第2話 あの子とわたしは覚えていても、あなたたちは覚えていない
自腹を切ることにはなったが、冬葵は何事もなく帰宅した。
今日は所属している創作サークルの活動やミーティングはなく、サークルへの提出期限に間に合わせるべき未完成のイラストもない。騒がしかった夕方から一転、一人冷房の効いた自室で、静かな夜を楽しむことにした。
しかし、平和を脅かす出来事が、すぐに冬葵のスマホへと舞い込んできた。
『やっほー!』
SNSアプリ「RINE」に、、見知らぬアカウントからメッセージが送られてくる。いつもの癖で即座にメッセージを確認して「既読」の印を付けてしまったが、送り主の「UMA」というアカウントは、まだ友だち登録されていない未知のものだった。
『今暇ですかー?』
テキストしか送られていないのに、ひしひしと伝わってくる夏全開の暑苦しさ。UMA氏の正体が誰なのか、冬葵はすぐにピンと来た。
もし直感が正しければ、UMA氏からの友だち申請を受け入れても、得することは一つもない。だが、この友だちリクエストを拒否しようものなら「どうしてダメなの?」だの「とりあえず付き合おうよ」だの、しつこく抗議されるに決まっている。無駄な波風を立てないために、仕方なく「友だちを承認する」をタップして、メッセージ送信画面を開いた。
『忙しいです』
シンプル極まるお断りの五文字だけを送信して、スマホをベッドに放り投げたが、すぐに冬葵は何かがおかしいことに気が付いた。
「どうしてこいつが俺のアカウント知ってるんだ……? 夕方にRINEを交換した覚えはないし、共通の知り合いも……あ、いるじゃん」
海乃としか思えない人物からメッセージが送られてくる怪事件。ベッドにうつ伏せになっていたスマホを拾い上げ、この事件の発端になったであろう人物に、すぐさまRINE電話をかけた。
☆ ☆ ☆
『うす、どうした冬葵』
哲も暇だったのだろうか、すぐにRINE電話が繋がった。ベッドの横に立ったまま、冬葵は哲を糾弾する。
「どうしたもこうしたもあるか! あきら、海乃に俺のアカウント教えただろ!」
冬葵の知る限り、自分と海乃の共通する知り合いは哲しかいない。いくら相手が美人だからといって、ほとんど見ず知らずの人間に個人情報をホイホイ漏らされては堪ったものではない。
『えー、だって面白そうだったし』
「そんな軽い理由?」
『まあね。ダメだった?』
哲は悪びれもせず、むしろ善行を積んだかのような清々しさで返答する。
いざ「ダメだった?」と訊かれてしまうと、冬葵は答えに困った。鬱陶しくはあっても、自分に好意を寄せている美少女とお近付きになれたのだから、哲の行動を完全に否定することはできない。
力んでいた身体が呆れやら疲れやらで緩み、そのまま膝の力が抜け、墜落するようにベッドに座った。ぼすんと音を立て、目に見えそうなくらいの量の埃が舞う。
「ダメっていうか……。そもそもあの人、一体誰なんだ?」
『さあ。でも悪いやつじゃないよ』
どうやら哲も、海乃のことを深くは知らないらしい。
哲は友人関係にドライである。一応社交的に振る舞ってはいるが、基本的には人間に対する興味が薄く、友人と呼べるような存在は数人しかいない。冬葵は、その数少ない「友人」の一人というわけだ。
「さあ、って……。何でも良いから、あいつに関する情報はないのか?」
『んー。そうだな。あたしと海乃が知り合ったのは四月。心理学の授業に出てた時に隣の席に座ってて、自己紹介ワークでたまたまペアになっただけ』
哲が受講している心理学の講義は、原則三年生しか出席できないはずだ。
「ってことは俺たちと同じ三年生か」
『だろうね』
「で、自己紹介ではどんなこと言ってた?」
『名前以外忘れた』
この状態に一切の進展も与えない回答に、冬葵は「ここまで人間に興味を持たずにいられるのか」と真剣に感心してしまった。
