第22話 警談百景 3
「あ、その前に、ちょっと失礼しますね」
二人で境内に向かおうとした時、何故か五百蔵はユリウスの肩を払うような仕草をした。
「え……何です?」
「ああ、ちょっと良くないものがいたので! もう大丈夫ですよ!」
虫でもいたのだろうか、とユリウスは首を傾げたが、五百蔵は「行きましょ」とだけ言ってさっさと行ってしまった。
慌ててその背中を追うと、あんなに長かった階段がすんなりと終わり、心なしか周りも明るくなったような気がした。
「ここかぁ。八幡様って」
「なかなか雰囲気があってステキですねえ」
長い階段を登った先にある社は、まさに異様な雰囲気だった。
苔生した石造りの鳥居には、どうやって作ったのか分からないくらいに太い注連縄(しめなわ)がかけられていて、さながら大蛇がだらりと下がっているようだ。
その先の本殿は小さいがかなり古く、木材を組んで作られた柱や壁は飴色を通り越して黒に近い色に変わっていた。
欄間には蛇、狛犬、鳩などの精緻な彫刻がなされ、年月を経ても朽ちている様子はない。
深緑の中に佇むそれらに、まさに異世界に迷い込んだような錯覚さえ覚えていた。
隣で五百蔵がスマートフォンでパシャリと写真を撮る音が聞こえて、ユリウスは現実に引き戻された。
「あれ? あそこに……」
五百蔵が何かに気づいたようだった。枯れ木のような指先が差す方向、本殿の土台、床下に通じる通気口からきらりとした何かが覗いている。
「なんだろう……?」
ユリウスが近づいて覗き込んだ。すみれ色の、花を模した髪飾りが穴に入り込むようにして落ちていた。
「何でこんなところに……うわっ!」
「ど、どうしました!?」
ユリウスの声に、五百蔵が慌てたように駆け寄ってくる。
「これ……」
びっしりと髪飾りにくっついていたのは、黒く長い髪の毛。五百蔵も「ひゃあ!」と悲鳴を上げるほどである。
決してやりたくはなかったが、一般人(?)もいる手前、ユリウスは意を決して通気口にライトを突っ込み、地面に顔をくっつけるようにして中を見た。
「うわっっ!!!!」
※※※※※※
その頃。境島署の裏手駐車場にて。
「ううぇ……クソッ……匂いが取れねえ」
犬飼は朝に見つけた変死体の検視に駆り出され、昼過ぎにようやく本署へ帰ることが出来た。今は死臭が染みついてしまったワイシャツを裏手にある洗濯機で洗濯中である。文字通り汚れ仕事が多い警察官の為、殆どの警察署では洗濯機を置いている。
遺体は死後4週間以上経過しており、練炭による自殺だと結論付けられた。遺書はまだ見つかっておらず、後に車内の捜索を行う予定であった。
「あ? なんだ?」
黒いTシャツ姿で洗濯が終わるのを待っていた犬飼の耳に、異様な音が聞こえた。
「駐車場か?」
裏手の駐車場は、押収した車両や、死亡事故や重大事故などを起こした車両が主に置かれている。前部分がぐちゃぐちゃになった車などがブルーシートに包まれていたり、おおよそ一般人が見ればかなり異様で不気味な光景だ。
不審な音のする方へ向かう。もしも車泥棒なんていたものならとっ捕まえてやろうくらいの感覚であったが、その期待は裏切られた。
「なんだ、誰も……」
その視線が紺色の軽自動車に向けられたとき、犬飼は全ての動きを停止させた。
タイヤロックもかけられ、誰もいるはずのない軽自動車の中から、べったりとガラスにへばりつく様にこちらを見る顔。それは不自然に青白く、血走った眼と相まって恐ろしい形相になっている。
だん!
白い手が、窓ガラスを叩いた時だった。
犬飼の全身の獣毛が逆立ち、大きな口が牙を剥き出した。
「ぎゃああああああああ!!!」
絶叫が駐車場に響き渡り、犬飼はその強靭な脚力で思い切り後ろに飛びのいた。
「なんだ!どうした!」
「毒島先輩ぃぃぃいい!」
「なんだよ犬飼……おい! 尻尾掴むなよ!」
悲鳴を聞きつけた毒島が走ってきた。犬飼は思わずその背後に隠れるように回り込んだ。大柄なリザード族の後ろに同じくらいの背丈のワーウルフが隠れるさまはシュールでしかない。
「お、おお、お」
震えながら指をさす犬飼を毒島が怪訝そうに見つめる。
「お?」
「いま! 車! 女が! ベターッて張り付いてて!」
「はぁ?」
「だから! 変死の車に女が張っ付いてこっち見てたんすよ!」
「誰もいないが」
その時、ばこん!という音を立てて、トランクが開いた。
「ぎゃあ!」と犬飼が声を上げて、毒島の後ろに隠れたが、屈強なリザード族の警察官はずるずると後輩を引きずりながらトランクを覗き込もうとしていた。
犬飼はというと完全にへっぴり腰だ。
「おい、何だよこれ……」
「ちょっと待ってほんと勝手に行かないでください腰が抜けた……」
「そんなんどうでもいいから。ちょっと見ろ!」
「ぎゃー……って、これ……」
「刑事課と課長に言ってこい。仏は1体だけじゃなかったって」
「了解です」
へっぴり腰で移動する犬飼を尻目に、トランクを見やった毒島が呟いた。
「こりゃあ大事になっちまうぞ」
トランクの中はゴミであふれていた。その中に混ざって、小さな骨がばらばらに散らばっていた。
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