変人たちのよくある愉快な日常

大鑽井盆地

2018年12月3日

 僕らの学校、私立平城学園高校は、山の上にある中高一貫校である。増改築を繰り返し迷路と化した校舎と通学路の地獄坂、そして変人が多く集まることで有名だ。


「今日理系おらんなぁ」

「ほんまに。どこいったんやろ、上かな?」


 僕は友達の河合美乃梨かわいみのり小野寺恋香おのでられんか宮ノ下双葉みやのしたふたばと食堂で食事をしながら、そんな他愛のない話をしていた。今日は土曜日、週に一度のクラス関係なくみんなでごはんを食べられる日である。僕の数少ない楽しみの一つなのに、今日はなぜか理系のみんながいなかった。残念でしょうがない。

 けれども今一緒に食事をしている彼女らは、人に対する執着心がまぁ薄い。つまりは僕が今動かなければ、このまま食事を済ませて帰る流れになってしまう。それはなんとしてでも阻止せねば。

 残念ながら僕の家はお金がないので、僕の土曜日の昼食は毎回カロリーメイト2本だけだ。なので他のみんなより随分早く食べ終わる。動くならみんながまだ食べ終わってない今しかない。


「ちょっと僕理系のみんな探してくるな。荷物置いとくから見といて!」

「わざわざ探しに行かんでええのに」

「まぁいってら〜」


 相変わらず周りの人間はどうでもよさそうな3人を置いて、僕は理系を探しに出かけた。とはいえど闇雲に探すのではこの迷路な校舎、かなり時間がかかってしまう。しかしだいたい彼女らの居場所は見当がついていた。図書館か、僕らの中の誰かの教室か──まぁ今はお昼の時間なので、おそらく教室でごはんを食べているはずだ。

 そう思い3年の教室を文系から順に探して行く。クラスメイトと目が合い気まずいなぁと思いながら、最後に理系の教室を覗くと、


「あ、おった」


 理系なのになぜか文系クラスと同じ階にある、Hクラスに、みんなはいた。理系の教室に入るのはなかなか勇気がいるが、教室の奥の方にいるので廊下から呼んでも気づかないだろう。

 意を決して理系の教室に入って行くと、みんなが僕に気づいた。


「あ、お前なにしとん。帰ってなかったんか」

「なにしとんちゃうねん。理系おらへんなぁって下でみんな探してるから探しにきたんやんか」


 教室でごはんを食べていた理系の1人、丹波結璃たんばゆうりの問いに、ほんまはみんなそんな探してなかったけど、と思いながら答える。


「文系の教室覗いたら誰もおらんかったから帰ったんか思て」

「僕らがまっすぐ帰るわけないやん。今下でみんなごはん食べてるけど下いかん?」

「いやぁ自分今日ここで食べてるから多分行かんわ」


 そんなやりとりをしたあと、しばらく理系がわいわいしてるのを相手してくれへんなぁと思いながら眺めていた。が、このままじゃおもしろくないなぁと思った僕は、


「あ、めっちゃおもしろいこと思いついてしまった。ちょっと降りるわ。また戻ってくるな!期待しといて!」

「え、お前何すんの──」


 言いかけた丹波さんを無視して、僕はダッシュで食堂に戻り出した。ただ実を言うとおもしろいことは何も思いついていない。あの場にそのまま居続けるのが退屈やなぁと思っただけである。

 それでもそう啖呵をきった手前何かないかなぁと考えながら、途中生活部の前で大好きな世界史の先生がごはんを運んでいるところにぶつかりかけ、ごめんなさいをしながら帰っていると、この状況がだんだん楽しくなってきて、自然と笑いがこみ上げてきた。

 笑いを堪えきれずに爆笑しながら帰ると、食事を済ませた3人が楽しそうに談笑していた。


「遅かったやん。お前帰ってこんから帰るに帰られへんくて。みんなおったん?」


 そう聞く宮ノ下さんに答えられずに笑い続けていると、流石にみんな不審に思ったのか口々にどうしたん、と聞いてきた。僕は笑いながら、


「いやな、みんなHでごはん食べてたねん。でもなんか空気が重いからな、どないしたんって聞いたら、丹波結璃が、女の子に告白されたって」


と言った。何も思い付かなかった結果、咄嗟に出た口からでまかせである。しかも神妙な顔をするつもりが、こんな机に突っ伏して笑ってる状況、流石に誰も信じてくれんか──と思っていたら、


「え、ほ、ほんまに?!なんで?!ついに?!」


──河合さんが信じた。小野寺さんも信じたらしく、


「ちょ、詳細は?いやなんで急に告白されるん?」


と聞いてくる。思い付かなかった僕は、


「宮ノ下さんがな、いっつも丹波さんに抱きついてるのを見て、ソッチの人やと思ったらしい…」


と途切れ途切れに答えて、あとの問いは全部笑ってごまかした。すると小野寺さんが、


「もうこいつ笑ってて話にならん。直接聞いた方が早いわ、河合、行くぞ!」


と言って河合さんを連れて行ってしまった。宮ノ下さんがずっとうろたえているので、行かんの?と聞くと、


「いや、私のせいでこんなことなってしまってどうしよう。絶対怒られる…」


とめっちゃ気に病んでいた。ようやく笑いもおさまってきた僕は、


「いや、大丈夫やから。とりあえず行ってみって。怒られるの僕やから」


と言って彼女を先に行かせた。やっと落ち着いてきた僕は、一人我に帰ってこれはもしや結構やばいのでは、怒られるのでは、と思った。でもそろそろ行かんと逆に怒られるなぁと思い、意を決してみんなの元へ向かった。




 Hクラスにつくと、さっきまで結構人がいたのに、いつの間にやら僕のグループのメンツだけになっていた。ドアを開けると、みんながそれぞれ僕を責めるような、面白がるようなことを口にした。

 僕とはあまり接点がないが、理系の山田さんが話に乗ってくれたらしく、なぜか告白してきた女の子の名前や学年の設定が付け足されていた。いい感じに話に信憑性が増している。めちゃめちゃおもしろがってくれるやん。河合さんと小野寺さんは、まさか僕がこんな悪戯をすると思っていなかったらしく、ほんまにほんまに驚いたという旨を伝えられた。僕はこういう嘘つかへんと思ってたらしい。そんな信用されてたんかとこっちがびっくりした。宮ノ下さんにはしばかれた。まぁしょうがない。


「ここに綾辻と葛城さんおったらやばかったなぁ。絶対怒られてるわ」

「てかなんであの2人おらんの、デート?」

「お前その発言も怒られる」


と山田さんや小野寺さんが言うのをほんまにおらんくてよかった、と思いながら聞いていると、


「まさかお前がこんなとんでもない嘘つくと思わんかったわ。河合と小野っちに同時に捲し立てられてどうしようか思た」


 そう丹波さんに言われた。素直に申し訳ないなぁと思った。小野寺さんはまだ話を聞いてくれるが、河合さんは一度エンジンがかかると止まらない。全く話を聞いてくれずにしゃべり続ける。事実じゃないと証明するのにさぞや骨を折ったろう。

 でも、みんなが一緒に集まって、笑ってくれてるのを見ると、よかったなぁ、嬉しいなぁと思ってしまった。次は被害者を出さへんみんなを楽しませる方法を考えんとやな。丹波さんほんまごめん。


「次は綾辻に仕掛けへん?絶対おもろいで」

「ええやん〜忘れた頃にこういう悪戯また仕掛けるな」


 そんなことを言い合いながらみんなで山を下った。明日も楽しく変なことしよう。

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