「マジかよ……。他には何か知らないか?」
『他にって言われてもな……。例えば?』
「例えば……。んー、どんな会話するのか、とか?」
『なるほど、会話ねえ……。ああ、哲学の話はずいぶん興味持ってたかも』
「マジか」
哲学。
意外な回答に、冬葵はますます海乃の人となりが分からなくなる。今日見た限りでは、彼女は深いことを考えない、猪突猛進タイプの人物という印象だった。にもかかわらず、人間について深く考える、複雑怪奇な哲学の世界に興味を持つというのは、やや不自然に思われる。
『この前あたしが読んだ、東村先生の『感情の哲学』の話とか、結構うなずきながら聞いてたぞ。感情と論理的思考との境目のこととか、義務論との関係とか、道徳の関係とか、ハイデ……』
「ごめん、俺はそのあたりの話題はちょっと」
話が長くなりそうな雰囲気を感じ取り、冬葵は咄嗟に哲の言葉を遮った。
哲学は、哲が情熱を注いでいる数少ないものの一つだ。普段は朴訥な彼女だが、哲学の話になると少しだけ饒舌になる。いつだったか「どうしてそんなに好きなのか」と尋ねたところ「好きというよりは、逃避の一種、いや、執着かな」という答えが返ってきただけで、真相はよく分からなかったが。
『チッ』
「舌打ちしないでくれ、怖いから」
ふふふとこぼれた笑いが電話の向こうから聞こえてきた。
哲学の話をしているから、哲は上機嫌なのだろう。それなりに長い付き合いの中で一度だけ見たことがある、楽しそうに目を細める哲の表情を思い出した。
☆ ☆ ☆
「……にしても、どうして俺なんかが海乃に告白されたんだ? 少しも心当たりがないんだけど。 俺、そんなにイケメンかな」
『冬葵、鏡って見たことある?』
「辛辣だな……」
正直なところ、あんな美人に好かれて、他の学生に聞かれかねない場所で告白される理由が分からなかった。
哲に言われるまでもなく、自分が決してイケメンというわけではないことぐらい、十分に自覚している。ブサイクではないと思っているが、せいぜい顔面偏差値は四十五程度だ。
他に好かれる理由があるとすれば、それは彼の性格だろうか。確かに、家族や悪友コウに「優しいやつだ」と評されることはある。しかし、初対面である海乃が自分の内面的な要素に惚れたというのは考えにくい。
冬葵が「うーん」と小さくうなると、哲の口から意外な言葉が出てきた。
『お前に告白した理由なら、あたし知ってるぞ』
「ほんま? どないな理由なん?」
『お前も驚くとエセ関西弁になるよな、ずっと神奈川県民なのに』
自分の癖を指摘され、本場の関西人に対して申し訳ない気持ちになった。
「……うるさいな。それで、どうして知ってるんだ」
『あの後、一緒に授業受けたんだよ。発達心理学の』
「ああ、あの眠すぎるやつな」
『そうそう。んで、授業中にこっそり訊いてみたんだよ。そしたらな……』
意味ありげに哲は暫時沈黙する。何か言いにくいことでもあるんだろうかと冬葵は身構えた。
『……どんな理由だったと思う? ひひひ』
「焦らしただけかよ! 早く言えよ!」
『はいはい。……海乃な、声フェチなんだってさ』
焦らされたにしては、ずいぶんと凡庸な理由だった。
声フェチ、つまり「棗と電話している時の声を聞き、一目惚れならぬ一声惚れをしたので話しかけてきた」ということだろうか。
「でも俺、そんなイケボかなあ。誰にも言われたことないんだけど」
『普通の声だよな』
「そうだよな……」
冬葵の声は、ハスキーで重厚感のあるものではない。むしろ少しハイトーンですらあり、イケボという評価にはどうにも納得しかねる部分があった。
『多分、声フェチにとっては垂涎モノだったんじゃないのか』
「よく分からないな」
『あたしにもあんまり分からん。……まあそんな感じだ、頑張れよ』
「おう……頑張るよ……」
ただの一つも謎が解決しないまま、哲の方から通話が切られた。
