第6話 転校生
「おい」
弓花を職員室に案内し終えた俺は教室に入ると、自分の机に名前も知らない他クラスの男子生徒が尻をつけて座っていた。
「何だよ」
「ここ、俺の席なんだが」
「あっ、そう」
他クラスの男は舌打ちをしながら俺の机から腰を上げて、ちょっと離れた場所に移動した。
初めて接した生徒だったが、一瞬で嫌われてしまったことを実感する。
きっと感じの悪い奴だと思われたことだろう。
もっと愛想良くすれば嫌われない未来があったかもしれないが、俺にはできないことなのでこの結果を受け入れるしかない。
机を綺麗な雑巾で拭くことに。
机ってみんな気にせず使っているけど、けっこう汚いからな。
小まめに拭いておかないと不潔だぞ。
「でた、潔癖症」
隣の席の
「潔癖症とか関係無く、机は汚くなるから」
「あたしの机も綺麗にして~」
「仕方ねーな」
断る理由も無いので、ついでに木下さんの机も綺麗にすることに。
木下さんとは去年も同じクラスだったため、普通に会話はできる。
この学校に存在する数少ない俺に話しかけてくれる生徒だ。
ただ、俺が特別ということではなく、木下さんは基本的に誰とでも話すコミュニケーション能力が高い生徒なのだ。
「ありがと、藤ヶ谷君」
はにかんだ笑顔を見せる木下さん。
髪も染めていてピアスも開けている。
見た目はギャルだが、周りからは可愛いと言われているみたいだ。
今は隣の席だから関わってくれるが、席が離れていたら俺の相手なんかしてくれないだろうな……
そこは自惚れてはならない。
「今日から二学期が始まりますが、その前に新たなクラスの一員となる転校生を紹介したいと思います」
担任の
転校生と聞いてクラスメイト達は慌ただしくなる。
転校生が加わるというのは滅多にないイベントなので興奮する気持ちは理解できる。
まさか同じクラスに弓花が転校してくるとはと一瞬驚いたが、よくよく考えてみればそれは不思議なことではなかった。
高校のクラス割は二年になると、文系や理系に選択科目を何にするかで生徒が割り当てられる。
このクラスは文系で選択科目に地理を選んだ生徒だ。
性格がそっくりな双子ならその選択科目が同じであることは偶然や奇跡ではない。
そもそも同じクラスになる可能性は高かったということだ。
「イケメン転校生来ないかな~」
「可愛い女の子が来てほしいぜ」
転校生に勝手に夢を膨らませているクラスメイト達。
「落ち着けって、高校生でこの時期に転校って家庭の事情とかじゃない限り前の学校にいれなくなったとか、何かマイナスな理由だろ。イケメンとか美女とかそういうのと無縁だから」
「そうだよ。期待してもがっかりするだけだよ」
そう、俺達はもう高校二年生。
小学生のように転校生に考え無しで夢見るほど、世間を理解していないわけではない。
だが、弓花は美女。
家庭の事情で引っ越してきた。
クラスメイト達の想像をゆうに超えてくる存在であり、イレギュラーな転校生なのだ。
ガラガラと扉を開けて教壇に立つ弓花。
堂々としていてそこに恥ずかしさや緊張の様子は見られない。
「長澤弓花です。岐阜県から来ました。よろしくお願いします」
冷静に挨拶を済ませる弓花。
何一つ不正解は無いのだが、いかんせん愛想が無い。
もっと笑顔を見せないと冷たいイメージを持たれてしまう。
クラスメイト達は弓花の挨拶を聞いて大きな拍手をする。
そして、男性陣から歓喜の声も聞こえてくる。
無愛想でも半端ない容姿がそれを補ってくれているようだ。
このままクラスに溶け込めば人気者への道はまっしぐらだ。
遠方から来た転校生となると彼氏がいないことは明白であり、この街に友達もいないと察することができる。
男性陣にとっては誰でも彼氏になれる可能性があり、アプローチ合戦が始まるだろう。
この街を紹介してあげるよと遊びに誘う口実も作りやすい。
今後一週間、いや一ヶ月は弓花の周りに人が寄ってくることだろう。転校生バブルだ。
ホームルームは終了し、一時間目の授業が始まるまでの空き時間がスタートする。
俺は左端の窓際の席で、弓花は廊下側の右端の席。
俺は遠くから弓花が人気者になっていくさまをこの目で見て行くことにしよう。
「長澤さんライン教えて~」
「長澤さん部活とかやるの?」
早速、クラスメイトから囲まれる弓花。
まるで掃除機かのように、自分の元にクラスメイトという名の埃を吸い込んでいる。
「ラインやってないし、部活もやらない」
冷たい口調で返答する弓花に、クラスメイト達の顔色は怪しくなる。
ちなみに昨日、家族のみんなとラインを交換したので、あの人めっちゃ嘘ついてます。
「騒がしいのは好きじゃないの。一人にしてもらえないかしら」
きっぱりと気持ちを口にした弓花。
ヤバいよあの人、あんなこと言ったら嫌われちゃうし見てられないよ。
「何あの人、感じ悪っ」
「綺麗だからって調子乗ってね?」
弓花の集まりに参加せず離れた位置で見ていた女生徒たちが、早速陰口を叩いている。
史上最速で陰口を言われた人物として弓花をギネス申請したいレベルだ。
「俺は
クラスで一番の人気者である福尾君が弓花にアプローチをかける。
最近、彼女と別れたと周りに言っていたので、弓花をゲットすべく気合が入っているみたいだ。
福尾君は爽やかイケメンであり、話も面白いのでモテる男だ。弓花も満更ではないはずだ。
「話聞いてなかったの? 一人にしてほしいのだけど」
「突然こんな人がわちゃわちゃしちゃ困っちゃうよね、その気持ち俺もわかるよ」
福尾君は自然に弓花の肩に手をかけて、微笑みかけている。
見知らぬ奴にあんなことされたら俺なら怒る。
「触んないでよ!」
弓花は強めの語気で福尾君の手を払いのけた。
その一声に教室の空気が凍り付く。
弓花の元に集まっていたクラスメイトは、波が引くように遠ざかっていく。
「ねーわ、あいつ」
「きっと前の学校でも虐められてたんじゃないの?」
クラスメイト達は弓花を軽蔑した目で見ている。
自業自得とも思えるが、あれが弓花の正直な性格なのだろう。
上辺だけ取り繕って過ごして周りに群がられても面倒くさいだけだし、正直に生きて好きに生きた方が彼女は楽なのだろうな。俺もそうだし。
それにしても嫌われるの早過ぎないか?
俺はじわじわと嫌われていったというのに、弓花は初日から孤立したぞ……
まぁそこは男女や容姿の違いだろうな。
俺の性格で女子だったら、もっと嫌われているだろうなという想像はできる。
「ウケるね、あの人。あたしは嫌いじゃないけど」
自分の机でずっとスマホを弄っていた木下さんが俺に笑いかけてくる。
どうやら弓花の正直な姿は、敵だけを生んだ訳ではなさそうだ――
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