(2/2)賀東招二先生の、フルメタル・パニック !のあとがきだけを解説する
賀東氏はのたうち回っている。
「なにを訳のわからん事」「正気を失って」「かなりイってた」と散々のたうち回ったと赤裸々な告白。
紙媒体の恐ろしいところ。
一度印刷してしまったものは訂正できない。
本編に全力を注ぐあまりにあとがきが疎かになったと賀東氏は述懐しているが、(ご本人様以外は)だいぶ面白かったので結果オーライだろう。
この巻のあとがきでは、本作の登場人物であるテッサ・テスタロッサを登場させ、「『 さん。(中略)一緒に頑張りましょう』」と結び、空白には自分の名前を入れましょうと提言している。
この手法についても新城カズマ氏の影響が強いのではないかと考えているが、それはまた別の話。
その次に上梓された「終わるデイ・バイ・デイ」上下巻では、作品がひとつの転換点を迎えた重要なエピソードであったからか、あとがきにも(いい意味で)熱が入っていた。
相良宗介と<アーバレスト>に対する違和感を見つめ直していく巻だったと、賀東氏は言う。相良宗介はようやく主人公になれたし、あまり愛着を持っていなかった(!)<アーバレスト>も、なかなか悪くないと自身の評価を改めている。
しかし真面目に作品について熱弁を振るわれてしまうと、面白おかしくあとがきの解説をまとめるにあたっては筆が鈍って仕方ない。
そんな中、上巻のなかがき(上巻だからなかがきとしていた)では、作中に登場するジェローム・ボーダ提督が実在の人物をモデルとしていると明かしており、調べてみるとこの人物、相当に興味深い。
ジェレミー・マイケル・ボーダ。
彼がモデルで間違いあるまい。
下士官出身でありながら、叩き上げで海軍作戦本部長にまで昇り詰めた唯一の人物であり、現在に至るまで、その記録は破られていない。
輝かしい経歴を持つ彼は、しかしその最期を拳銃自殺で締めくくっている。
その原因とされているのが、1991年にラスベガスで開催された、テールフック協会シンポジウムでの出来事である。艦載機パイロットを労うために開催されたそのイベントで、90名もの男女が100名以上の男性パイロットからセクシャルハラスメントを受けたという疑惑が持ち上がったのだ。
テールフック事件と呼ばれる、海軍の大不祥事。
ジェレミー・ボーダは事件の真相を解明する過程で被害者女性を支持、海軍と対立する。
それが直接のきっかけであったかどうかは不明確だが、56年、彼は拳銃自殺した。
軍の暗部であるからか、この事件についての情報は今もって尚少ない。Googleで検索してもほとんど見つからず、前述の情報の出典はほぼWikipedia頼り。
出典が明らかではないが、彼の死亡時、銃弾は頭部ではなく腹に命中していたらしい。それも複数発。果たして、自殺と断定するに足る状況だったのだろうか――。
閑話休題。
何について書いていたか忘れるところだった。
「終わるデイ・バイ・デイ」の次に刊行された短編集第五巻「どうにもならない五里霧中?」のあとがきでは、次回タイトルの公募が行われた。
短編集のタイトルは数字を含む四字熟語で構成され、熟語自体が巻数を示しているのだが、六巻ともなるとかなり苦しくなってきていたようだ。
採用者にはテレカとサイン入りの新刊がプレゼントされたというから、ファンには垂涎の企画だっただろう。採用されるだけでも名誉なのに。
そんなファン心をくすぐる企画は好評を博し、賀東氏の「せいぜい一〇通くらい」という予想を大きく上回り、数百通にも上った。
その中から選ばれた「あてにならない六法全書?」は多数あったらしく、その全員に先述の景品が贈られたのだという。
送っておけばよかった。いや思いつかなかっただろうけど。
五巻以前の短編集は、月刊ドラゴンマガジン誌上で連載された短編に加え、書き下ろし短編が一本収録される形式がとられていた。
しかし六巻に書き下ろしはなく、代わりに設定資料の一部が収録される形で刊行された。
では力を抜いたのかというと、そうではない事があとがきから窺える。