「あきらのやつ……」
人のRINEを勝手に教え、好き放題かき乱しておきながら、海乃についてのロクな情報を持っているわけでもない。そんな彼女のいいかげんな性格を、冬葵は再認識させられた。あいつがもし犯罪に手を染める日があったら、きっとずぼらな愉快犯になっていたことだろう。さんざん人を殺めておきながら、死体処理を疎かにして、すぐ捕まってしまうに違いない。
『典型的な残念美女め』
哲とのトークルームに鬱憤晴らしのメッセージを送り、友だち選択画面に戻った。その時、うっかり見たくないものが視界に入ってしまったので、そのままスマホをベッドに投げ捨てて机に向かい、強いてタブレット用のペンを握った。
☆ ☆ ☆
「ねえ!」
翌日。七月九日、火曜日。
冬葵や哲が所属している「心理発達コース」の全学生が履修している授業が終わり、昼休みが始まった。冬葵は平和なランチタイムを過ごすつもりでつまらない講義を耐え切ったのだが、廊下に待ち構えていた一人の少女によって、あっさり平穏はぶち壊された。
「ねえ冬葵くん!」
昨日と同じように、いや昨日にもまして元気すぎる海乃。気付かない風を装ってどうにかやり過ごそうと思っていたが、流石に名指しで呼ばれてしまうと、返事をせざるを得ない。
海乃が声を張り上げても誰も振り向かないくらい、講義後の廊下は騒がしい。彼女の襲来に注目している学生は、幸いにも冬葵だけのようだった。
「……どうしたんですか」
面倒ごとに遭遇してしまい、冬葵は素っ気なく他人行儀に答える。汗で胸の辺りにべったり貼り付く夏場のTシャツと同じくらいに、彼は鬱陶しさを感じていた。
海乃は鋭く傾いた眉をさらに十度くらいつり上げ、怒りを表現すべく頬を膨らませてつかつかと歩み寄ってきた。
「RINE! 送ったんだけど!」
冬葵と真正面から激突する二歩手前で、海乃は立ち止まった。容赦なくパーソナルエリアを侵してくる彼女に恐怖して、鼓動が速くなった。
本当に完璧な造形をした顔が、迷いなく真っ直ぐにこちらを見つめてくる。理解しがたい行動、神話の女神か精霊のような魅惑的な容貌。彼女の正体は、RINEのアカウント名と同様「Unidentified Mysterious Animal」なのかもしれないとすら思えてしまう。
「あ……ああ、RINEね。ごめん、スマホの電源切れてた」
魅入られてしまうのをどうにかこらえて、あまりにも使い古されたであろう言い訳を、ようやくひねり出す。しかし海乃は、冬葵が思っていたよりもずいぶんと目ざとかった。
「嘘だね! 昨日見た冬葵くんのスマホ、バッテリーの持ちが良いって有名なやつでしょ? しかもまだお昼じゃん。普通のスマホだったとしても、まだまだ充電あるはずだよ!」
一部の隙もない反論。言い訳を重ねられる余地はなく、言葉に詰まる彼の足元に向かって、海乃は小さなため息を吐いた。つり上がっていた眉が、へにゃりと下がる。
「ねえ、冬葵くん。昨日、私はキミに何て言ったっけ?」
「……え?」
「私がキミに、いっちばん初めに伝えたこと。覚えてるよね?」
その質問によって、冬葵はあの時の光景を鮮明に思い出してしまった。
蝉時雨の鬱陶しい廊下、長々しい講義で疲れ切った学生たちのざわめき、額から絶え間なく流れ落ちる汗。そして、自分に注がれる、沸騰した湯ほども熱い視線。小さめの口から真っ直ぐ伝えられる、二文字の言葉。
「……覚えてる、よね?」
「あ、ああ」
この空気に耐えかねて、冬葵は肯定を示す。すっかり周りから学生はいなくなっていた。味方がおらず、孤軍奮闘を強いられているような気分になる。
冬葵の言葉を聞いて、眉の角度が少しだけ元に戻った。
「あー、安心した。忘れられてたら、すっごく悲しいから。……じゃあさ」
ついと海乃が冬葵に一歩近付く。
顔と顔がぶつかってしまうまで、あと一歩。
