第21話 筆下ろし
カワ島のカスタムから無限の可能性を手に入れたキルエムオール。バンドはより極上のサウンドを追求をする為、今日も今日とてペンギンスタジオにて練習を行うのであった。
「ぎいいやああああああああああああ!!!!!」
”ジャーン!”
ふむ、とても良い感じだ。体は暴れつつも頭は冷静さを基調としたギタープレイにも磨きをかけた。歪みも調整して何弾いているか分からないとも言わせないぞ。俺は俺なりに日々切磋琢磨している。カワ木のベーステクニックはブリブリだし、カワ谷は独特の世界観を構築しつつある。そして何より進化に進化を重ねているのはカワ島だ。カスタム可能なその体からパーツの組み合わせ次第では無限の世界が広がる。先日埋め込んだア○ミックチューンモーターのお陰で持続力のアップ、グリスをギアに注入して滑らかなドラミングを手に入れた。俺達は最強のバンドになりつつあるのだ(多分)
そんなこんなで本日50回目のスタジオ練習の2時間が終了、ささっと機材を片してスタジオを後にする。レストスペースはすっかりと綺麗になって暴れに暴れた痕跡など微塵も感じられない。受付に向い毎回いるゴスリス姉ちゃんにスタジオ代を支払う。
「お疲れした〜」
「どもども〜、あ、ゴスリスちゃん、缶ビール4つお願い」
「おいっす〜。バンド順調そうっすね〜。弁償も早く終わるといいね~」
席につき4つの缶ビールは同時に”ぷしゅっ!”っと音と共に開け放たれた。そして俺達は元気に乾杯する。練習後の恒例行事の酒はいつでも堪らない。
「いや〜、いいね。ちゃんとバンドしているこの感じ」
「酒はうまいしな!」
「悪くはない」
「バンドッテ楽シイデスネ!」
「このまま行けば来年はヴァ○ケンじゃないか?」
「ヘ○フェストも夢じゃないな!」
「ノ○トフェスもあるだろう」
「サ○ソニニ出タイデス!」
「わはははは!!」*4匹
浮かれポンチで騒いでいるとゴスリス姉ちゃんがしらけた表情で話しかけて来た。
「ところでカワウソのお兄さん達ってどこら辺で活動してるんすか?」
「へ?」*4匹
「いやだからライブはどこでやってんのかなって」
その時、俺達の思考は停止した。俺達はライブ出演はおろか動物前で演奏なんてした事など一度もない。毎朝マグロを運び、昼間にスタジオに入り、酒を飲んでラーメン食って、銭湯行って寝る。こんな生活を繰り返している。スタジオ練習も馬鹿みたいに50回目も入って、その2時間は5曲を延々と回して暴れている。時の迷宮に迷い込んでいるのに気が付いたのと同時に自己満オナニーしているだけみたいと思ってしまった。
「ラ、ライブってどうやって出るんだ?」
「わ、分からん、しかし出れた所でお前ら動物前に出る勇気あるか?…」
「…怖イ、知ラナイ動物怖イ」*ぶるぶる
「ペットボトル投げられそう」
不安の渦中で震える。急に大人しくなった俺達に気が付いたのか1匹の動物が声をかけて来た。
「お疲れ様っす〜使徒バンドの先輩達なんか元気ないっすね」
「…おお、カエル原君か」
声をかけて来たのは大学生でバンド活動しているカエル原君でこのペンギンスタジオに通う中で仲良くなったのだ。彼らのバンドもうるさい系でありシンセなど取り入れたピコリーモを主にしている。ちなみに使徒バンドと言うのは先日のカワ島の暴走っぷりを目撃した事より命名された。その中で俺はゼ○エル先輩、カワ谷はバ○ディエル先輩、カワ木はラ○エル先輩となり、カワ島は言わずながら初○機先輩と呼ばれ、このペンギンスタジオではちょっとした有名動物になっていた。しかしながらバンド歴では彼らの方が先輩であり恥を覚悟で相談をする事にした。
「カエル原君、恥ずかしい話なんだが俺達ライブという物に出た事がないのだよ。ライブとはとても緊張するのだろう?」
「え?ああ、まぁ緊張はしますけど楽しいっすよ」
「そうか…気に入られないとペットボトルを投げられたりするんだろう?」
「何言ってんすか、めちゃ人気出ればアンチとか発生してあり得なくもないすけど普通ないっすよ。あ、話変わるんすけど今度俺達が出るライブで欠員が一組出たんすよ。良かったらそこでライブ童貞捨てちゃうってどうすか?」
「へ?」*4匹
そんなこんなのトントン拍子で事は進んで行き、我らキルエムオールは初ライブの当日を迎えた。逆リハで自分達の番までにライブハウスしていればいいらしいが2バンド前までに会場入りを果たす。機材の持ち込みで一丁前にマグロ爺のハイエースで来てしまった(無断借用)カエル原君達は未だ姿を表さず俺達はソワソワが止まらない。前のバンドのリハ風景を血走った目で焼き付け流れを必死に理解しようと努めた。そして俺たちの番が回って来た。
「それじゃキルエムオールさんお願いします」
「ほ、ほい!」
慣れない空気の中、機材の準備を始める。見学している他のバンドの動物とPAスタッフの動物の目線が突き刺さる様な気がして胃が痛い。マイクチェック、楽器の音色確認もなんとか済ませると次の段階に達した。
「それじゃ、時間まで音出し確認お願いしまーす」
”音出し”つまり今日やる曲のサウンド最終確認だ。2〜3曲をワンコーラスくらいで回すのが一般的らしい。
「え、ど、どうする?」
「きょ、曲順の3曲でいいんじゃね」
1曲目のキルエムオールから始める事に。カワ島のスティックが4つ”カッ、カッ、カッ、カッ”とリズムを打った後にスタート!
