第40話 天国へのカウントダウン


「珍しいじゃん、ピアスなんて」


 弓花が告白を振って一分後、心春は俺の耳を見てピアスの存在に気づいたようだ。


 ただでさえ弓花の彼氏であることを知らされ注目を浴びているのに、心春と話すことで他の女とも話すチャラい男だと思われてしまうかもな。


「ちょっとな」


「もしかして、長澤さんと同じの買ったの?」


「エスパーかよ」


 心春は弓花のピアスを確認していないのに予想を当ててくる。


 心春が凄いのか、それとも俺達がわかりやすいのか。


 弓花が俺と付き合っていることを宣言しても心春の態度が変わることはない。

 気にせず俺と話している。


 しかし、今までとは異なり、態度を大きく変えることのできる存在もいる。


「藤ヶ谷君、ちょっと来て」


 心春と会話をしていた俺の腕を引っ張り、廊下へと連れて行く弓花。


 その行為に、クラスメイト達は俺達が付き合っていることは本当なんだと実感している。


「どうした?」


「あなたがビチ下さんと楽しく話していたから回収しただけ」


 これからは校内でも弓花は俺と接触できる。

 先ほどのようにイライラすることがあったら、俺を回収すればいいだけだ。


「あまり目立つことはするなよ。変に見られたくはないからな」


「それは私もよ。人目のつくところでイチャついたりはしないから安心して」


 俺の手を握ってくる弓花。

 人によってはこれも十分のイチャつきなのだが……


「昼休みはどうするんだ? いつもの場所にするか教室にするか」


「いつもの場所に決まっているじゃない。咲矢と半日に一回は抱き合わないとしんどくてやってられないわ。天気が悪い日や寒さに耐えられなくなったら教室で食べましょう」


「そうだな……」


 少し弓花と話したところで先生が教室に向かってくるのが見えた。


 俺達は教室に戻り、浮ついた状態で授業を受けることに。



     ▲



「清々しい気分ね」


 昼休み、朝に俺と付き合っていることを公表した弓花は、スッキリとした表情で食事をしている。


「俺はそわそわとしているけどな」


「申し訳ないわね、変に注目されていたようだし」


「地味に影響があったな。野球部の奴にも調子に乗んなって遠回しに言われたし」


「誰よそいつ、私が社会的に抹殺してあげようかしら?」


「大丈夫です」


 お願いしますと答えれば本当に実行してくれそうだが、ご遠慮することに。


 まぁ実際、弓花に何か直接嫌がらせする奴が現れたら俺も許せないけど。


「じゃあ、いただきます」


 そう言いながら弓花は俺を両手で抱きしめてくる。

 俺じゃなくて昼飯をいただけよと言いたい。


「というか咲矢と付き合っていることを公表したから、ビチ下さんは咲矢と接触し辛くなると思ったのに今朝も早速関わってきたわね……まったく無神経な女ね」


「逆だろ。俺のこと異性として意識してないから、恋人がいても変わらずに接せれると」


「男女間で友人関係が成立するわけないじゃない」


「俺はそうは思わないけどな」


「じゃあ咲矢はビチ下さんを一度もエロい目で見たことないと言い切れる?」


「…………」


 俺は弓花の問いに答えられない。

 嘘をついてもどうせ見抜かれちゃだろうし。


「最低ね。普通の女だったら蹴られているわよ。まっ、唯一その嘘をつかない素直な姿勢は救いようがあるのだけど」


「嫌いになったか?」


「……いや、私が原因ね。あんまりエロを咲矢に供給できていなかったと反省している。だから咲矢はあのビチ下をエロい目で見てしまうのだから」


 そう言いながら、弓花はスカートを捲り始める。


 綺麗な太ももが露わになり、あと一巻きすれば下着が見えてしまう。


「何してんだよっ」


「エロは私で満足できるから、他に向けないでという気持ちよ」


 目のやり場に困るが、視線は弓花の太ももに食いついてしまう。


「咲矢は足より胸が好きだったわね」


 弓花はブレザー下のブラウスのボタンを開けて、大胆な谷間を見せてくる。


 まじでさ、えげつないわ。

 何でも挟めちゃいそうなほど大きいっすわ。


「やりすぎだ」


 俺は弓花の手を止める。

 ぜんぜん力は込められてはいないが。


「咲矢の欲求は全て私が受け止めるから、他に向けないでほしいの」


「そうだな……いやいや、待った」


 弓花に欲求をぶつけたら終わりだ。

 危うく流されてしまうところだった。


「俺は弓花をそういう目で見ないから……好きだけど、それ以上に大切だから」


「いや、いつもけっこうエロい目で見てるじゃない。今さらそんなこと言っても説得力無いわよ。それとも誓えたりするの?」


「……無理なものは無理だ」


「最初からそう言えばいいのに。強がりね」


 弓花の胸の中に埋めてもらう。

 弓花をそういう目で見ないのは無理がある話だった。


「今日は放課後デートしないで、そのまま家に直帰しましょう」


「身体が疼いているぞ」


「当たり前でしょ。これから私達は二人きりの家で過ごす。あなたと一つになる瞬間が来るかもしれないのだから……」


 完璧に獲物を狩る気でいる弓花さん。

 今よだれがこぼれてしまっても不思議ではない。


「残念だが、俺にも策は用意してある」


「逃げるのは無しよ」


「そんなことはしない。向き合って対処するつもりだ」


「……化けの皮が剝がれるのも時間の問題よ」


「最初から俺は本能剥き出しだよ。その状態でギリギリのラインの上を生きている」


 今日の授業中に弓花の暴走を防ぐための手立ては考えておいた。

 もちろん、保証は何もないのだが……


「咲矢には感謝が尽きないわね」


「そう思うのなら、お手柔らかに」


 弓花もできれば今の状態を保ちたいと考えている。

 だが、本能は制御が効かない状態。


 俺が必死に耐えることで、自分の気持ちや居場所を守ることができている。


 一線を越えれば、その先にどういう未来が待っているのか……


 それは幸福よりも不安がどうしても勝ってしまう。


「頑張ってね咲矢」


 弓花は俺にエールを送ってくる。


 弓花の言う通り、俺はこれから死ぬ気で頑張らなければならない。


 カチカチとカウントダウンの音が頭の中に聞こえてくるな……

 そのカウントダウンの行く末が、天国か地獄なのかは今はわからない。

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