事情を知らない人が見たら、いや、このやりとりの一部始終を見ていたとしても、二人の関係を「勘違い」してしまう、そんな距離感。
「私が今、一番欲しいもの、一番してもらいたいこと。分かるよね?」
海乃が今、欲していること。
冬葵は、頭をひねるまでもなく、恋人らしい「あの行為」を思い浮かべてしまった。自然と視線が彼女の柔らかそうな唇に吸い寄せられる。
海乃はまだ何かを言い続けているみたいだが、冬葵の顕在意識には「唇の動き」という視覚情報しか届かない。いや、鼻から吸い込む空気に混じる日焼け止めのような匂いにもクラクラしてくるから、嗅覚も生きているはずだ。いずれにせよ、考える力がどんどん吸い取られていく。
「……ねえ、冬葵くん!」
海乃が冬葵の眼前で手の平をヒラヒラと動かす。自分の目と彼女の唇の間を遮られ、冬葵は視覚と嗅覚だけの世界から、聴覚のある世界へと引き戻された。
「……あ、ああ、分かってるよ。あれだろ、ほら、その……キ……」
「え? キ?」
「あっ、いや、違う違う!」
自分は今、何を口走ろうとしたのか。顔が紅潮し、同時に青ざめて、訳が分からなくなる。
「……あー、なるほどね」
冬葵が言ってしまいそうになった言葉を察した海乃は、少し恥ずかしそうにしながら「へへへ」と笑った。数歩後ろに下がり、彼女は「適切な距離」に戻って行った。
「まあ『それ』でも構わないかな。むしろそっちの方が嬉しいかも」
「バッ、バカ、そんなことするわけないだろ!」
「ちぇっ、ケチだなあ」
自分のあまりの狼狽ぶりに、冬葵は自己嫌悪した。
……いや、仕方がない。今のは誘導だ。あれだけ近くに顔を寄せられたら、誰だって勘違いする。そんな言い訳を心の中で必死に繰り返す。
「あのね。私が本当に欲しいのは、告白のお返事だよ」
「んだよ、そういうことか……」
「勝手に冬葵くんが勘違いしただけじゃん。それで、返事は?」
「あー……返事、な……」
冬葵は骨の髄まで憔悴したような頭で、どう答えたものか考え始めた。
まずは、容姿。
こちらからお願いして付き合いたくなるくらい、海乃は可愛い。間近で顔を見つめてしまい、その確信は一層強くなった。
次に、印象。
一緒にいて楽しそうな、突き抜けた明るさの持ち主のように感じる。棗とはまだ違ったやかましさがあるが、決して悪印象というわけではない。
それから、性格。
……いまいち掴めない。出会った直後は、彼女をただの猪突猛進タイプだと思っていた。だが、哲によれば哲学が好きらしいし、考えることが好きという一面もあるのだろう。それに、さっきの……その、キ、キスへの誘導を考えれば、案外計算高いところがあるかもしれない。タマネギのように、いろいろな性格がいくつも重なっているように感じた。
「そう、だな……」
「うん」
返事を待っている側でもないのに、じっとりと手に汗を握りながら、冬葵は答えを出した。
「お前のこと、よく知らないからさ。まずは友だちから、ってのはダメか……?」
よく分からない相手だが、それでも告白してくれたことに変わりはない。その勇気と気持ちは、決して無下にはできない。
冬葵は、精一杯の誠意で答えた、つもりだった。
☆ ☆ ☆
「ふふ、ふふふ」
冬葵の返事を聞くと、海乃は突然、滑稽で愚かしいものを見たかのように笑い出した。
愉快そうな声と、さっきから一ミリも動いていない目と口。
本能的な恐怖から思わず一歩後ずさると、海乃の眼球だけがぎょろりと、動いた冬葵の鼻先を追いかけた。チャームポイントの大きな目が、今は不気味なものにしか思えない。
どこか人ならざる雰囲気を感じ取り、冬葵は背筋が首から下へと、さーっと冷えていくのが分かった。恋愛に浮かれていた気持ちは、もはやその残滓すら残されていない。昨日も今日も見ている真っ赤なパーカーも、心の底から恐ろしいものに思えた。