「ぴえーーーーー」
緊張のあまり、カワ谷の声が裏返る。そんな事気にもしていられず俺達は自分達の一杯一杯であるしかない。しかしながらカワ木は涼しい顔をしている。そうして地獄の様に感じるリハはあっという間に終了していた。
「はい、本番も宜しくお願いしまーす」
それ以降俺達はホールの片隅に4匹狭く身を寄せ合いポカンと他のバンドを眺めていた。すべてのバンドのリハも終了して会場前の顔合わせと挨拶になり円陣を取る。本日のバンド数は俺達とカエル原君達含め、5バンドでロック、メタルとした企画ライブであり俺達は3番目の出演となっている。
「は、初めましてキルエムオールです!よろしくお願いします!」
元気に挨拶は出来き、ホッと安心したが他の動物達が各々鼻をさするのが不思議に思った。
そのまま時間は過ぎていき開場、18時、遂に開演した。1番手はカエル原君達のバンドでライブを重ねているだけ迫力があった。シンセが繰り出す近未来的なサウンドが新しい。またファンも一定数獲得している様だ。そしてあっという間に2バンド目が始まり楽屋で緊張の中、必死に”皆かぼちゃ”の暗示に明け暮れていたが遂にその時が来た。
「お疲れ様ー。次頑張ってー」
2バンド目の動物達の声も耳に入らず、ブルブルと体が震える中、垂れ幕が下がるステージで準備を始める。この向こう側には知らない動物がいっぱいいる。そう思うと吐きそうになった。そうして準備が終了しスタッフに合図すると垂れ幕が上がる。目の前にはうるさい系の音楽が好きそうな沢山の動物がいっぱいいて目がこちらに一直線で向いている。めちゃ吐きそう。
「…なんか魚臭くない?」
数名の動物がゴニョゴニョと何か言っている。はわわとしている俺達だが止まってもいられない。カワ谷に”行け!”と合図を送ると震える声で言った。
「は、初めまして、僕達キルエムオールです。宜しくお願いします」
ぎこちないMCからも束の間、しっくりしないタイミングでカワ島がカウントを始め遂に俺達のお初がスタートした!
「きいいやああ…」
最悪だ。カワ谷はいつもの元気もなく、俺もカワ島も必死しぎる表情だ。カワ木の顔は以前涼しい。
酷く不安の中で演奏している中、チラッと観客の方を見てみると腕を組み欠伸をしたりスマホを見ていたりして全然楽しんでいる様子がない!今自分が何をやっているのかも分からない!正に地獄の様な時間だ!誰か助けてくれ!
そう思っていた時、空中で照明に照らされキラキラと飛ぶ物体を見た。そしてそれは勢いよくなんか可哀想に歌うカワ谷の顔面に”ポカン!”と音を立て当たった。それと同時にカワ谷は歌うのを止めた。俺達は依然として演奏を続けるが何が当たったのかと思いステージ上を見てるとそれはあった。ペットボトルであった。”飛んでくるじゃん!”と俺は思いながらもカワ谷を再び見てみるとその顔は鬼の様な形相であり、再びマイクを掴んだ!
「誰だ!この野郎!物投げずにてめぇが飛んで来いや!!けどよ!そんなにやりてぇならやってやるよ!こちとら腕っぷしには覚えがあんだ!ス○ブラみてぇにしてやるよ!!」
カワ谷は勢い良くステージから飛び降り観客に襲い掛かった。そしてそのままG○アリンばりに暴れまくり宣言通り会場は正にス○ブラと化した。
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