文系とは何か:学問史で見る文系理系概念

がくまるい

1.文系理系は日本だけ? Humanities vs STEM?

 文系と理系。主に大学受験で意識される区別ですが、人の性質・性格を表すような使われ方もされます。

 高校や大学での文系理系認識は、大まかに高校で英国社を中心とした文系と理数を中心とした理系に分かれ、文・法・教育・社会学部などの文系学部と理・工・農・医歯薬などの理系学部に分かれ進学する、という共通認識があるのではないでしょうか。

 また、そういった進路選択の枠組みを超えて、文系(理系)人間という人の性質があるかのように広く捉えられています。


 しかし、この文系理系という分け方は世界的に必ずしも一般的な認識ではありません。ただ、「世界には文系理系という区別はなく日本だけだ」と言い切るのも難しいです。似たような区分はあるが、「文系」「理系」と完璧には重ならず、また日本ほど社会全体で強く意識はされないという具合です。

 似たような区分、とはどういったものなのか見ていきましょう。


1.文系理系にあたる英語はあるか

 英語圏(主にアメリカ)で一番近い区分はHSS(Humanities and Social Sciences)・STM(Science, Technology and Medicine)です。

 そのまま人文社会・理工医と訳せば、文系・理系とピッタリにも見えます。

 しかし、これらの語は学問区分を指す学術界での語に留まっており、英米の主要な辞書にも掲載されていません。(今回、参考文献に記した英3辞書、米3辞書の計6つの英英辞典で。なお、アメリカの3辞書には、神学学位(ラテン語:Sacrae Theologiae Magister)としてSTMの項目がありましたが…。)


 ちなみに、日本の辞書では以下のように、「文系」「理系」の見出し語が登場する上で、文系・理系が対比されています。HSSとSTMは文系理系ほど一般的な語ではない、ということです。


<大辞林>

【文系】文科の系統。また、その学科。 ⇔ 理系

【理系】理科の系統。また、その学科。 ⇔ 文系

<大辞泉>

【文系】文科の系統。文科系。⇔理系。

【理系】理科の系統。また、それに属する分野・学科。理科系。⇔文系。


 より広く使われる語としてはSTEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)があります。科学技術工学数学、いわゆる理系って感じがしますね。

 STEMはアメリカが2000年代から教育政策として推進したため広まった語です。元々stemは木の幹を示しますが、ロングマンとヘリテージの2辞書では科学技術工学数学の略としての意味も掲載されています。

 しかし、かなり最近浸透した語、というのがポイントです。この語はこうした区分が今もなお変容し続けていること、政策や経済的要因が学問区分に大きく影響することを示す好例かもしれません。

 また、STEMだけでは足りないとして、2010年代は盛んにSTEMにArtsを加えてSTEAMとしようと言われました。このArtsの捉え方が様々で、芸術・デザイン (Fine Art・Design)を指す場合もあれば、リベラルアーツ(Liberal Arts)を指す場合もあります。


 もっと文系理系のように、立場や対立を含んだ語の例もあります。2017年出版された“The Fuzzy and the Techie”で注目された表現です。

 この本によると、スタンフォード大学では人文学(humanities)や社会科学(social science)を学ぶ学生を“ファジー(Fuzzy)”、工学(engineering)や自然科学(hard science)を学ぶ学生を“テッキー(Techie)”と呼んでいたということです。カタカナにするとかわいげある響きです。

 Techieはほぼ見たまま、technologyやcomputerに詳しい者の俗語です。geekに近いイメージもあります。fuzzyは、ぼんやりした・はっきりしない(not clear)を示す形容詞です。

 対立の雰囲気も文系理系に近いものを感じます。この本ではFuzzyかTechieかという二者択一の考え方を転換しようと主張されています。あくまで一大学のローカルな表現ではあるのですが、なんとなくこういった二択があることを多くの人が感じているからこそ、この本が注目されたとも言えるでしょう。


 アメリカではなんとなくhumanitiesやliberal artsとSTEM(主にscience)に分かれている、という認識はあるようです。特にSTEM登場以降言語化しやすくなった面はあるように思えますが、依然として「文理」ほどシンプルではありません。

 また、人文学(humanities)とSTEMは「文系と理系」といって違和感は少ないですが、リベラルアーツ(liberal arts)と STEMは「教養と実学」の方が近く感じるかもしれません。それに、社会科学(social science)って何だ?という分かりにくさはやはり英語圏にもあるようです。いずれの語も指し示す学問範囲には、人によってばらつきがあります。

 どこにも学問を大きく分けようとする考え方があり、一方でそれを危惧する考え方もある、その分け方や浸透の程度は時代や国によって異なっているのです。



2.「文系とは何か」を考えるには


 数百年前はなかった文理(に近い)区別が、学問分野が細分化する過程で生じました。また、STEMのように経済や教育政策の影響も大きく受けてきました。そして、細分化の弊害が現れると協力や融合を訴える「総合的」「学際的」な動きも生じます。こうした社会の動きは今も続いています。


○学際的(interdisciplinary)いくつかの分野にまたがり関連すること

※「際」は「きわ」(合わさったところ)を意味する


 今回の「文系とは何か」では、まずその歴史を見ていきます。その中で、特にあいまいで分かりにくい文系に焦点を当て、人文科学と社会科学って何か?なぜ教養と混同されるのか?儲からない・使えない扱いになるのはなぜか?といった所を考えていきます。(それを考えるためには、必然的に文理ともに見ることになります。)

 政策的影響も大きいと述べたように、国によっても随分異なります。

 なぜ日本では「文系」「理系」という区別を社会全体が強く意識するまでに至ったのかについても、教育制度の変遷などから見ていきます。そして、それら歴史的経緯を踏まえて、現在の社会、文系理系という言葉の持つ教育や進路における意味、そして人の性質を表す語としての意味などを整理して考えます。

 本文は、科学史を中心に解説した本『文系と理系はなぜ分かれたのか』を軸として、文系理系の区別について、そして文系とは何かについて紐解いていこうと思います。(毎回、参考文献は各動画の最後に掲載しています。)


(2章につづく)


【1章の参考文献】

◆隠岐さや香『文系と理系はなぜ分かれたのか』星海社、2018年

◆胸組虎胤「STEM教育とSTEAM教育:歴史,定義,学問分野統合」『鳴門教育大学研究紀要』34、pp.58-72、2019年

◆Scott Hartley ”The Fuzzy and the Techie: Why the Liberal Arts Will Rule the Digital World” Houghton Mifflin Harcourt Publishing Company, 2017年

◆Diana Lea, Jennifer Bradbery “Oxford Advanced Learner's Dictionary, 10th edition” Oxford University Press, 2020年

◆Pearson Education ”Longman Dictionary of Contemporary English (6E)” 2014年

◆Cambridge University Press ”Cambridge Learner's Dictionary 4th Edition” 2013年

◆The Editors of the American Heritage Dictionaries “The American Heritage Dictionary of the English Language, Fifth Edition” Houghton Mifflin Harcourt Publishing Company, 2011年

◆Editors of Webster's New World College Dictionaries “Webster's New World College Dictionary, Fifth Edition” Houghton Mifflin Harcourt Publishing Company, 2014年

◆Merriam-Webster.com Dictionary(https://www.merriam-webster.com/:2020年4月17日)

◆松村明編『大辞林 第三版』三省堂、2006年

◆松村明監修『デジタル大辞泉』小学館(2019年更新版)

◆日本工学アカデミーHP「STEAMプロジェクト」(https://www.eaj.or.jp/?p=2899:2020年4月17日)

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