「面白いね、キミたちは」
確かに海乃の声音だが、しかし海乃のものではない声を聞いた、そんな気がした。
これまでの声を、ヒマワリ畑に降り注ぐ温かい春の日差しだとすれば、今の声は、青い光すら届かない深海に眠る、刃物のように鋭い貝殻の破片みたいだ。
「な、何が面白いんだよ?」
本能的に逃げ出したくなるのを我慢して、冬葵は彼女に反論した。
返事をする代わりに、海乃がふわりと一つ瞬きをする。次に開いた瞼の中には、さっきまでの刺し殺さんばかりの害意はどこに消えたのか、さっきまでの「恋する乙女」の眼差しが宿っていた。冬葵は、なぜ自分がこれほどに恐怖心に囚われているのかすら完全に忘れてしまったかのように、強い戸惑いに襲われる。
夏のじりじりとした暑さも、鬱陶しいくらいに全身へと戻ってきた。
「あ、ううん、何でもないよ」
「いや、何でもないことはないだろ」
まだ少しビクビクしながらも冬葵が問い詰めると、海乃はふいっと視線を外し、独り言のように呟いた。
「……んっとね、あっちゃんの言う通りだったな、って思ったの」
「あきらがどうかしたか?」
「んふふふ」
海乃は楽しそうに笑って、説明を続ける。
「あっちゃんがね、こんな風に言ってたの。『チョロいし、美人に弱いけど、冬葵はあれで結構いろいろ考えてるんだ。だから、海乃のことをよく知らないうちは、軽々と告白をOKしないはず。内心どんなに付き合いたくても、友だちからとか何とか言って断ると思う』だって」
人間に興味のないはずの哲がこの流れをぴたりと言い当てていることに、冬葵は驚いた。
「行動を先読みしちゃうくらい、キミたちは仲睦まじいんだね」
「そんなんじゃねえよ」
「んふふ、照れるな照れるな」
ばしりと海乃は一切の遠慮が感じられない力で冬葵の肩を叩いた。この類の暑苦しい絡み方は少し苦手だが、ようやく原因不明の恐怖心が全て溶け去った気がした。
「というわけで! あっちゃんのアドバイスどおり、私は頑張ります! まずはデート!」
海乃の頭の上にある「猪突猛進スイッチ」が、パチリと音を立ててオンになったことが見て取れた。海乃は冬葵の肩に両手を乗せて、自信満々に傍迷惑なことを宣言する。
「七月十四日、横須賀中央駅に午後一時。お腹を空かせて集合ね!」
「いや俺、その日は用事……」
「これ決定事項だから! んじゃ!」
断るタイミングを与えず、何度も叩かれた肩にさらにバシバシと腕を振り下ろし、海乃は満足気に鼻歌を歌いながら廊下の奥へと消えた。
取り残された冬葵はため息を一つ漏らした。
「くそ……。この手もあいつの入れ知恵か……」
言い逃げは哲の常套手段だ。事あるごとに「用事がある」と面倒事を避けたがるのを、哲はこの「伝えてすぐ退散する」という方法で再三封じている。
冬葵はスマホを取り出し、事件の黒幕にメッセージを送った。
『人の恋路を勝手にプロデュースするな』
RINEで哲に文句を言うと、数秒後、やたらと凹凸のはっきりした顔をした青年が「沈黙します」と言っているスタンプだけが返ってきた。哲いわく、汎用性が高くお気に入りのスタンプだそうだ。大して友人のいないのに汎用性もへったくれもないだろうと、冬葵は常々思っている。
「またこのウィト……うんちゃらタインとかいう哲学者のおっさんスタンプか」
ニヒルな哲学少女に対し、冬葵は「変な奴だ」という認識を持っていたが、ここまで積極的に人の恋路を応援するやつだとは思わなかった。冬葵はいまいち納得しかねていたが、ともあれ哲が後ろで糸を引いているとなると、もはや逃げ場はほとんど残されていない。一方的に宣告されたデートを甘んじて受け入れるしかないだろう。
冬葵は、渋々とカレンダーアプリに「海乃と横須賀中央」と登録した。
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