第22話「リイナの力」
「ルーファ!」
リイナは慌ててルーファの倒れこんだ場所に駆けつける。
一方で、トカゲ騎士もダメージが大きいらしく傷つけられた顔を抑えたままその場にうずくまった。
「ルーファ、しっかりして! いま、回復魔法使うから!」
「く……だ、大丈夫、だ……」
「そんなに血が出て大丈夫なわけないでしょ!? ほら体動かさないで、じっとしてて!」
リイナは叱り飛ばすように言って、ルーファの側頭部に回復魔法を使う。
心地よい温かさが拡がっていき――激痛と痺れが薄れていく。
「すまぬ、リイナ……迷惑をかけた」
「ぜんぜん迷惑なんかじゃないよ! あたしも、ごめんっ! 応援してないで一緒に戦うべきだったのに……」
「いや、あの状態では下手に手を出したら同士討ちの危険性すらあった。致し方ない」
その間にもルーファは自分の道具袋から薬草を取り出して傷口にあてる。深手だったので回復魔法だけでは全回復しなかったのだ。
魔王時代は回復魔法や回復アイテムとは無縁だったが、弱き存在である人間はこまめに回復しないとすぐに死んでしまう。勇者でも、例外ではない。
だからこそ、戦闘行動のひとつひとつに緊張感があった。
「ぐぬぅ……拙者の渾身の刺突を止めたのみならず、奥の手の尻尾をくらっても、死なぬとは……」
トカゲ騎士は顔を押さえながら、立ち上がる。
傷口は額から鼻にかけて深々とあり、青い血が地面にポタポタと落ちている。
なお、ルーファの剣とトカゲ騎士の剣はその場に落ちたままだ。
ナイフは壁に叩きつけられたときに落ちていたので、ルーファは拾って構えた。
ヒットポイントは回復したが、体はふらついている。
頭を尻尾で叩かれたうえに、壁と床に背中を強かに打ちつけているので、万全な状態ではない。それでも、まだ戦いは終わりではない。
「ルーファは下がってて! ここはあたしがなんとかするよ!」
ルーファの前にリイナが出る。
「リイナ、しかし、奴は手ごわい。ここは我が決着を――」
「だめ! せっかく仲間がいるんだし、頼ってよ! それに、あたしはまだノーダメージだし! そもそも、あたし格闘家なんだよ! 前衛だってできるんだから!」
リイナは闘志をみなぎらせて、トカゲ騎士に歩を進めていく。
「某は婦女子を斬るつもりはない。どくがいい。勇者と決着をつけねばならぬ」
「やだ! あたしが相手なんだから!」
リイナは構える。アーグルから教わった左手を前にして、右手を腰のあたりで溜める型だ。左手で相手からの攻撃を払い、右手の拳を全力で急所に叩きこむスタイル。
子供の頃はアーグル相手に拳を打ちこみ、ルーファと一緒に暮らすようになってからは、ルーファ相手に練習してきた。能天気なリイナだが、格闘センスは抜群だった。
(しかし、リイナには実戦感覚が乏しい……)
これまでの魔物と違い、トカゲ騎士は一軍の将であり戦士だ。
死ぬ気で戦わねば、そして相手を殺す気で戦わねば、逆にやられる。
「リイナ、下がってくれ。奴と戦うと死ぬかもしれぬぞ」
手負いの魔族は力を発揮する。
勇者もそうであったが、戦士たるもの生命の危機が近づくほどに戦意が燃え上がり、戦闘力を上昇させるのだ。
「あたしだって冒険者だよ! 守られるだけじゃ、やだ! ルーファだって、そんなふらついてる状態で戦ったらやられちゃうよ!」
「むう……」
確かに思った以上に足がふらついていた。
ヒットポイントが回復しても、側頭部を叩かれたことで軽い脳震盪(のうしんとう)になっているのかもしれない。
魔族と違って人間の体は本当に脆弱であると改めて痛感した。
「特に頭をやられたあとだから、じっとしてなきゃだめ! お父さん言ってたもん、無理して戦ったことで命を落としたり、あとで半身不随になっちゃった冒険者を何人も見てきたって!」
そこまで強く言われると、ルーファもリイナの言葉を無下にはできなかった。
「……わかった。だが、リイナも無理をするな。我もふらつきがおさまったら、加勢する。それまで持ちこたえてくれ」
「うん、任せて!」
話がまとまり、再びリイナは構えなおす。
「どうしても某の前に立ちはだかるというのなら、しかたあるまい。だが、某の剣は婦女子を斬るものにあらず」
トカゲ騎士は一度は拾った剣を捨てる。
「素手でくるならば、拙者も素手をもって応えよう」
トカゲ騎士は両手を前面に出し、指を開く構えをとる。
リイナも先ほどの構えのまま、じりじりと間合いを詰める。
その間にも、トカゲ騎士の額から鼻にかけてポタ、ポタ……と血が垂れていた。
「ぐっ……」
トカゲ騎士のダメージもかなり大きいらしい。足元が揺らぐ。
そこを逃さずリイナは踏みこむ。
「やあああ!」
気合一閃、左手を引くとともに溜めていた右手を突き出して拳を叩きこむ。