収録された六篇のうち二篇に対して賀東氏は、「連載時の原稿を読み返したところ、ひどく雑な文章に驚いて、悲鳴をあげてパソコンの前を逃げ出し、しばらく布団を被ってガタガタ震えて」いたと明かす。前述の理由のため、大幅に改稿されて収録された。
改稿された一篇は主人公がナンパに繰り出すという話だった。
賀東氏は自身にはナンパの経験がないとしながらも、居酒屋で知り合った女性と遊びに行った事があるらしい。
私にも類似の経験があるが、今は昔。〝いまとなっては良い思い出フォルダ〟的なものに格納されている記憶だが、もう一度経験したいとは思えない。
賀東氏も同様、「どうも苦手」だと結んでいる。
そんな四方山話の次のページには「ゲーデル・エッシャー・バッハ」なる難解書籍が紹介されていて、本巻のあとがきは話題に事欠かない。
登場人物のセリフの引用元として使用した書籍とのこと。ここであらすじでも紹介しようかと考えたが、難解すぎて少し調べただけでは何も書けない事が分かった。Amazonにて、6,380円で絶賛発売中である。チャレンジ精神旺盛な諸氏は試読してはいかがだろう。私はしない。
難解と言えば、少ない読書経験で最も難解だった書籍は何といってもウラジーミル・ソローキン著「青い脂」が群を抜いている。
現代ロシア文学の怪物と呼ばれるソローキンの事を、予め知っていたわけではない。ただそのタイトルと書影に心を掴まれ、忘我の千鳥足でレジへと進み、得体のしれない見えざる手に導かれるまま3,500円を支払っただけの話である。
それほどに書影は美しい。検索してみて。本当だから。あ、でもいま検索すると文庫版が出るので、そこは単行本版を慎重に検索してみてほしい。
豊富な造語、圧倒的な世界観、注釈のオマージュという意味をなさない注釈の数々。暴風のような荒々しさと丁寧な筆致とを両立させた奇跡の文体。付いてこられない者は容赦なく振り落とされる。それでいて目を覆いたくなる程に下品。
とにかく読了するのに精いっぱいで、正直ほとんど理解できなかった小説だ。
目を瞑ったまま全力疾走して、とにかくゴールテープだけは切ったという印象。
読書アンテナを刺激された読者諸賢は、是非一度は手に取っていただきたい怪書だ。
あれ? 何の話だっけ。ああそうだ。フルメタルパニック!
そもそも短編集六巻の前には、本来長編が刊行される予定だったらしい。
延期に延期を重ねた結果、短編集六巻を先に出すことになった事を、賀東氏はあとがきでひらすらに平身低頭している。
そこまでしなくても…と思うくらい謝っているのは、プレッシャーに頭を抱えていた事の表れだろう。
当時まだ発表されていなかったが、京都アニメーションによる「フルメタルパニック! ふもっふ」の企画も水面下で進行していたのだろうと推測される。
二本のコミカライズ企画まで同時進行、間違いなく当時の富士見ファンタジア文庫を牽引する人気作だったことを思うと、その重圧は推して知るべし。
その中で、賀東氏は左記の二点を明かしている。
①現在進行中の長編は軽めの内容
②完結までの構想がまとまってきた
嘘である。
少なくとも①については嘘だった。
二年ぶりの長編となる「踊るベリー・メリー・クリスマス」は、始まり方こそコメディタッチだったが、終盤で迎えた局面と、主人公の回答は多くの読者を驚かせた。
今回の長編はこれまでの書き下ろし形式とは異なり、月刊ドラゴンマガジン誌上での連載形式を取った。
「あてにならない六法全書?」の刊行とほぼ同時に連載がスタートしたため、連載開始当初は本当に「軽めの内容」にするはずだったのが、展開していくうちに結末がシリアスへと変遷していったことが伺える。
書き下ろし形式でならば、終盤の展開に合わせて序盤を再調整できるが、連載形式ではそうはいかない。
一度リリースした展開は撤回や調整は利かない。
仮に私が連載形式で本を出したら、当初のプロットを逸脱してまでクライマックスを変更するだろうかと考えてみる。
きっとできない。
怖くて。
序盤との整合性を気にして、二の足を踏んでしまうだろうと予想する。
