幕間②『誰の趣味の話?』
あれから、週に一度くらいの頻度で、異世界人たちと花束さん家の豪邸で、食事会が開かれるようになった。
もう四回目か、五回目くらいだろうか。
今日も俺と異世界人たちは、純白のクロスがかかった、不必要に長い大きなテーブルで、来賓用の飾りのついた椅子に座して、善喜じいさんが運ぶ料理を美味しくいただいていた。
対面にはホストである花束さんと、料理を運び終わった、まるで執事のように振る舞う老人が座って食事を摂っている。
「最近、実写でホームズを観たの。面白いわね、やっぱり」
フォークを置いて、ナプキンで口を拭いてから、急に花束さんが口を開いた。
その動作ひとつひとつが美麗で、俺は思わず見惚れてしまった。
気品を感じる指の動きは、食事の前に善喜さんに、あのーお箸ください、と開口一番に言い放った俺とは大違いだ。
「ああ、アイアンマンとジュード・ロウのやつ?それとも、ドクター・ストレンジとモーガン・フリーマンのやつ?」
俺はサラダに入っている、ひよこ豆なる豆を箸でつかみながら言ったが、ひよこ豆は箸の先から逃げて皿に戻っていった。
「ロバート・ダウニー・ジュニアとベネディクト・カンバーバッヂでしょ?それとユーリ、その言い方だったらジュード・ロウはヨン・ログよ」
ミハルが隣からナイフの先を俺に向けて指摘する。
マナーもへったくれもない大魔法使いだ。
「誰がそんな脇役の名前なんか覚えてるんだよ」
そのナイフに向かって、俺は言った。異世界人は本当に、こちらの文化に造詣が深いようで困る。
「ユーリ。さらに指摘させてもらえれば、ワトソンはモーガン・フリーマンではなく、マーティン・フリーマンです。その言い方であれば、エージェント・ロスですね」
ライガ、お前もか。
「どっちも似たようなもんだろ。モーガン・フリーマンはバットマンの相棒。マーティン・フリーマンはドクター・ストレンジの相棒だろ?」
両脇から眉根を寄せた視線の板挟みに遭う。
「違うわよ」
「違います。エージェント・ロスはブラック・パンサーです。ベネディクト・カンバーバッヂとマーティン・フリーマンが英国ドラマのシャーロックでホームズとワトソンを演じているので、勘違いするのは分からないでもありませんが」
「ぐ……。カタカナまみれでゲシュタルト崩壊しそうだよ」
くすくす、と花束さんが向こうで、指で口を隠して笑っていた。
向こう、と言っていいほどの距離が、彼女と老人と、俺たちの間にはある。そのぐらい、この格調高そうなテーブルは大きいのだ。
「ごめんなさい。やっぱりあなた達、面白くて。いつも楽しい食事会をありがとう。あと映画の話じゃないの。ドラマの話よ。ホームズがとっても素敵なの」
「ホームズのドラマって、だからドクター・ストレンジの?それとも、チャーリーズエンジェルの女の人の?」
「違うわ」
今度は両脇の視線とナイフが竜神に向かう。
「ジェレミー・ブレット」
「ジェレミー・ブレット」
「ジェレミー・ブレット氏じゃな」
やっぱ仲良いんだろうな、この魔法使いと獣人は。
ついでに善喜じいさんまで、声を上げていた。
「なんだよ、みんなして急に。っていうか、誰、それ?」
俺の問いには、善喜じいさんが答えた。
「グラナダTVというイギリスの放送局がひと昔前に作成した、シャーロック・ホームズの冒険という連続ドラマの主演を務めた名優での。彼の演じるホームズは、現在でも、史上最高のホームズとして語り継がれておるんじゃ。……一度、拝見したことがあっての」
「なあんだ、そうだったの?おじいちゃんもハマったのね?」
「いやいや。ドラマは見たことがないんじゃが、ジェレミー・ブレット氏に拝見したことがあるんじゃよ」
「なんてこと……。惜しいわね。私がその場にいたら、寿命を二十年ぐらい延ばしていたのに」
「花束や。わしも、そうしたかったさ……」
遠い目で。
二人はフォークとナイフを置いてしまった。
俺は話にはついていけなかったが、その様子はなんだか、日曜の夕方にやってるアニメのマルコとトモゾーみてえだな、と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます