第15話 押し入れでおやすみ

 出雲さんと二人で押入れに入った。

 暗くて狭くて布団があって、いい匂いがして体温を感じます。ひええ、これはなんという忍法でござるか!? 拙者、頭が沸騰しそうでござる!


「……」(すちゃっ)


 スマホが微量に光を出して、ぼんやりと出雲さんの顔が見える。近い。

 彼女はしゃしゃっとスマホをいじり、なにやらスタンバイ。


「あ、ついた。ヅモちゃんやっほー」


 なんと、ビデオ通話だ。

 画面の先にいたのは、上ケ見先輩だった。横ピース。かわいい。インスタに載せるのがもったいないくらい僕の中で映えてますね。


「……」(すちょっ)


 あぁ、上ケ見先輩が……。

 スマホは俺に裏を見せ、押し入れの中は再び闇の中へ。


「……」(びっ)


 見えないけど、どうやら出雲さんは親指を立てたっぽい。

 そうか、ビデオ通話にして押し入れから覗けば、みんなが先生を観察できる。そういう作戦だったのね。さすがです!

 スマホのカメラだけがぎりぎり外を向いている状態なので、僕は部屋の様子はわからなかったが、先生たちが戻ってきたことは物音でわかった。

 ほんの少しだけ開いた襖から、ちょっとだけ光が入り、ぎりぎり押入れの中の様子がわかる。

 とはいえ、こっそり侵入しているわけだから、声を押し殺して気配を消すしか無い。僕も忍者でござるね、ニンニン。

 やることもないので、耳をすませる。どんなに暇でも、莉美先生の声が聞ければ満足です。


「いや~、大漁大漁」


 オッサンが帰ってきたようだ。

 オッサンの声を聞くのは不満です。


「こんなに買ってきたんですか? もう」


 莉美先生が少したしなめるように言う。いいなー。

 ちょっと優しく叱ってくる感じ、好きです。ラブです。

 僕もめっ、てされたいですね!

 あとは「駄目だぞ♡」とかね。お酒を買ってわざと見つかってみようかな……。


「すみません、止められなくて」

「いや、市媛先生は悪くないですよ」

「そうです。誰が悪いんですか?」

「俺です! わはは!」

「も~、全然反省してないんだから~」

「まぁ、飲みましょう! 間田仁先生も」

「あぁ、はい。ありがとうございます」


 ふーむ。

 顔が見えないから、想像するしかないが、こうして聞いていると莉美先生は大人だなーと感じる。

 なにか調子にのったとき「僕です! あはは!」って言ったら、しょうがないなぁって顔で微笑んでくれるのかな。そのために悪いことをしちゃいそうで怖いですね!

 お酒も買って、タバコも買っちゃおうかな! 吸わないけど! 見つかるためだけに! 見つかって怒られるためだけに! ぶひー。

 ついでにコンドームも買っておいたらどうだろう……顔を真っ赤にしそうだ。それは怒っているのか、恥じらっているのか。おそらくその両方という……よし、買うしかない。そして見つかるしかない。どれだけブヒれることだろう……ぶひひ……。

 そんなことを考えていたら……


 ぽて


 ぽて?

 なにかが僕の胸に当たった……ような……


「すーすー」


 寝息ー!

 どうやら出雲さんは寝てしまったようです。暗いからしょうがないね!

 そして僕の胸に倒れてきたということですね! 寝顔が見たいけど暗くてよく見えません!

 スペースに余裕がないので、普通に寝かせることは出来ない。うーん、これは仕方がないので僕の胸の中でお眠りいただくしかない……やむを得ない……。


「むにゃ……んう……」


 ブッヒイイイイイイ!

 普段無言だから寝てからのほうが声が出ちゃう出雲さん、ブッヒイイイイイイ!

 ぐぎぎぎぎぎ!

 決して声をあげてはいけない状況のため、歯を食いしばる僕です。耐えろ、耐えるんだ~! 腹をつねって我慢しろ~!

 いつまで続くんだこの状況。

 天国のような地獄のような。


「そろそろ寝ましょうか」

「まだまだ飲めますよ、わはは!」


 まだ続くっぽいぞ……。

 寝息が少し、胸に当たってくすぐったいです……。やっぱり天国かな?


「くしゅっ」


 わあ!

 くしゃみしちゃったよ!?


「あら?」

「どうしたんですか、市媛先生」

「いえ、今くしゃみが聞こえたような」


 やばばばば!

 今押し入れを開けられたら、完全におしまいだ。責任をとって出雲さんをお嫁さんにするしかない……よし、そうしよう。

 いや、そうじゃない、その前に出雲さんが叱られちゃう。

 どうすれば……


「にゃ~」


 出雲さん!?

