第25話 見学クライシス! 2

「なんで俺まで」

「すいません」


 犬飼のぼやきに、ユリウスは申し訳なさそうに言った。犬飼に小学生の見学の事を伝えられたのは、前日の22時ごろだった。護送やら応援やらでなんだかんだで勤務が合わず、顔を合わせられなかったのだ。


「多いな」

「多いですね」


 駐車場に入ってくる大型バスを見ながら、遠い眼をした二人が呟く。バスは続々と入ってくる。がらがらの駐車場は瞬く間にバスで埋まった。


「ユリちゃんこれ、多くない?」


 丁度パトカーの給油から帰ってきた但馬が困惑したように言った。その隣で毒島が唖然とその光景を見ていた。


「70人って聞いてたんですけど……」


 ユリウスも戸惑いを隠せなかった。およそ30人乗りの大型バスが4台入ってくる。1台のバスのドアが開いて、若い女性と黄色い帽子を被った子供達がわらわらと降りて来た。

 残りのバスからも続々と黄色い帽子たちがかしましい笑い声と共に降りて来て、4人は茫然とそれを見つめていた。


「いや、これ70人どころじゃないでしょ」

「ええ……と」


 ざっと100人はいるかもしれない。ぞろぞろと降りて来た黄色い帽子たちを見て、ユリウスは茫然と喧しい子供達の声を聴いていた。


「すみません。ちょっと手違いがありまして! 120人になってしまいました!」


 同じバスから降りて来たつば広の帽子をかぶった引率の女性教師が申し訳なさそうに言った。予定より50人も多い。


「120人かぁ……」

「ひと班40人だなぁ……はぁあ~」


 但馬の大きなため息が、子供たちの声にかき消された。



「は~い! 皆さん! こーんにーちわー!」

「こーんにーちわー!!!」


 昼下がりの駐車場に120人分の大合唱が響き、丁度そこを通りかかった免許更新に来たらしい中年男性が何事かとこちらを見ていた。


「今日は、みなさんの境島警察署見学ということで、お巡りさんたちがご案内しま~す!」


 体操のお兄さんもかくやという但馬の挨拶に、盛大な拍手が鳴り響く。


「じゃあ、今日の案内するお巡りさんをご紹介しま~す! こちらがリザード族の、毒島巡査部長で~す!」


 毒島が敬礼する。黄色い帽子たちが「でっかー!」「こわーい!」と歓声を上げた。


「毒島巡査部長は、見た目は怖いけど、とっても優しいからね~!大丈夫だよ~! で、こっちがワーウルフ、狼男の犬飼巡査部長で~す!」

「犬じゃん!」

「尻尾触りたい!」

「犬のお巡りさんだ!」

「よい子のみんな~? お巡りさんはオオカミだぞ~う?」


 にこやかにブチ切れそうな犬飼を見て、青ざめながらユリウスが腕を取って宥める。犬飼に【犬】という言葉は地雷である。かつて取り締まりの違反者に犬呼ばわりされた犬飼が、静かにブチ切れてすぐそばの標識の支柱を握りつぶしたのを目撃していたからだ。


「犬飼巡査部長は、オオカミだからと~っても鼻が良いんだよ~! 悪い事をしたら地獄の底まで追いかけられちゃうぞ~!」


 但馬の面白おかしいのかなんだかわからない紹介に吹き出しそうになるのを堪える。


「こちらのお巡りさんは、期待の新人お巡りさん! ユリウス巡査でーす! 」


 慌ててユリウスは敬礼する。「かっこいいー!」「すげー!外人だ!」との声にこそばゆくなった。


「で、私はただのおじさんのお巡りさんで但馬と言いまーす! 何か質問がある人ー!」


 はいはいはい!とたくさんの小さな手が上がる。


「トカゲのお巡りさんは、何を食べるんですかー!」

「とかっ……!? ごほん! えーと、お巡りさんは何でも食べますよー! 中でもキムチラーメンが好きでーす!」


 いきなりトカゲ呼ばわりされた毒島が鼻白んだが、咳払いのちに努めて平静を保って言った。

 次に但馬が赤いTシャツの子供を指名する。


「犬のお巡りさんはぁ〜、シャンプーで洗うんですかぁ〜?」

「さっきから言ってるけど、お巡りさんはオオカミだよぉ〜……あっ!お前カナタか! 知っててよくもそんな口聞きやがって!」

「やべっ!!」


 赤Tシャツがしまった!と言いながら引っ込む。彼は犬飼の駐在所の近所に住む悪ガキ三人衆の1人だ。慌ててユリウスが犬飼を止める。だが但馬はそんな彼らをスルーして、テンション高めに進行させる。


「じゃあ……はい! そこの水色のスカートの君!」

「あ、え、そのぉ、お巡りさんと、写真撮っていいですか……」


 その女の子は恥ずかしそうにユリウスを見つめると、すぐに黄色い帽子で顔を隠してしまった。

 なんとも言えない沈黙が辺りを包み、ユリウスもここから消えたくなっていた。


「あ、え……ハイ。僕でいいならどうぞ……」

「なんでお前だけ」

「扱いが違う」


 犬飼と毒島の恨めしそうな声がユリウスにだけ届いて、思わず心の中で謝っていた。

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