちゃんはセンスがいいよね」

 マルテはシネスコサイズがどういうものか知らなかったが、知った顔をして、ありがとう、と言った。もともと今の俺の顔は本来の顔ではない。蒔岡ハンナの好みに最適化されたデザインだ。まあ前の顔に愛着はあるが、別にどっちだってかまわない。

「むずかしいんだよ、変に金持ちで太って頭を使ってない老人の顔なんて、昔どんな名優でも使えない、見てられないんだ醜くてね、でも節制して自分の生活を懸命に生きている老人の中に、ひょこっといい顔の人がいる、美しいんだよ、クリント・イーストウッドなんて典型的だったね。マルテ君、君はブラッド・ピットじゃない、次世代のイーストウッドだ。はははははは」

「いっやー。まいったなぁー。ほめ殺しやめてくださいよぉー」

「君は周恩来になれるかな。トロツキーにならないといいけどね。はははははは」と言ってフィルは大いに笑った。

 マルテは周恩来もトロツキーもよく知らなかったが、はははははは、と合わせて笑った。


 格ゲーをやりながら負けた方はテキーラをショットで飲む、という遊びに飽き、男2人で泥酔した場合によくありがちな身近な女性に関する猥談へと移行した。マルテはハンナとの行為に関して詳細に語り、酒宴いよいよもりあがった。マルテはハンナの処女特有の所作などをバカにした口調であげつらい、ハンナの裸身はきれいだがまだ淫猥さが足りぬ、新築マンションの様でいまいち面白みに欠けるのだ、というと、フィルが、ハンナのあそこが新築マンションなら、フーコは香港の雑居ビルだな、などと低俗な冗談を言い、大いに笑いあった。新築マンションも雑居ビルもそれぞれ長短あるが、どちらも趣深いものだなぁ、と短歌の現代語訳みたいな調子でフィルが言うので、マルテはさらに笑った。

 泥酔し猥談で一通り笑ったところで、フィルは女を抱きたくなった。というか、この男の特殊な性癖で、女に対して駄々をこねたくなった。嫌がる女を懐柔し最終的に自身を受け入れさせる、という口説くプロセスそのものが好きであった。手段が目的となっているのである。つまり、最初は嫌がってくれないと困るので、嫌がり続けるが有限で、毎回最終的に許してくれる女がフィルにとってサイコーって感じであった。具体的にはフーコである。

「エロいことばっかり話してたらおちんちんがむずむずしてきたわ」

「あ、僕もっすー」

 フィルとマルテはお祝い気分というか、景気づけに派手な3Pでもやろう、という結論に至った。ハンナが来る前は頻繁にやっていたのだが、最近はご無沙汰である。というのも、革命だのテロだのやらかす人は、なにごともやってやろう、世の中に自分を知らしめてやろうという気持ちの強い人たちが多い。そんな男たちは確実に性欲も強いしSNSでの投稿も多い。陰気でkindleの整理が趣味、みたいな人はそもそもそんなことはやらないし、性欲も弱い。もちろんふたりとも前者であった。

 女は手近に居るフーコでいいでしょ、ということになった。アルコールや大麻等を片っ端から集めて、全部やってしまおう、ということになった。フィルもマルテも欲望を開放することは人間らしいことで、全然善だとおもっていた。


 マルテはフーコとフィルが入ったグループチャットで3Pの下ごしらえにはいった。

「フーコ、高級酒や高級酒肴などを揃えて、フィルさんと三人で祝わないか。蒔岡氏暗殺の性交、いや成功祝いとして。いまからそっち行っていい?」

 ふたりはわくわくしながら返事を待った。

「ダメですよ、ハンナちゃんと約束したもの」

 フーコはチャット上で無下に拒否した。酒を飲まされたあげく、いつものように嬲り者にされるのは目に見えていたので、警戒している。

「まあまあまあ」

「まあまあまあ」

「ダメだってば」

「まままままままままままままま、まあまあ」

「そうそう。まあいいじゃんよ。たのしいから」

「厭です。どうせ変なことするでしょ」

「そんなん言わないでよ。お祭りだから。宴。青春のきらめき。祭り」

「そうそう」

「マジでやだ。いいかげんにして」

「どうしたの機嫌悪いじゃん」

「おなかすいちゃったの?」

「だからいってんじゃん! やだ!」

「ケーキ買ってくるよ。食べる? おいしいよ。あまいよ」

 みたいな粘着的やり取りを続けたが、フーコの方もなんだかもうどうでもよいというか、このまま断ったらどっちかがぶちぎれて暴力的なことをしてくるのでは、と恐ろしい予感がしたので最終的に従ってしまった。決め手はフィルの、「なんで僕が君に事務処理とかさせてるかわかってないね。AIにはできないことができるからでしょうが」という言葉だった。僕は君の精神をこそ必要としてるんだよ。具体的には嫌がる君を無理矢理犯すからこそ興奮するのだよ。

 エロ男ふたりは酔歩しつつエーコとハンナが住む教室へと向かった。陰茎をむずむずさせながら。


 カーテンを閉め切った教室に、不機嫌な顔をしたフーコがいた。慌てていたせいか化粧もそこそこに、寝る前だったらしくTシャツにジャージという装いだった。「色気に欠ける格好だなぁ」とフィルが文句を言った。文句は言ったものの、生活感がある方が逆にエロい、ともおもっていた。