それを賀東氏はプロット変更へと踏み切り、シリーズ全編を通しても「踊るベリー・メリー・クリスマス」を重要なターニングポイントとして位置づけることに成功した。
そんな名作を生むにあたって、賀東氏は自腹で豪華客船への取材を敢行した。一泊二日で乗船した豪華客船の裏側を見るため、無断で乗員用の区画に侵入して叱られたとか。
続く長編「つづくオン・マイ・オウン」では、あとがきに(除湿仕様)と付記されている。
いよいよ物語が終盤へと突入し、湿っぽいエピローグで結んだ事への反立だろう。
※ちなみに文庫のヘッダには(陰湿仕様)と誤植されており、だいぶ意味が変わってしまっている。
賀東氏は本編の急展開に対し、「最近の世の中では(中略)「鬱展開」などと呼び習わすことがあるようですが、(中略)あまり好きではありません」と苦言を呈している。
2004年当時に鬱展開で話題になった作品と言えば、「君が望む永遠」あたりだろうか。2002年あたりから他アニメーション作品においても、「lain」や「灰羽連盟」「最終兵器彼女」等、独特な雰囲気の通底する作品が多かったように思う。
更に賀東氏は「物語の主人公が殻に閉じこもって(中略)ウジウジと悩んでいる展開が「深い話」みたいに言われるようになってしまってから(中略)もうすぐ一〇年ですかね!」と語気を強める。これはもうドンピシャで「新世紀エヴァンゲリオン」を示唆しているのだろう。
そう前置いてから、「宗介はそういう主人公ではありません」と断言している。
確かに、共に巨大兵器に搭乗して戦う主人公でありながら、その在り方は碇シンジとは対照的である。賀東さんエヴァ(というかシンジ君)嫌いなのかな。
最終章の始点的位置づけとなる「つづくオン・マイ・オウン」のあとがきは、賀東氏の力強い意気込みで締められている。
「終わらせるのが最大の目標」としたうえで、「ダラダラ展開で尻すぼみとか、未完のまんま別シリーズ開始とか、そういうのやりません」と明言している。
嘘である。
続巻の「燃えるワン・マン・フォース」のあとがきにおいて、賀東氏は竹書房刊「ドラグネット・ミラージュ」を宣伝している。
この作品は賀東氏が原案を務め、きぬたさとし氏を著者として迎えた小説として上梓された。
「原案の形くらいならいいかなー」としつつも、「ごめんなさい」と謝意を述べている。
しかしこの作品、後に賀東氏本人が著者であり、きぬたさとしは正体を隠すための別名義であったことが判明している。
前巻で別シリーズ開始はしないと明言してしまったがために、このような方法を取ったのだろう。
とはいえ、読者の顔色を窺って出版を諦めていたら勿体ない作品であったことも事実。
「ドラグネット・ミラージュ」は二巻までを発表したところでレーベル自体がなくなってしまい、その後小学館ガガガ文庫で「コップ・クラフト」と改題、リスタートしている。2019年にはアニメ化も果たし、人気を博した。
一つの作品に集中するのは読者が求める姿勢であることは間違いないだろう。ただ同人小説家としては、書いているうちに別の作品を書きたくなる気持ちもよくわかる。その時書いている作品には絶対に使えないプロットを思いついてしまうことが頻繁にある。
例えば、ファンタジー小説を書いている途中に珠玉のSFネタを思いついてしまうといった具合に。
ちなみに、他社作品を宣伝していた「燃えるワン・マン・フォース」のあとがきは前巻との対比で(加湿仕様)となっている。小説の内容は前巻同様、否、それ以上に湿っぽく、除湿しきれなかったことが窺える。
それはそれとして、秋葉原をポルノ街だと勘違いしている外国人がたまにいるのだとか。
その勘違いを、賀東氏は作中で登場人物に偏見たっぷりに述懐させている。
賀東氏はそう思われても仕方ない面もあるとし、かつての電気街を回想する。
子供の頃にハンダ付けをしてもらったというパーツ屋を久々に訪れた際、既に店はなく、エロ同人屋になってしまっていたとか。
郷愁、時の流れの残酷さを感じたとか。
