日常の15『異世界人と夕食会』

 どうしてみんな、こんな美味しい料理に感想ひとつ述べないのだろうか。


 まあ、そりゃそうか。


 あんな緊迫した場面から、急に「夕飯にしましょう」って言われて食事を提供されてもな。しかも俺たちはミハルが作ってくれたカレーを食べている途中だったわけだし。


 六畳一間が懐かしくさえ思える。ずっと三人で食卓を囲んでいればよかったんだ。

 そうしたら、命の危険も、こんな緊張感しかない食卓も、入ったこともないような豪邸で、こんな笑えるくらい長いテーブルに四人でちんまりと並んで食事する、なんて慣れない経験もせずに済んだっていうのに。


「口に合いませんでしたかな?」


 そしてこの老人はなんで、とっても姿勢よく立ったままで我々の背後にいるのか。


「さて、どこから説明してほしい?ユーリ君?」


 急に竜神様、もとい真正面で静かに清汁を啜っていた花束さんが、御膳に箸を置いて話しかけてきた。

 そう。シャンデリアもあって、高級そうな見たことない模様が描かれている絨毯も敷かれていて、俺たちの玄関となったあの大きな暖炉もあるっていうのに、食事はなぜか和食だ。


「いやあ、どこから、と言われても……」


 言いながら俺は目線を隣、ミハルとライガへ向けるも、片方は目を腫らしたまま俯いているし、もう片方は腕を組んだまま食事にも手を付けようとしていない。


「……そうだなぁ。ここに至った経緯というか。みんなが言う異世界のことも、この際だから聞いておきたいし。あとはまず、花束さんが一体、どういう存在なのか知りたいかな………」


 ふふ、と華麗に花束さんが頬に手をやりながら口角を上げる。やっぱり美しい人というのはどんな所作も綺麗なのだな、と俺は毎度ながら思う。


「いいでしょう。ではまず、我々の世界の説明をします。どうせミハルからは、ユーリ君は選ばれたから、という理由しか聞いていないのでしょうから」


 一瞬、目を細めた花束さんの視線の先がミハルに向かって、大魔法使いのぐすん、と鼻をすする音がした。あまり小さい子をイジめないでやってくれないだろうか、花束さん。


「まず、私のことだけれど、今日の朝までは本当にただの普通の女の子だったのよ?ただ、私の前世は、ナユタ大陸という、あなた方の言うところの魔法が使える異世界で、数多の竜族をまとめる竜の王、竜神だったの。竜神には加護、まあ、固有の力というところかしら、それがあってね。………うーん、説明が難しいのだけれど」


「……魔法は効果が数倍になり、しかも勝手に魔力が回復するから使いたい放題。しかもそれが、近くにいる他の竜たちにも効果が適用されます」


 背後から渋い声が響いた。老人、花束さんのおじいちゃん、と聞いていたが、遠野善喜が鼻の下の髭を撫でながら説明してくれる。


「ありがとう、おじいちゃん。そういうワケなのだけれど、その加護をね、私はある禁じられた魔法のせいで失ってしまったの。で、私はこちらの世界に前世の記憶もないただの人間の女の子、天童花束として転生してしまった、と」


「禁呪、と呼ばれるモノですな。私は―――—様、あ、いや失礼。花束がその魔法を受ける前に、ミハルの師である男から未完成な状態の禁呪を受け、記憶はそのまま、姿は人間、という歪な形で、戦前のこの国に転生いたしました」


「そう。ちなみに、おじいちゃんはあちらの世界では私の右腕として活躍した竜でした」


「いやはや右腕とは。おじいちゃん泣いてしまいそうじゃ……」


 背後で善喜さんが、どこから出したのか光沢のあるハンカチを持って目頭を押さえだした。


「これ以上、私を困らせないでちょうだいね。さて、こうして今日の朝まで、人間の女の子として普通に……、そう、普通に、育っていた私なのだけれど、竜の加護を私から奪ったミハルがこちらの世界に来たものだから、本来の加護の持ち主である私に、それが戻ってきてしまったの。前世の記憶と共にね」


 多分、俺はちっとも彼女たちのことを理解できていない。正直、花束さんの説明はよく分からなかった。しかしながら、命の恩人の手前、ミハルの目的について俺は聞いてみることにした。


「ええっと、その加護がないと、俺が異世界に行くことができないって聞いたんだけど、返してもらえないの?」


 ぴくり、と花束さんの流線を描く眉が動き、くっきりとした二重の眼が俺を見据えた。そこにはどこか、俺の不理解に対する悲しみと、少しの嘲りがこもっている気がする。


「ユーリ君、残念だけどそれは出来ないの。どうしても、というなら彼女が私を殺すか、もう一度、私に禁呪を使うしかないわね」


 そう言い終わった瞬間、ぞわ、と花束さんの背後から圧倒的な威圧感が広がっていった。


「……まあ、私はこの世界で生きていたいから、絶対に阻止させてもらうけど」

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