第17話 ただ歩くだけの疑似デート


「わー。カッコいいね、池澤……クン」

「せん……いえ、莉美さんも、綺麗です。とても似合っていますね、その服」


 池澤部長と莉美先生の疑似デートが始まった。

 たどたどしい演技がかえって、初々しい感じで見ていてドキドキすることに。


「……」


 黙って見ている出雲さん。いつもどおりです。

 いつもどおりとても可愛いです。


「車道側に女性を歩かせちゃってんじゃん。マイナスいってーん」


 厳しいご意見を軽く言ってのけるのは、上ケ見先輩。

 ちゃんと服装を褒めててうまくやっていると思っていたのに……。

 部長の評価をメモ帳に書いていくところはマジメ極まりない。

 ちなみに僕の上ケ見先輩の評価は100億点です。


「いまだ! お尻を触るチャンス!」


 エロジジイのように無駄に興奮して両手を握っているのは、まなか先輩だ。隙あらばお尻を触っていいデートなんて僕は知りません。

 僕がまなか先輩とデートしたら、触っていいのでしょうか……。


「……」

「……」


 出雲さんが二人に!?

 そんなわけはなく、部長と先生だ。早くも会話が続かないご様子。

 合宿場の近くにはこれといったデートスポットなどないので、散歩するしかない。その状況でこれは致命的なのでは。


「海ですね」

「海ですねー」


 海です。海はあります。

 この合宿場は、千葉県の外房にある。

 太平洋を望む広大な海を見ながら男女で歩くのは、ロマンチックな気がしないでもない。

 ところがまったくそんな雰囲気にはならず、他愛もなさすぎる会話のみが行われていた。

 しかし声が聞こえる距離で、四人も後ろから着いてきていたら当然のような気もします。

 傍から見たら、バラエティ番組のロケに見えるかもしれません。莉美先生のデート密着バラエティか。視聴率が楽しみですね! 僕は録画して何度も見たいです!


「先生はそのー」

「はい。なんでしょう」


 なんとか頑張って会話をしようとしているようだ。


「先生って言っちゃってるし。マイナスにてーん」


 上ケ見先輩の評価は下がる一方だ。しかしメモ帳に正の字を書いていくギャル……いいですね! ブヒです!


「ええと……」

「……」

「ちょっとすみません」


 くるりとこちらを向いて、近づいてくる池澤部長。

 トイレでも行くのかと思ったら、僕の前に立ち止まる。


「代わってくれないか、忍輝おしてる


 え?

 ええ?

 困惑するほかない。

 おかしいにも程がありすぎて、どこがおかしいのか指摘できない。

 「おかしいよね?」と訴えるつもりで三人の女性陣の顔を見る。


「あ、それいい。飽きてきてたし」


 まなか先輩は賛同らしい。

 理由はどうであれ、まなか先輩が望むなら紐なしバンジージャンプでも喜んでやりますけど……。


「……」


 出雲さんは表情に変化なし。じっと僕の顔を見ているが、意思の疎通はできません。でも僕が出雲さん可愛いなと思ってることは伝わっちゃうかもしれない。いや、表情としては苦み走っているので、虫歯を我慢しているようにしか見えないかもしれない。


免斗めんとじゃこんなもんっしょ。オシテル、がんば」


 上ケ見先輩に「がんば」と言われちゃったら、死ぬほど頑張るしかない。いや、もう世界を救えると思う。

 おかしいとは思うのだが、まなか先輩や上ケ見先輩にこう言われたら僕としては断れない。よし、先生とデートするぞ! しょうがないなあ!


「じゃ、じゃあ」

「すまん、よろしくな。手本を見せてくれ」


 そう言われてしまうが、可愛いと思ったら睨んでしまう人間にデートごっこは難易度が高い。

 ぽつんと立っている莉美先生を放っておけないので、とりあえず隣に言って説明をしなければ。

 僕は勇気を振り絞り、大股で彼女に近づく。もちろん、車道側に立つ。


「せんせ……いや、莉美さん。僕が相手でもいいでしょうか」

「えっ!? 善院凰ぜんいんおう君とデートするの!?」

「やっぱり駄目ですよね」

「全然!? いえ、えっと、大丈夫ですよ。あの、部活の? 活動として? 池澤君ばかりというのも変だし?」


 や、優しい。

 好きです。

 そんなに一生懸命に言ってくれなくてもと思うけど、気を使ってくれているのだろう。


「じゃあ、よろしくお願いします……えっと、莉美さん」

「うん、よろしくね、えっと、忍輝クン」


 ヤヴァい。

 もう名前を呼ばれただけで歓喜が抑えきれない。脳内ではクリスマスの合唱団のような歌が再生される。ハレルヤ、ハレルヤ、ハレル~ヤ~!