私もかつて通っていたメイド喫茶がコスキャバになってしまっていたのを見たときには、郷愁を覚えたものだ(多分違う)。
客とメイドさんとでジャンケンをし、勝った方が好きな具材を入れながら作る闇鍋――もといミックスジュースが目玉商品だった。
飲み切れなかった際にはメイドさんからのビンタが飛ぶという企画だったが、飲み切った上にビンタをせがんでいた客の背中を、私はいまでも忘れることができない。
「燃えるワン・マン・フォース」以後、いよいよ物語は佳境に入り、あとがきを占める内容も本編への想いが増していく。
熱が入るあまり、長編と長編との間に刊行された短編集には書き下ろしが収録されていない巻がある。ダイハードな展開の合間に日常編を書き下ろすことができなかったのだと言う。
短編集九巻「マジで危ない九死に一生」でも愚痴をこぼしている。劇中では九か月しか高校生活を過ごしていないにもかかわらず、40話以上の短編があり、ということは週に1回以上ドタバタ劇があったということになる。サザエさん時空の適用を考えた時期もあったようだが、長編へのモチベーションに影響するためにそれもしなかったと。
クライマックス一直線なストーリーにそれだけ熱中されてしまうと、あとがきにおける余談も少なくなっていき、つまり私が書くネタがなくなっていく。
というわけで。一気に飛んで、最終巻である。
最終巻「ずっとスタンド・バイ・ミー」は上下巻構成。
「終わるデイ・バイ・デイ」上巻の際にあった あとがきならぬ「なかがき」もなく、下巻のみにあとがきがつく。
開口一番、「ネタバレあります」と宣言する賀東氏。完走した思いの丈をぶつけようという気概が窺える。
12年の歳月をかけて丁寧に編まれてきた本作の完結を祝い、賀東氏はフルメタがスタートした98年のワインを二本購入、一本を自分用に、もう一本を(ともに12年フルメタを創り上げてきたイラストレーターである)四季童子氏に贈っている。
98年のシャトー・ラトゥール。値段は「けっこうした」と曖昧にしているが、調べたところ確かに結構した。高島屋オンラインストアで12万円だった。
完結当時は2010年、もう少し安価だったかもしれないが、12年もの歳月を同じシリーズで駆け抜けてきたことへの祝杯ともなれば、これ以上に相応しいものもないだろう。
ちなみに四季童子氏からは返礼として「死ぬほどうまいチーズ」が贈られ、飲みながらつまみながらのあとがきだったようだ。
シリーズ全体を「この話は『あくまでもボーイ・ミーツ・ガール』なのだ」と、賀東氏は振り返る。
それ以外を優先させてならず、「あくまで彼と彼女の話なのだ」と。
最初から決めていたと書いているが、まさしく一巻のタイトルは「戦うボーイ・ミーツ・ガール」。
このタイトルにテーマの全てを捧げていたのだろう。
最後は超絶怒涛の謝辞ラッシュ。挙げられたのは実名だけでも34名に昇り、その他○○社あるいは業界の皆様も含めれば、このフルメタル・パニック!という作品に数えきれない程の人が携わった事がわかる。
このあとがきを書き終えた賀東氏を包むカタルシスは、計り知れない。
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参考文献(いずれも富士見ファンタジア文庫)
戦うボーイ・ミーツ・ガール
疾るワン・ナイト・スタンド
揺れるイントゥ・ザ・ブルー
終わるデイ・バイ・デイ(上)
終わるデイ・バイ・デイ(下)
踊るベリー・メリー・クリスマス
つづくオン・マイ・オウン
燃えるワン・マン・フォース
つどうメイク・マイ・デイ
せまるニック・オブ・タイム
ずっと、スタンド・バイ・ミー(上)
ずっと、スタンド・バイ・ミー(下)
放っておけない一匹狼?
本気になれない二死満塁?
自慢にならない三冠王?
同情できない四面楚歌?
どうにもならない五里霧中?
あてにならない六法全書?
安心できない七つ道具?
悩んでられない八方塞がり?
マジで危ない九死に一生?
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