 マルテがジャミロクワイのベストなどを流しつつ、ベッドの上で宴は始まった。

 フーコは終始不機嫌で警戒的であったが、そんな態度などふたりの性欲の前には無意味であった。むしろ興奮材料でさえある。

 スマブラで負けた罰ゲームでフィルの私物であるこの学校のセーラー服を着させられたフーコは、バカじゃないの、といいながら、マルテのスカートをめくるなどの幼稚なセクハラにたいして冷たくあしらっていた。あ、ごめんごめん、なんて言いながらどうにかして身体を触ろうとするバカ大学生みたいなノリをしつこく繰り返してくるので、そのたびに怒るのもばかばかしくなって抵抗をすこしづつ弱めてしまう。

 マルテは変な顔をしたり意味の接続しない事を言って無理矢理フーコを笑わせつつ、徐々に軽いボディタッチから愛撫に移行しつつあった。笑わせるのも触るのも要は対象の精神をたわませるもので、ある目的のための手段である。マルテの場合は性交だった。

 教室の中にセーラー服の女と三人、というAVさながらのシチュエーションを作り出した男二人の性欲はどんどん高まっていく。もうほんとにやめて、ほんとにやめて、と言っても冗談みたいな感じでいなされて、ふたりはフーコがどうでもよくなるのをじっくりと待っている。慎重な態度がアルコールに侵食され、ふたりの男は次第にいらいらしてきた。いいからこいつのおっぱいをはやくみたいよ。とふたりともおもった。セーラー服の下の膨らみの動きにふたりの陰茎は怒張していった。

 もういやだ、いやですったら、というフーコのかつらをとって、男ふたりの力を駆使して素っ裸に剥き、フィルがフーコのパンツを下ろし左手で無惨な仕掛けを加えた。あっ、とフーコが甘い声を漏らすのを聞いてフィルは興奮した。その口をすかさずマルテが担当し塞いだ。この女は顔はふつうだがほんとうに身体が最高だよね。ふたりはフーコの肉をつかみながら同じことをおもった。ぎゅんぎゅんに薬が効いてきてもうフーコがやめてください、とか何を言おうがふたりは、まままままま、いいじゃない、みたいなことを言いつつ爆笑。フィルに至っては乳を吸いながらに、いっやー、実に趣深いことであるなぁ、とつぶやいてさっきの話を蒸し返し、マルテが更に爆笑するという乱倫ぶりを見せた。ふたりは友達だった。エーコは屈辱と強姦中に内輪ネタで爆笑する二人に薄ら寒さを覚え震えた。スチュワート・ゼンダーのうそみたいなうまさのベースラインが同じリズムで動く三人を包んでいた。

 一方ハンナは母親との口論により蒔岡に長居するのがいたたまれなくなり、予定より大分早く校舎に戻ってきた。殺人のストレスにより精神がぼろぼろであった。ほんとは謝ってしまいたかった。エーコにも謝りたかった。よし、謝ろう。レズ的な想いを拒否してゴメンね、と。もっとLGBTに配慮するポリコレ感溢るる乙女になります、と。だからあたしのズッ友に戻ってください。また出逢った頃のように。季節が変わっても、きっと色褪せないはーずだーよー。

 教室にちかづくとあからさまにそれと判る人間の吐息が3chで爆音ジャミロクワイの間から聞こえてきた。

 ハンナはうそでしょ、とおもいながら近づいていった。

 教室に入りドアを開けようとしたがハンナはドアについた窓越しに視た。

 いつもハンナとエーコが寝ているベッドの上にはやっぱり、ぬるぬるしている人間が三人。

 間が悪いのだかいいのかわからないハンナはその乱痴気騒ぎを目撃してしまった。セーラー服を着て泣いているのかあえいでいるのかわからぬが、犯されているのはまぎれもなくエーコだった。犯しているのはマルテとフィルであった。涙のために化粧が流れて地味な顔つきが露出していた。フーコの長い髪のカツラがそばに転がっていた。

 エーコは極めて間抜けな恰好をさせられており、マルテの陰茎をくわえながら大股を開いてフィルに乱暴に秘所をまさぐられていた。彼女の大きな乳が130BPMくらいでぶるぶる震えて激烈にばかばかしく、淫らだった。

 ハンナはこの光景は、とても醜い、グロテスクだ、と心からおもった。生理的嫌悪感と軽蔑と怒りが混ざってマックシェイクみたいな感じになり、ハンナのぐさぐさになったハートからどろどろと垂れていた。残り少ないモチベーションをきれいさっぱり奪いさった。

 他人の性交を覗き見るのは慣れていた。しかし、それは先般より将来を誓い合った恋人とその上司、そして無二の親友の姿であった。きつい。もう無理。無理だわ。これは無理。これはあまりにも、あまりにも……

 エーコ達三人は、同時にハンナの視線に気づいた。六つの眼がハンナに向けられた。

 ハンナはたまらずに目をそらした。

 んんっ! とハンナに気付いたエーコが声を漏らした。

 あっ、ばれた。全員がおもった。

 ハンナはこれ以上みていられなかった。その場にへたりこんでしまった。もう一度確認し、ハンナとぎゃあぎゃあ騒いでいるエーコに対して、マルテがもうちょいだから待って、と意味不明なことを言いつつ何かの布をエーコの口につっこんだ。ハンナを認識してもまだアホ3人がやっているのを改めて確認すると、泣きべそをかきながら校舎を出て、体育館へ向かった。そして初めてここへやってきたとき寝かされていたところに寝そべって、周りに誰もいないことを確認したのちに、混乱した頭と毛布をかかえて盛大に声を上げて泣いたあと、眠剤ぶちこんでむりやり寝た。

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