第2話 10時間後に死ぬカワウソ
夜遅くまでyoutubeを漁り、起床は10時前、目覚めの缶ビールは堪らない。これが本来あるべき動物の生き方なのだと俺は確信する。会社を辞めてからは、こんな生活が続いているので、このまま腐っていったらどうしようと思ったりもするが”何とかなる”を内で唱えると、魔法のように身体中に染み渡り大抵の事は気にすらならない。
全ての窓を全開にして、chillhopを流しながらアコギを弾く。俺は何てオシャレなんだろうか。そう自分に酔っているが部屋中の穴ぼこを見ていると次第に気持ち悪くなってきたので、堪らず外出する事にした。気分転換を兼ねて家から遠くの方面へ電車に揺られて向かおう。
……
そして1時間後、辿り着いたのは見知らぬ土地の見知らぬ公園。
「いい天気だな、こういう日はアコギ持って弾き語りするのも良いなあ。そうだ今日壁紙を買おう、部屋めちゃ気持ち悪いから」
晴天の下、独り言が寂しいがこれで良いのだ。フラフラと園内を歩いていると周りにはベビーカーを押す母犬だったり、汗をかきながらジョギングする羊やら、ベンチに腰掛ける老猫なんかがいる。
今の自分には全てが新鮮で輝いて見える。何だかよく分からないが生を全うする上で意味がない事にも必ず意味があるのだという考えにたどり着き満足に噛み締めているととあるトカゲの子供が気味悪がい走り去っていった。
先日の下らない話で盛り上がっていた自分は何だったのだろうか。この獣生を全うしようではないか!そんなこんなを思う昼下がり。
そう言えば”俺フェス”からもう4日が立っているんだよな。そんでもって一応明日が決行日な訳で。スマホを取り出して新規の書き込みがあるかを確認してみたが、あの日を最後に止まっている。まあ所詮は酒の勢い、今頃3匹も俺と同じ思いを抱いているはずだろう。
それにしても”P○NTERA"久しぶりに聴いたなあ、メタル(うるさい系)には疎遠になっていたから体力が持たんよ。最近はもうキ○グヌーとフ○ロソフィーのダンス、あとは呂布○ルマがメインになってしまった。
歳を重ねる毎に趣味趣向も変わるし、また思い返してみると味覚も思考も変化しているのを実感し、ふと昔の記憶を懐かしんでしまったが自分に言い聞かせる。
「はっ!いかんいかん、今と未来が大事だった!」
気を逸らすためもう壁紙を買いに行こう。
近くのDIYショップを調べ向かう事にした。
DIYショップに到着すると壁紙コーナーに直行し相当分を購入、柄はヴィンテージ調の木目柄だ。これより帰宅し生まれ変わる空間に心が湧く。そうして俺は壁紙ロール両脇に抱え一歩を踏み出したのだ。
しかし、この高揚感は1秒毎に削り削がれていった。
……
「…はぁ…くっそ重い…」
失敗など色々と考慮した結果気合いを入れ過ぎて買い過ぎてしまった。総重量はおよそ15キロ以上あるだろうし長物だから持つのも一苦労なんだよな。おまけに見知らぬ土地で何回か駅まで迷った。
やっとこさ電車に乗ったけど壁紙ロールがデカくて周りの動物からは迷惑がられて何度も小さな声で”すいません…”と誤った。
揺られ揺られて1時間後、ようやく見慣れた駅に到着しホッとしたものの既に外は真っ暗になっている。それと駅から俺の家まではある程度距離があって普段なら20分くらいなんだけど今日は苦戦するだろうなあ・・・
「タクシー使おっかな…いや、節約しなきゃ…」
後足は痛いし、前足の握力も無くなってきた。40分後、半ベソをかきながらも何とか自宅前まで辿り着いた。壁紙ロールを玄関に押し込むとフラフラと奥のベッドに倒れ込んだ。
「疲れた…明日、明日やろう…」
そう言って俺は意識を失った…
……
「ぎゃははは!」
外ではしゃぐ子供の笑声に気が付き俺は目が覚めた。既に外は明るく寝過ぎてしまったようだな。
「う!腕痛ぇ?」
昨日の重荷のせいで腕がパンパンで筋痛が酷い。まるで屍鬼封尽食らった大蛇丸の様だ。
それでも”俺フェス”の時よりは元気だ。
玄関の方を見ると何本もの壁紙ロールが散在していた。
「はあ…めんどくせえ〜…あ」
玄関を見たついでに目に入って来た壁掛け時計の時刻は15時を回っていた。そう本日は大爆発の決行日だ。バカバカしい、そんな事よりも壁紙だ、さっさと貼ってしまおう。無意味なことをしている暇は無いのだ。そう思いながら壁紙ロールに前足をかけた時、昨日公園での事を思い出した。
「意味のない事にも必ず意味がある…」
得体の知れない何かに促されるように部屋の方に戻って、せっせと準備をして家を出た。
……
気が付けばカワウソ駅にいた。しかも30分前に。ギターを背負い両前足には乾き物だったり甘い物が大量に入ったビニル袋をぶら下げている。何かに尻を叩かれて来てしまった訳だが、何をやっているんだろうか俺は。律儀にもお菓子もこんなに買ってしまって。しかもギターも持って来て心のどこかで楽しみにしているのか…と言うかこれで誰も来なかったらそれこそ無意味な1日になるじゃん。時間は刻々と過ぎていった…