体のひねりを加えた強烈なパンチ――だが、トカゲ騎士は右方向に飛びのく。そして、回転するとともに例の尻尾を繰り出してきた。
「そんなの、わかってるもん!」
ルーファがくらったおかげで、リイナも尻尾のカウンターを想定できていた。
尻尾が襲いかかってきたときには、地面にしゃがみこんで手をつき。
相手の足元に向かってローリングローキックを放っていた。
「ぬぐぉっ!?」
尻尾を繰り出すために上体に体重が移動していたトカゲ騎士は、いともたやすくローリングローキックに足を刈りとられて転倒する。
「そこおっ!」
回転の勢いを生かして立ち上がったリイナは、かかと落としを転がったトカゲ騎士の頭部めがけて放つ。
「ぬううっ!」
だが、トカゲ騎士は自らゴロゴロと横に転がっていって攻撃を回避。その勢いを利用して、立ち上がる。
「やあああああっ!」
だが、リイナは休まない。右拳、左拳、右ローキック、左ハイキックと息もつかせぬ攻撃をしかける。
「ぬ、ぬぐっ、ぐはぁっ!?」
最初の拳を防いだトカゲ騎士も右ローキックと左ハイキックをもろにくらって後方に吹っ飛んだ。
「はぁっ、はぁっ! どうっ! あたしの格闘術!」
リイナは荒い息を吐きながらも、相手からダウンを奪って快哉を叫ぶ。
(むう、リイナ……やるではないか)
アーグルから学んだ格闘術はさすが実戦向きだった。そして、なにより――リイナには格闘センスがある。宿が暇なときにアーグルからルーファとリイナは格闘を習ったが、リイナは天性とも呼べる才能があった。
(だが、我と組み手をしたときよりも、遥かに技のキレも威力もある……ものすごい上達の仕方だ……)
まだまだ短い冒険期間だが、リイナの実力はかなりの上がっていた。
いっそ違和感を覚えるほどだ。あまりにも強すぎる。
「ぐぅぅ……」
トカゲ騎士はそれでも立ち上がる。
(このままリイナに任せてもなんとかなる気もするが……)
だが、戦いはなにが起こるかわからない。
まだ少しふらつきはあるが、ルーファは戦線復帰することにした。
「……リイナ、我も戦うぞ」
「あ、ルーファ、大丈夫?」
「うむ。大丈夫だ」
一方、トカゲ騎士は一度は手放した剣を手にした。
「……某はこの剣を持って魔王様に仕えてきた……なればこそ、この剣を持ってその命、終える……!」
トカゲ騎士は両手で剣を持つと、自分の腹に向けて勢いよく貫く。
「ぐがはぁっ! ま、魔王様、万歳っ!」
トカゲ騎士は青い血を吐きながらもさらに剣を根元まで突き刺し――ついには霧消していった。
「むう……自ら死を選ぶとは……真に、アッパレな最期であったな、トカゲ騎士よ……」
元魔王として、潔く散るトカゲ騎士に心を動かされた。さすがは魔族一の古兵(ふるつわもの)、立派な最期だった。
「……あーっ! 経験値ーーーーっ! これじゃ、経験値もらえないんじゃないっ!?」
だが、リイナにとっては経験値のほうが重要なようだった。
「案ずるな、リイナ。こういう場合も経験値はもらえるはずだ」
元魔王時代にも自ら自爆した魔族もいたが、その場合も経験値は勇者たちに与えられていた。神としても、戦い損は好ましくないらしい。
その言葉のとおり、ルーファとリイナの体が光に包まれる。
「あ、ほんとだ! レベルアップ!」
「……うむ。トカゲ騎士も我らがレベルアップすることで、その命は報われたことであろう……我らは魔物や魔族の命のおかげでレベルアップをし、さらなる強大な敵と戦うことができる。人間でいう食物連鎖というものに似ているのかもしれぬな」
喜ぶリイナと、厳粛な気持ちになるルーファ。
とにかくも――初めてのボス戦は終わった。
「あ、なんかスキルアップしたみたい! それに、宝箱も出現したよ!」
「うむ、我は魔法を覚えたようだ。あとはステータスもアップした」
リイナは格闘術の熟練度が上がり、大幅にステータスが上がった。
ルーファは氷の魔法、雷の魔法を新たに覚えた。
そして、宝箱からはトカゲ騎士の「鉄の剣」が出てきた。死とともに装備は霧消したが、剣は宝箱として出てきたのだ。
(……我のロングソードはトカゲ騎士の剣を受けとめたときにヒビが入って使い物ならなくなったから装備を変えるか。トカゲ騎士よ……勇者であり元魔王である我がおまえの武器を存分に使わせてもらうぞ)
元魔王様はかつての部下の武器を手にする。
「よーし、次の冒険へレッツゴー♪」
湿っぽい気持ちも、リイナといれば吹っ飛ぶ。
(そうだな、冒険は長い。レベルアップを続けて――我は必ずや魔王のもとへ辿りつこう)
自分のために散っていった魔族や魔物のためにも――。
ルーファとリイナは、洞窟を出て、次のフィールドへ向かった。
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