第3話 その後の世界
ハイパースプレッダー本山勝彦が崖からダイブして数週間後、崖下から身元不明の死体が発見された。ちょうど崖から落ちた時間にそこを通過する車両が無く、事故に気がつくものがいなかった。たまたまその近くを通った漁船が、崖下の岩場にバイクが落ちているのを発見して、警察へ通報した事でようやく事故に気がついた。
「おーい!! 生きているか?」
レスキュー隊の松中はロープで下降しながら倒れている男性に声をかけた。だんだん岩場に近づいて来て男性を見るが、右手が無く左手も足もあらぬ方向を向いており、腐敗も始まっているようで、ひと目見て生存の可能性が無いことを理解した。無線で死亡を確認したことを伝え、引き上げ用のストレッチャーを下ろしてもらう。後発隊の吉光が合流して事故の現場写真を撮る。
「松中さん、これは多分即死ですね。たまたまガードレールの無い部分に突っ込んで来るって、運が悪いのか、自殺なのか……」
「そうだな……まだ若そうに見えるが可愛そうだな」
「うわっ!!」
「吉光、どうした?」
「うわぁ、何か頭から降ってきたと思ったら、何か血のような物が降ってきたんですが……クサッ」
松中は上を見ながら
「もしかするとこの上の岩場に最初にぶつかって右手を失ったんじゃないのか?岩場の上に右手が残ってないか引き上げる時に見てみよう。」
吉光が身元の確認ができるような物を探していた。ウェストポーチのようなバッグが見つかり中を探る。携帯電話と財布が出てきた。
「松中さん、身元もわかりそうなので、引き上げますか?
「そうだな、バイクは警察にどうするかは任せて、とりあえず救護者を運ぼう」
二人でストレッチャーに遺体を乗せ落ちないようにしっかりとベルトを結び、無線で引き上げ作業をお願いした。
「とりあえずあの岩場まで行こう」
松中はそう言いながら、ロープを登り始めた。案の定岩場の端に、被害者の右手が落ちていた。多分さっき落ちたのは腐った体液なんだろう。きれいな布で包み新しく下ろしてもらったロープに結んで上げてもらう。
「吉光、ここの写真も撮っておいてくれ」
「はい」
写真を撮り上の道路まで戻ってみると、警察も一緒に遺体を囲んでいた。ウェストポーチを開け免許証を確認していた時に誰かが
「本山勝彦って何処かで聞いた名前なんだが?」
「有名人なのか?」
「いや芸能人とかでは無いと思いますが、何か聞いたことあるんですねぇ」
「自分も聞いたことあります」
そんな会話を後ろで聞いていたら
「その遺体に近寄るな、そして全員それぞれ2メートル以上離れろ! そいつはハイパースプレッダーの本山だ!!」
全員が蜘蛛の子を散らすように散開した。それからそれぞれの部署に連絡をして全員が隔離された。
「あぁ運がないなぁ」
そう呟いたのは吉光消防士だった。コロンがまだ流行っている時期でもあり、全員が手袋にマスクしていたので、他に感染者はいなかった。ただ、頭から落ちてきた血がたまたま目の近くにあったため、こすった拍子に目から感染してしまった。戻ってから数日後コロンのCOPAN-20α型に感染していることが判明した。
「まだCOPAN-20β型じゃないだけマシですよ! β型だったら、致死率40%近いエボラ並ですから、感染力もα型と変わらないしあっちなら助からない可能性高いですから……」
担当の看護師からそう慰められた。COPAN-20β型は最初の本山が感染を拡大させたCOPAN-20α型より更に凶悪で、感染率も高く致死率も高いと恐れられるウィルスに進化していた。東京は緊急事態宣言後に収まるかと期待されたが、相変わらず自分は感染しないという妙な自信を持った若者たちが夜の街に繰り出し、関東は面白くないからと、ホテル代も安くなった地方への旅行が小さなブームになっていた。
その結果……
関東のみならず全国で緊急事態宣言がだされたが、時すでに遅しで感染の拡大が止まらなくなってしまっていた。しかもα型とβ型は世界でも日本だけで感染が広がり、完全に世界から日本は取り残されてしまった。殆どの国が日本からの渡航制限をかけていたので、世界へ広がる事は無かった。
吉光は致死率は多少低いかも知れないが、α型に感染した時点で死を覚悟していた。
「あぁ結婚もせずに死んでしまうのは嫌だなぁ。もう少し楽しいことしたかったよ」
看護師の栗本雪はそんな吉光を見て
「吉光さん大丈夫ですよ! 消防で体鍛えているんでしょ? 他の方に比べれば十分体力もあるし症状が出ても乗り越えられますよ」
「じゃ栗本さん、もし退院できたらデートしてくれる?
「いいですよー、でもマスクに防護服脱いだら私って判らないかもですね?」
「よーし、生きる気力が湧いてきたああああ」
元気だった吉光だったが、その夜から急激に体調が悪くなり、肺炎の症状が出てきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます