第8話 男はいろいろ忙しいんだよ! あーっ、もうっ!

 家に帰ったあいだ少年は自室に行くとDVDデッキの電源を入れた。もう、幼女の幽霊とか知らねーよ。ぶっこいてやる。盛大な花火を上げてやる。

 あいだ少年はやけを起こしていた。テレビ画面に齧りつきながら手探りでティッシュ箱を手繰り寄せるその姿は猿同然。

 ベルトを外して、パンツごとズボンを脱ごうとした時、玄関のチャイムが鳴った。家には誰もいないから、自分が出るしかないが今は忙しい。どうせ新聞の勧誘か何かだろ。放っておけば良いや。あいだ少年はそう判断し、テレビの音量を少しずつ上げる。


 玄関のチャイムが再び鳴る。無視するあいだ少年。

 チャイムが鳴る。しつこいな、おい。

 業を煮やしたようにチャイムが機関銃のように鳴り響く。


「うるせえ……」


 あいだ少年はゆっくりと立ち上がり、ズボンを上げると玄関へ向かった。その目は完全に瞳孔が開いていた。


「うるせえんだよ! 今忙し……」

 勢いよく玄関を開ける間少年。

「うるさいのはあんたでしょ」

 玄関先にはセナが立っていた。

「何? 今、家にミツオ以外いないの? まあ、いいや。とりあえず冷たい飲み物ちょうだい。あと適当に甘い物もよろしく」

 そう言うとセナは家に上がり込んだ。

「ちょっと待てよ、セナ。お前、学校は?」

「サボりだよ、サボり。あんたと同じね」


 間少年は飲み物と棚にあったクッキーを適当に皿に盛って自室に向かった。部屋ではすでにセナがくつろいでいる。DVDの電源を切っておいてよかった。心なしか前屈みの間少年はそう思った。

「カルピスか。悪くないね。サンキュー」

「で? 何しに来たんだよ?」

 間少年が尋ねる。

「電車の中でミツオを見つけたんだけどさ」

 手にしたコップをテーブルに置いてセナは話し始めた。

「あの水子まだついてるね。その子に悪意みたいなものはないけど、ヤバいくらい懐いてる。あんた引っ張られかねないよ」

「引っ張られるって?」

 間少年はセナの話を聞いているようで聞いていなかった。それよりもスカートから伸びた太ももや、夏の日差しで汗ばんだ襟元に視線を奪われ、海綿体へと血液を送るのに忙しい。


「ようは死ぬって事」

 セナの言葉に「ふーん」とそっけなく間少年は答える。

「あんた話聞いてた? 死ぬかもしれないんだよ」

「え? 何で死ぬの?」

 ようやく意識を取り戻した間少年は聞き直す。

「やっぱ聞いてなかったか。このアホ。まあ、とにかく、その水子のせいであんたは死にかねないの。だからお祓いでもしようと思ってここに来たってわけ。アタシがやっても気休めにしかならないけど」

「マジ……。オレ死ぬの? 冗談じゃねえよ。まだ何も楽しい事やってないぞ…‥」

 流石にセナの前で「まだ童貞なのに」とは言わなかったか。

「だから人の話聞けっての。そうならないようにお払いするから」

 そう言うとセナは立ち上がり、おもむろにワイシャツのボタンを外し始めた。


 あれ? この光景、どこかでで見たような?


 そんな事を考えながらも間少年の股間の圧力は臨界点を突破しかねない状況になっていた。

「って、じろじろ見ないでよ。こっちきて準備手伝って」

「もう無理だ‼ 訳わかんねえよ‼」

 間少年は叫ぶと勢いよく立ちあがった。前かがみの姿勢で。

 セナと一線を越えてしまうかもしれない。いや別にセナが嫌いってわけじゃ人だけど、だからって急すぎるっていうか、悪い気はしないんだけど展開が早すぎるっていうか……とりあえず一回落ち着きたい。一度頭を冷やして考えたい!


 間少年は逃げ出そうと扉へ駆け込んだ。それを見抜いたセナは間少年に足を掛ける。前屈みの姿勢のまま転がる間少年。武士は斬られても前のめり、と言うが童貞は蹴られても前屈みと言う事だろう……下らない事を言ってしまった。


「(幽霊に)ビビってんじゃねーよ。男だろ」

「無理言うんじゃねえよ。まだ何も準備が(シャワーとかコンドームとか心の準備とか男はいろいろ忙しいんだよ! あーっ、もうっ!)出来てないんだよ」

「道具(お払いの)なら持ってきてるから。騒ぐなら、荒療治になるけど縛る(注連縄しめなわで)しかねーな」

「何で道具(大人の玩具)なんて持ってんだよ! 初めてなんだよ、オレは(性的な意味で)。普通(性的な意味で)で良いんだよ。むしろ普通(性的な意味で)が良いんだよ!」

「だったら大人しくしてな。すぐに終わるから(お払いが)」

「すぐに終わるのは(性的な意味で)ちょっともったいないっていうか……けど、じらされ続ける(性的な意味で)のも辛いし……」

「訳わかんねー事言ってないで、さっさと抜くよ(幽霊を)」

「ぬ……抜くって……(性的な意味で……ゴクリ)って、ちょっと待て。駄目だって、そんなの! ほら、なんて言うか、もうちょっと段階を踏んで……。ってか、オレ達そういう関係じゃないだろ‼」

 間少年は再び立ち上がると恐怖とリビドーに塗<まみ>れた雄叫びを上げて部屋から逃げだした。

 ワイシャツを脱いたセナは、下に着ていた般若心経がプリントされたシャツの襟を直しながら呟く。

「あれ? もしかして水子じゃなくて、狐憑きだったのかな?」

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