第11話蓋をあけるんじゃなかった2

「……マジョ、殿」

「………………なにかしら?」


 軋みを含んだ声に、メリルの意識は現実に帰らざるをえなかった。



「呪い、ハ……?」

「ちょっと待って、今頭の中を整理するから」


 何処か躊躇った様子を見せる彷徨う鎧ワンダリングアーマーの眼前に向けて手を突き出し、メリルは「待て」を言いつける。


 どれだけ目を凝らしても変わらない事実。


 加護の反転。


 これは確かに呪いだろう。

 厄介なのは、呪いによって加護が反転したのではなく、加護が反転した結果、呪いとして彷徨う鎧ワンダリングアーマーの身に降りかかっているという事だ。


(しかも、竜とは厄介な)


 リュウと呼ばれる種は人に比べて寿命が長い。なので、人の感覚からすれば結構大雑把だ。

 だから、リュウからすれば、圧倒的に寿命が短く、矮小な存在を気にかける事は滅多にない。


 竜にしろ、龍にしろ、彼らは情が深い。そんな存在だから、目を離した隙に死んでしまう生き物との付き合い方も慎重だ。


 うっかり懐に入れてしまった途端にぽっくりといかれてしまうと、リュウ側のメンタルもやられてしまうからだ。


 だから、人間に加護を与えるという事は滅多にないし、与えたとしても、リュウにとってはごくごく軽いものが殆どだ。



(つまり、滅多にないということは、稀にあるという事で、)



 メリルは目頭を押さえた。


 リュウが人に加護を与える事情は様々だ。気まぐれに与えるもの、興味本位に与えるもの、与えられる側に事情があり、それに同情して与えられたもの。

 そういったものはリュウにとってはごくごく軽い。ちょっとした事で消える事例もあるし、制約が課せられたビジネスライクなものある。



 それとは一線を画すのが、リュウが相手の存在を認めて与えるもの。


 メリルは改めてその紙を見る。


 最初に拾い上げた「龍の加護」は恐らく、彷徨う鎧ワンダリングアーマーの手助けの意味を込めてのものだろう。種は違えどリュウ。

 加護を重ねる事で反転した加護の効果をいくらか押さえているのだろう。


 そして元々持っていたであろう「竜の加護」。


 メリルの表情が途端に渋くなる。


 相殺して消えるでも、薄れるでもなく、加護として残っているこれは、間違いなく竜に尋常ないレベルで気に入られて与えられたものだ。反転してなお加護としてあろうとするその執着心がいっそ恐ろしい。


 メリルはちらり、と彷徨う鎧ワンダリングアーマーを見た。

 これだけ力のある魔物だ。は余程名のあるであったに違いない。


 竜に関連する騎士となれば幾人か上がるが、それらが加護持ちであったかそうでないかは判断が難しい。その手の民衆に広まる話というのは、盛っているか、隠しているかのどちらかだ。


 過去、竜の友として加護を受けたとっかいう人間が、蓋を開けてみれば竜にとってはただの話し相手ひまつぶしだった。なんて事は結構ある。


 目の前の鎧とは大違いだ。


 出来れば、そっちの方が良かったと思わずにはいられない。


「ねえ、あなた?」

「………」

「あなたに竜の友達とか、?」

「………………」


 メリルは敢えて過去形で尋ねた。もし、この加護を与えた竜が生きていたなら、加護を反転させるなんてまどろっこしい事をせずに直接殺しに来ている筈だ。それが出来ないからこそ、今、こうなっているのだ。リュウは情は深いが、情を断ち切る際は潔い。


 彷徨う鎧ワンダリングアーマーは微動だにしないが、何か、記憶を探しているようにも見える。メリルは辛抱強く、相手の言葉を待った。


 キィッと喉が鳴る。


「リュウ、は、イナイ、ト、思ウ」

「そう」

「……ケド」

「けど?」

「………………」


 彷徨う鎧ワンダリングアーマーのどこか、躊躇うような長い沈黙が嫌な予感を刺激する。





 彷徨う鎧ワンダリングアーマーは己の【記憶】に意識を向けた。

 思いだそうとする感覚はいつぶりか。


 そう、だ。


 その感覚を取り戻させてくれたのは、自身を忘却の魔女と称した小さな少女。

 その顔は強張っていながらも、急かすでもなく、己の次の言葉を待っている。


 彷徨う鎧ワンダリングアーマーは【竜】という言葉を手掛かりに闇に沈めた記憶を探る。

 に朧げな手ごたえを感じて掬いあげる。

 それが一体「いつ」の記憶なのかは定かではないが、恐らく少女の求めるものに違いない。


 紡ぐ言葉はつたないが、頭のいい彼女は己の言わんとすることを理解してくれる事だろう。


 今までがそうだったように。


 きぃ……


 喉が軋みをあげた。




「けんか……シタ」





「………………は?」




 発した言葉にメリルの声がワントーン落ち、目が据わった。




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