 レンタル彼女に何万円も払う気持ち、わかる。

 幸せってここにあったんだね……。

 とはいえ、僕はお金を払っているわけではない。幸せをただ享受する立場ではないのだ。

 緊張する……。


「えっと、そのー」

「ごめんね、やだよね、こんな年上なんて」

「と、とんでもないですよ。光栄です」

「そ、そうだよね。前に、有りだって言ってたよね。年上」


 覚えてくれていたらしい。

 そのときと同じように、髪をいじる莉美先生。なんか嬉しそうなんだよね。

 そうだ。


「莉美さんこそ、こんな年下の男なんて子供みたいな感じですよね」

「そ、そんなことないよ! ちゃんと男の人だよぉ」

「ほ、本当ですか~」


 なんて言ってるけど内心「うっひょおおおおおああああ!」って感じだ。嬉しすぎる。

 「わたし可愛くないよね?」と聞く女子の要領で言ってみたらこれが大正解!

 ちゃんと男の人だと思われてるよ!

 好きと言われていなくても、その可能性があるというだけでここまで嬉しくなるんですね!?


「盛り上がってるねー」

「マジアゲアゲなんだけど」

「いちゃいちゃ」


 後ろから何やらいろいろ言われているが、まったく気にならない。

 この世界には僕と莉美さんの二人きりしかいない。そう思いたい。そう思い込む。

 だから何でもお願いできる。


「これって、あの、デートなんですよね」

「そ、そうだよ~。デートだよ、忍輝クン」

「じゃ、じゃあ」


 そう言っておけば、許されることだろう。

 僕は勇気を出して、手を握った!

 握ったよ!


「あ、うふふ」


 笑ってくれたよ!

 天使かな!?

 おずおずと握った僕の手を、恋人つなぎで握り直してくれる。

 ブッヒイイイイイイイイ!

 やばい、本人の周りにも天使がいくつも見える。このままだと昇天してしまう!!


「えっと、海、キレイですね」


 他愛もない会話で気をそらすというか、正気を保ちたい。


「そうだねっ」


 きゃあああああああああ!!

 体を寄せてきたああああああ!!

 腕を組むとまではいかないまでも、手を握った状態でくっついたらもう駄目です。

 僕の身長は男子高校生としては高い方ではなく、莉美さんは大人なので女子高生の平均よりはやや高い。

 つまり僕たちは同じくらいの背の高さで、肩や腕が本当にくっついている。

 そのことが男として守ってあげる立場でも、生徒として守ってもらう立場でもなく、ましてやアイドルとそのアイドルを推すオタクという関係でもなく、ただの仲の良い間柄だと思わせてくれる。

 そういう気持ちだと、海沿いをただ歩くだけでも、こんなに楽しいんだなぁ……。


「サーフィンしている人とかいますね」

「ふふ、本当ね」


 どうでもいい!

 男のサーファーなど本当はどうでもいい!

 ひとつも、これっぽっちも、微塵も興味なし。

 同じものを見た。そして会話をした。それだけで嬉しい。

 こんな一瞬でここまでの出来事が起きることにビックリする。逆に何も起こらなさすぎた池澤部長にもビックリ。

 ウキウキしてドキドキして、なのに、暖かくて穏やかな気持ち。

 なんだろう、これ……。

 ブヒるとは違うような……。


「ほら、あっちにも」


 半歩だけ横に体をずらして、指をさす莉美さん。

 海の方を向いたことで、長い髪が風になびいた。

 潮の香りを上書きする、莉美さんの髪の香り。クラクラしてくる。

 どうにかなってしまいそうで、手をつないだまま、距離を詰める。

 すると、自分からくっつきにいったような動きになったことに気づき、気恥ずかしさで体が熱くなる。

 それがバレてやしないかと、顔色を伺おうとしたら当然のことながら、自分の指の先にいるサーファーを見ていた。

 指の先には興味のない僕は、そのまま顔を見つめる。

 今なら、どれだけブヒっても、どれだけ歯を食いしばって苦渋に満ちた顔をしても問題ないだろう。


「……」


 キレイだ。

 美しい。

 可愛い。

 魅力的だ。

 セクシーだ。

 もっと近づきたい。

 もっと仲良くなりたい。

 もっと……。

 言葉が数多く頭の中に浮かぶが、そのどれも口にすることはなかった。


「……」


 莉美さんの目線が、海から僕の顔に移った。

 マズイ、僕はさぞ変な顔をしているだろう。仮にもデート中に、そんな表情を見せるのは失礼だ……。

 そう思ったのだけれど。


「あ……」


 僕の視線を受け止めた莉美さんは、髪を少し抑えると優しく微笑んだ。

 それを見た僕は、同じように、微笑むことができた。

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