カワウソ ふろむ へる 〜キルエムオール〜
九十九 少年
第1話 俺フェス
「いやはや、気が付けば全く無気力な人生になってしまったものだなぁ……」
そう言いながら、真っ暗な部屋で布団に篭り前足に持つスマホの画面を死んだ目で見つめる。
どうも、初めまして私、しがないカワウソのカワ鍋と申します。
5匹家族の末っ子に生まれ、幼少期から高校までを地元で過ごしました。大学受験を失敗し一浪。翌年に何とか合格したが第一希望の所には入れず。進学を機に地方から上京、下とも中とも言えない大学で勉強はそっちのけで入った軽音サークルで仲間の動物と共に青春を過ごしました。(楽しかった)
卒業後は一般企業に就職するも1年半で退職。転職先では約6年の勤務を終え、つい先日退職したばかり。転職活動など毛頭考えもなく、ニート生活と言うぬるま湯に浸り、はや31歳になってしまった独身動物です。
そりゃあ二十代前半ぐらいは色々と夢溢れる将来計画を立てていたもので、いついつに結婚して子供は何匹、マイホームを建てて、素晴らしき幸せ家族計画を妄想した物です。
ところがどっこい、思い描いたようなものにはならず、彼女もろくに作れず、貯金すらそんなにない。夢も目標もモヤモヤで何となく、その日を生きるのが日課になってしまったのだ。
逆に歳を重ねて行くに連れ、”あの時こうしていれば良かった!もっと勉強しておけば良かった!資格を取れば!”などと、後悔の念に駆られたりする時もありますが、はっきり言って今やってなければ、そんな考えなど全く無駄。万が一、アニメのように時間が戻ったとしても大抵の動物はまた同じぬるま湯に浸かる事を必ず繰り返すはず。
そう! 大切なのは過去ではなく、現在と未来なのだ!!
と、内に煮えたぎるほど熱い思いを秘め暗闇の中、スマホの画面を死んだ瞳で見つめる。
自問自答の結果的に感じている事はニートは最高だという事。ただ今のうちは燃料切れになった際の地獄は考えずにおく。
「お、カワ木、久しぶりだな~」
見ているのは大学時代から続けているSNSサービスにおけるコミュニティ。コミュニティ名は ”mashi mashi " 主にメタルミュージックの意見交換として立てられたコミュニティだ。ピークは100匹以上在籍しており、毎日のように書き込みが行われていたもので、俺自身も学生の時は鬼のように書き込みをしていたが年月が経つに連れ参加者も減り、遂には俺を含め、カワ谷、カワ島、先ほど久しぶりに書き込みをしたカワ木だけが活用しているだけになってしまった。
カワ島:カワ木さん、久しぶりです! 元気ですか?
カワ木:何とか
カワ谷:お前らB○THの新譜聴いた?
カワ鍋:聴いた、方向性変わり過ぎだろ、好きだけど
カワ島:めちゃ良かったです
カワ鍋:ラーメン○郎の新店舗行った?
カワ谷:まだそんなもん食ってのか、俺は既に食ったけどな
と、まぁこんな具合に音楽だったりラーメンだったり、たわいの無い会話を日々繰り広げている。この3匹は俺と同じカワウソ 。カワ木は物凄い静かなヤツだ。書き込む事はあまり無い高みの見物スタイル。カワ島はよく書き込んでくるヤツでアニメ、漫画で火が着くと少々暑苦しい。カワ谷は一番音楽を知っていて、どこから仕入れてるのかってくらいの変態だ。
カワ島:最近どうです?
カワ谷:専らギャンブルくらいよ、他の楽しみなんて
カワ島:カワ木さんは?
カワ木:平凡な毎日
カワ島:カワ鍋さんはどうですか?
その問いに一瞬だけ考えたが無意識に指が動いた。
カワ鍋:仕事辞めたわ!
カワ島:おお!やりましたね!
カワ谷:これで晴れてロックスターになれるな!
カワ木:祝
カワ島:真面目な所、これからどうするんです?
カワ鍋:ほぼ勢いで辞めてしまった。これからニート生活を満喫してやろうと思ったのだが、キルエムオールウイルスのせいで全ての予定がパー、死にたい。
そう、現在、謎の死のウイルス”キルエムオール”が世界中に蔓延しており日々死者が出ている。そしてキルエムオールは俺のニート満喫ライフまで浸食し計画していた海外旅行、やっとこさで勝ち取ったラルクのコンサートすら奪い去っていった。許すまじキルエムオール!
カワ谷:何と可哀想なヤツ
カワ島:今夜はとことん付き合います!
カワ木:仕方ないな
カワ鍋:おお、ありがたい。宴の用意をしてくるから、ちょっと待っててくれ
俺はムクっと起き上がり、暗闇の先にある冷蔵庫を目指す。冷凍庫から冷凍ザリガニのパックを破り、水を張った鍋にぶち込み着火。ザリガニがグツグツと煮えるのを待つ。その合間に缶ビールを”プッシュ!”と開け、踊るザリガニを見つめながら喉に流し込むのだ。この時間がたまらない。腕を組み、鋭い眼光の先のザリガニの大きなハサミが暴れ始める。”ここだ!”と直感し消火、素早く湯切りをするとマヨネーズ片手に暗闇の中へ帰還した。
部屋に光を灯し、スマホからパソコンに切り替え、スピーカーの電源を入れ我が最強メタル”P○NTERA”を爆音で流す。剃刀のようにズタズタと切り刻んでくるギターと下っ腹にくるドッシリなベースとビチビチで爆発するようなドラム、そして怒りのままに叫び歌い上げるボーカルが呆けていた頭を覚醒させる!そしてザリガニにマヨをぶっかけ”バリバリ!”と殻ごと食う!最高の時間だ。
カワ鍋:お前らP○NTERAかけろよ! 暴れよう!
カワ谷:いいね!
カワ島:飲みましょう!
カワ木:よし
深夜の1時、場所は違えど俺達のフェスが始まった。服を脱ぎ床に叩きつけ、全裸になりビールを左手、ザリガニを右手に踊り明かす。深夜だろうが”ぶあああああああああああああああ!!!”と叫び持っているザリガニも力一杯ぶん投げた。ここは俺だけのステージなのだ。時折書き込みを書きを確認。
カワ島:仕上がりましたね! ところで僕も報告があります。
カワ谷:何だ?
カワ島:僕も仕事辞めました!
カワ谷:そうなのか!実は俺もなんだ!
カワ鍋:え、何で今更言うんだよ笑
カワ木:俺もだ
カワ島:カワ木さん笑
カワ鍋:よし! 死のう!
カワ島:計画立てましょう!
カワ谷:いいね!
カワ木:詳細をくれ
こうして夜は更けていった……
「うう……」
目覚めた時、既にお日様が燦々と輝くお昼過ぎだった。
「頭がクソ痛ぇ……何で全裸で全身筋肉痛なんだ? ……こ、これは一体!?」
俺は全裸でボロボロだったが痛みに逆らい、身体を起こし部屋を見渡すと愕然とした。物は散乱、破壊されている物もある。何より一番目を疑ったのは壁、天井に無数のザリガニがぶっ刺さっているのだ。これは恐らく嫌がらせだ!とあたふたし、急いで110番をしようとスマホに手をかけた。しかしながら画面を見たとピタッと指が止まった。
カワ鍋:ザリガニを打ち込んじゃうぜ〜♪
それを見た時、俺は冷静になりそっとスマホを閉じた。1時間くらい身体を休めて部屋の掃除を始めた。頭痛と全身の痛みで泣きそうになる。俺は何て情けないカワウソなんだろうか。自責しながら突き刺さるザリガニを片した。昨日は相当なモッシュピットが起こっていたようで、ある程度は綺麗にはなったが痛々しい光景が広がる。”はぁ”と、ため息を着きながら数個出来たゴミ袋を捨てに外に出た。ドアを開けると足元にコツンと何かが当たった。
それはDVDだった。
「エ○ソシスト……」
落とし物とは言い難い。”お前は取り憑かれているのだ、悪魔め”という隣人からの警告だと勝手な解釈をしてDVDを懐に入れた。
ゴミ出しついでにコンビニに行って味噌汁を買い帰宅した。穴だらけの壁が気持ち悪い。DVDプレイヤーに先ほどのエ○ソシストを再生し、ぼうっと見た。
「なかなかグロいなあ」
そう思いつつ傍でスマホで昨日のやりとりを確認してみた。途中から記憶がない文がつらつらと書き込まれている。まず全員泥酔状態が前提だ。次に全員無職になったとの事。そして生きていても仕様が無いから、集団自殺しよう!と盛り上がっていた。
苦しまないで死ぬ方法は議論の結果、大爆発で一片の肉も残さないのがベストで爆発物にはダイナマイト、爆破担当はカワ谷が選出。死ぬ直前は大音量の音楽を垂れ流しにして爆発したいとなり音楽担当はカワ島。死ぬ前にリムジンでドライブしたいとカワ木がなぜか言い始めたのでリムジン担当はカワ木になった。
決行日は5日後の金曜になり、カワウソ駅西口の夕方17時に集合、決行場所は人気もない山奥になっている。
当日分かり易いように、カワ谷は全身をショッキンググリーンに染め上げてくるらしい。カワ島は一般のカワウソより身体がデカイのですぐに分かるという。カワ木は言わずもがなリムジンに乗ってくるのでバカでも分かると吐き捨てた。ちなみに俺は寝落ちしてしまい担当は特別ない。
全く下らない、学生の飲み会だなと思ったと同時に”こんなに盛り上がったのはいいけど絶対に実行はしないな”と確信した。
スマホを投げ捨てて再びエ○ソシストを鑑賞していると、リ○ガンがブリッジで階段を駆け下りてくるシーンだった。
「すごいなぁ」
そう言いながら1日が過ぎていった。
あと最後に言っておくのだが、俺はこの3匹に一度たりとも会った事はない。
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