手を繋いで一緒に

小森

また会えたなら楽しい世界で

 死にたい。そう思った。


 夏休みなのにランドセルを背負った小学生がわーきゃーと戯れながら横断歩道を渡る。学校に何をしに行くのだろう。私にはその光景が眩しすぎてもう一つ先にある横断歩道から渡ることにした。

 私は成績もそこまで悪くはなく、三が二つと他は四。友達もいる。家族との仲もそこそこだ。健康な体を持ちたいして大きな怪我もしたことがない。彼氏はいない。私は女子校に通っている。隣に男子校があるがそこまで交流もないから彼氏はいない。

 他の人が聞いてみたら「なんで死にたいの?」とか言われそうだ。だがたまにふと死にたいと思うことくらい誰だってあるだろう。そんな感じだ。


「おはようございます」


 部室の扉を開けた。部活で使う大道具と小道具がまとめられたダンボール、衣装の掛かったハンガーラック。ここは演劇部の部室。部員は三八名と一クラス並の人数。そこそこ実績も出しているから部費も多くあり毎年物が増える。

 目の前でだらけている人は私の一つ上の先輩。後輩達が王子、王子と騒いでるその王子だ。今この部屋には私と先輩の二人っきり。


「おはよう」


 肘掛けに頭と足をのっけて、ああだらしない。これを後輩達に見てもらいたい。まあ、「王子」に憧れて入ってきた者が大半だろうし、これを見せて減られたら困る。


「先輩、荷物置いていいですか」

「いいよー」


 ソファからはみ出た足をばたつかせて言った。スカートの裾がそれに合わせてバサバサと動く。きわどい。

 私はカバンを先輩の下腹部に置いた。


「そこに置くの?」


 顔を少し持ち上げ聞いてきた。


「下着が見えそうだったので。ああ、見せようとしたんですか」

「知りたい?」


 先輩が上半身を起こし――それによりカバンは床に落ちた――自身のスカートの裾を摘んでゆっくりと上へ持ちあげていった。正直、そんな焦らさなくとも私の位置からは貴方の下着はもう見えているのだけれど、それを茶化すようにする先輩が可愛くて言わない。いや、言えない。


「あっつー、部室クーラー効いてるかなぁ」

「効いてて欲しいですねー」


 廊下から声が聞こえる。声からして私の友人と後輩。部活動の開始時間は九時からなのにお早いこと。私達も言えないが。


「先輩」

「はいはい」


 先輩は座り直してそこらにあった台本を掴んで如何にも練習しています感をだした。

 そういえば忘れていた、先輩に言っておかないと。


「今夜良いですか?」

「本気のやつ?」


 Yesと言う代わりに先輩の短い御髪に軽く口づけして笑った。この人は残り数秒でその顔を戻すことはできるのだろうか。いや、できるな。なんてったって演劇部の王子なのだから。私にとったらお転婆姫のようにしか思えないが。


   ✻ ✻ ✻


「こんばんは」

「こんばんは」


 午前三時、むわっと湿った風が吹く学校の屋上。先輩と私は待ち合わせした。この学校が警備が薄いっていうのもあり、夜の学校に侵入するのは案外簡単だ。補導される可能性は承知で制服を着てここへ来た。


「その袋の中何入ってるの?」

「コンドームです」

「へぇー、で何?」


 適等すぎる冗談に先輩はのってくれなかった。スカートは自分から捲るくせに。


「お酒です」


 親と顔が似ていることを活かしてコンビニで缶ビールを買ってきた。店員さんはしっかり見ていなかったのか身分証明書を出しただけであっさり買えたのだ。帰宅して私服に着替えて行ったのでかなりの手間がかかった。

 缶ビールを袋から取り出し先輩に差し出す。


「飲んだことってありますか?」

「ないに決まってる。これでハイになってするの?」

「ええ」


 柵にもたれて座る。プルタブを上げた。プシュと音がなって慣れない匂いがした。これを大人は飲むのか。大人だけではないか、私のような人もいるだろう。


「一つ貰います」

「どうぞ」


 先輩は私の隣に座り同じ様に缶ビールを開けた。


「ああ、これは一気飲みキツイね」

「はい」


 先輩の顔はほんのり赤くビールの匂いがした。きっと私も同じ感じ。先輩の頬を触ってそのまま上へ、髪を触り、キスをする。なんか変な感じ。いつもより熱い。外だからではないと思う。これが酔っているということなのだろか。


「私達ってなんだろねえ」


 にへらと笑いながら後ろに手をまわしてきた。


「先輩後輩」

「先輩後輩でキスするの?」

「してるじゃないですか」


 もう一度、と舌を出して唇をなぞり先輩の口を開けさす。舌が出てきて絡み合いこの人の熱を感じる。苦い。ビールを飲んだせいだろう。これはこれでいい。口腔内の奥へ奥へと侵入し上顎から歯をなぞる。ふっふっと息が肌に触れて気持ちいい。互いの唾液が混ざり合い、口から垂れて服はベタベタだ。まあ、汗で少しベタベタだったからもう気にはしないが。

 私は満足して先輩から舌を離した。先輩はとっくに満足していたようだ。こういう時私の獣性を感じる。銀の糸をぺろっと掬う。


「永遠の愛誓おう。持ってきたんだ、ベール」

「いいですよ」


 先輩はカバンからベールと呼ばれたものを出した。ただの薄い白い布で二枚あった。

 膝立ちで向かい合いそれを掛け合った。


「なんて言うんでしたっけ」

「えぇ、知ってると思ってた。……じゃぁ、永遠の愛を誓います」

「誓います」


 ベールを捲り軽くキスをした。今の先輩は演劇部の王子でもなく、お転婆姫でもない。月夜に照らされた精霊のようだ。

 風が吹いてベールが飛び髪が揺れる。


「先輩、そろそろ」

「うん」


 二人柵を超えた。


「敬語はやめて」

「うん」

「手を繋いで」

「うん」

「ネクタイで離れないようにして」

「うん」

「好き?」

「好き」

「なんで今日?」

「貴方の誕生日だから」

「言ってたもんね」

「私だけに」

「愛してる」

「私も愛してる。また会えたら楽しいことしよう」

「例えば?」

「肩書とかに縛られない……なんか、こう」

「何それ、ふふっ」

「笑わないでください」

「あ、敬語」

「……一緒にいてね」

「永遠にいるよ」

「じゃあまたこんど」

「またね」

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手を繋いで一緒に 小森 @0929-komori

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