 寝言で「にゃ~」!?

 どんな夢を見ているんですか!?

 猫になった出雲さんとかブッヒイイイイ! 猫耳出雲さんヤッベエエエエエ!

 ブヒってる場合じゃないのだが、このパッションは抑えられないのです。

 ぶひにゃん……ぶひひひにゃん……これは2800ブヒにゃん!


「猫ですかね」

「そうみたいですな、わはは」


 ごまかせたの!?

 なんという奇跡。いや、忍法というべきか……。にゃんにゃんの術は最強だ。

 ただ、くしゃみはちょっと寒いからかもしれない。

 少しだけ漏れた光の中で目を凝らす。

 布団だけはあるので、掛け布団を手繰り寄せて、出雲さんにかける。狭いから僕も一緒に布団にくるまるような形になってしまうが……


「んふ」


 胸元にいる出雲さんは、温かいのが嬉しいのか、気持ちよさそうな顔で眠っている。ぶぶぶぶひひひひひぶひぶひぶひ。あまりの天使っぷりに僕が天国に召されてしまいますよ! 

 しかし、この調子でまた寝言を言われるのは怖いな……。

 口を閉じさせる方法はないものか。

 こっそり手で口を抑えたらいいかな……


 あむ


 あむ!?

 なんでー! なんで僕の指を口に咥えちゃったの!?

 思わず叫んでしまいそうになったので、空いている左手で自分の口を抑える。

 いやしかし、こうしていれば寝言は漏れないだろう。


 ちろ


 むぐぐぐぐぐ!

 今舐められたー!

 舌が―――――――――っ!

 僕の手に―――――――っ!

 んほおおおおおおおおおお!

 がぶがぶ! 齧りつきでもしないと声が漏れてしまう!

 痛い―――――――――っ!

 ぺろ

 気持ちいい――――――っ!

 がぶがぶがぶ!

 痛い―――――――――っ!


 ぶひーっ!

 天国! 地獄! 天国! 地獄!

 出雲さんの口に舐められる右手。

 僕の口を必死で閉じる左手。

 右手は気持ちいい。

 左手は激痛。

 いつまで続くんだこれは。本当に天国か地獄に逝ってしまう!

 どうなってるんだ、先生たちは。耳をすませる。


「市媛先生の恋バナが聞きたいなァ~」

「そうですな! 興味あります、わはは!」

「ええ~。二人とも酔っ払いすぎなんじゃ……」


 宴もたけなわだー!

 酔って恋バナを聞きたがる莉美先生には興味があるが、それどころじゃな~いっ!


「実はわたしィ、今気になる男子がいてェ~」

「男子って、まさか生徒?」

「なんですと! わしも気になる生徒がおります、わはは!」


 話が盛り上がっている模様だーッ!

 気にはなりますが、そんなことより出雲さんが僕にどんどん抱きついてきている方が大変だーっ!

 柔らかいよーっ!

 あったかいよーっ!

 いい匂いだよーっ!

 ブヒれるなんてもんじゃないよ、もう脳内で萌え豚さんたちがサンバカーニバルだよーっ!

 だけど気配は消さないとまずいんだよーっ!

 落ち着け……落ち着け……僕はただ、出雲さんと一緒に布団に入ってるだけなんだ……いや、全然落ち着かなーいっ! 落ち着くわけがなーいっ!

 出雲さんがすや~っとなるたびに、ぶひーっとなる僕です。

 落ち着け、目をつぶって、呼吸を整えるんだ。


「なんというか、ちょっと可愛くってですね……」

「生徒を可愛がるのはいいですが……」


 出雲さんの寝息を感じるより、莉美先生たちの会話を聞いていた方がまだ平常心を保てるか……?

 教師たちが生徒を可愛がる話をしている様子。

 これならほっこりした気持ちになるかもしれない。


「可愛い生徒といえば、この合宿に来ている八幡坂は可愛いですな! わはは!」


 オッサン!?

 ふざけんな、エロオヤジ!

 もちろん八幡坂まなか先輩は可愛いが、お前は見るな! 知るな! 存在を認識するな! 汚れるだろ! 訴えるぞ!

 ハァ、ハァ……。

 いけない、うっかり興奮してしまった。ほっこりどころじゃない。

 思わず声を上げてしまいそうになり、またしても左手に力を込めて口を抑える。明日は筋肉痛になってしまいそうです。

 うう、会話を聞いているのも駄目か。

 もう、あれだ、考えるのをやめた。それしかない。

 何も考えず、ただこの布団の温かさに向き合い、暗闇に身を委ねるんだ。


 ……………………。

 ……………。

 ………。


 すや~っ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る