そうして予定の17時を回った。キョロキョロと辺りを見渡してみるが、それらしきカワウソは見当たらん。
「確か、全身ショッキンググリーンにデカいのとリムジンだったな」
特徴から見ればすぐに分かるがそんな奴らは一向に現れる気配がない。もう一度言うが俺はこの3匹に一度たりとも会った事はない。
「…来ないじゃん」
気が付けば約束の時間からもう20分も経っている。やり場のない苛立ちの中、後ろから肩をたたかれた。
「あ?」
苛立ちの纏った返答ともに振り返ると、目の前にはタンクトップからはみ出す体毛で覆われた大きな体がそこにはあった。ゆっくりと顔を上げると俺に影を落とすカワウソの顔があった。俺はいきなりの事と迫力でビビってしまった。
「はわわ…」
「あの、カワ鍋さんすか?」
「え…あ、はい」
「自分、カワ島です」
「うぇ…カ、カワ島さん?」
「すいません、遅れちゃいまして。結構待ちましたか?」
「え、い、いや別に」
カワ島はその威圧的な外見と裏腹に表情は柔く垂れ下がった細い目をしているとても物腰が低いカワウソだった。1匹でも本当に来るとは思わなかったから驚いた。カワ島の観察をしつつ、来るかも分からない、あと2匹を待つ事にしたが間が持たないから世間話した。
「カワ島さん、めちゃ体デカいすね、何かやってるんすか?」
「自分、ボディビルやってるんですよ。珍しいってよく言われますね」
「へえ〜、それと並行してメタルも好きなんすね」
「そうですね、体鍛え始めたのも海外のメタルバンドの影響なんですよ」
「どう言う事すか?」
「初期はヒョロヒョロだけどいきなりマッチョになったりするじゃないですか。それ見てかっこいいなと思って気が付いたらこんな事に」
「ほ〜ん、変わってますね」
「よく言われますね」
「話変わるんすけどカワ島さん今日音楽担当でしたっけ?」
「そうです、今やスマホにブルートゥースあればそれなりに楽しめちゃうんですけどそれだけじゃ物足りないんであれ持って来ちゃいました」
カワ島が指差す方向を見ると数個円柱のケースとシルバーの金属棒、でっかいフリスビーみたいのが置いてあったが俺にはそれがドラムセットだと分かった。こいつも今日死ぬ気ないなと、思ったと同時にバカなんだなと確信した。あ、持ち物だったら俺も同じじゃん。
そんなこんなで待ちぼうけしている訳だが一向に残りの2匹が現れやしない。
「カワ谷さん、カワ木さん来ないですよね〜」
「いや、ぶっちゃけ来ないでしょ、全身ショッキンググリーンとリムジンよ。そんな漫画みたいな奴らいないって」
「え〜そんな、楽しみしていたのに」
「楽しみって、あんた今日の目的が一体…」
言いかけたその時、俺は言葉を失ってしまった。遠くから夕日を背負い1匹の動物がこちらに向かってくるではないか。俺は目を凝らして向かってくるそれを確認し確信。
紛れもなく全身ショッキンググリーンに輝くカワウソだった。”嘘だろ”と思った。
一直線に向かってくるショッキンググリーンのその異形の姿からか近くの動物は両脇に距離を取り道が開かれていく。まるでモーセ。時折煙が彼の周りをまとわりつく。何かと再度目を凝らすとタバコを片前足に反対の前足にアイコスを持っていて交互に吸い続けている。さながら歩く公害だ。
唖然として口を開いている間にもその距離は縮まっていき遂には俺達の目の前まで来て止まった。
「遅れたわ!お前らカワ鍋とカワ島だろ!?」
「ゲホゲホッ」
「あ、悪い悪い!」
煙に俺とカワ島はむせてしまったがショッキンググリーンは律儀にも携帯灰皿を取り出して吸殻を収めた。
「カワ谷だよ!よろしくな!」
何かやばいの来ちゃった・・・第一ショッキンググリーンのカワウソて信じられない。と言うか目の焦点も何かあってないような気がするし、いっちゃってるような感じだ。光もなく淀んでいると言うか…
「あれ!あれ!?リムジンまだ来てねーの!?」
「そうなんですよ、書き込みも一応確認してみたんですけどあの日のままですね」
「い、いや!何かあれだよ!ショッキンググリーンには驚いたけどリムジンだよ!?流石に本当に来る訳ないって時間も時間だし!ここらで今日は解散…」
時既に遅し。向こうから白く長い物が近づいてくるのが見える。そして俺たち3匹の横に止まったリムジンの運転席のスモークミラーがゆっくり下がり現れたのはサングラスをかけたカワウソだった。
「乗ってくれ」
「お前すげーな!まじでリムジンかよ!」
「よろしくお願いします。あ、カワ鍋さんドラム積み込みお願いします」
死まであと10時間!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます