第3話「理想主義の元魔王勇者と現実主義の宿屋の娘」
☆☆☆
王のどうでもいい話を聞き流し終わった元魔王勇者は、城下街の宿屋へ戻ってきた。
今回、村から城に呼び出されるにあたって、宿をとってもらったのだ。
さすがに宿屋の代金は王国持ちだ。
なお、同行者は三名まで認められていたが、今回王都についてきたのは一人。
「ねえ、ルーファ! どうだった、王様? やっぱり、嫌なおっさんだった?」
そんなことをいきなり訊ねてきたのは、同行者の村娘リイナだった。
ショートカットのよく似合う、まさに天真爛漫といった雰囲気。明るい性格だ。
なぜ村娘がついてきたかというと、ルーファの家族だからだ。
とはいっても、血は繋がっていない。
ルーファは村外れに住む祖父とともに狩猟をしながら暮らしていたが、ルーファが五歳の頃に亡くなった。天涯孤独となったルーファをリイナの両親が哀れみ、引き取ってくれたのだ。
なお、リイナの両親は宿屋をやっており、ルーファはその手伝いをしながらこれまで暮らしてきた。とはいっても、辺境の村なのであまり旅人も訪れない。
なので、宿の周りの畑を借りて作物を育てたり、川で魚を獲ったり、山で山菜や木の実を採ったりして日々生活をしていた。ときには、祖父から教わった狩猟能力を生かして獣を仕留めたりした。
リイナは同年齢だがお姉さんぶる性格なので、なんとなく弟扱いされてきた。
ルーファは生まれながらにして魔王の記憶をすでに持っていたが、田舎で平和な暮らしを送るために、あえてそのことは周りに話すことはなかった。
そもそも、村外れで狩猟をする祖父とルーファは農業を主とする人々からはあまり好かれておらず、村八分に近い状態だった。
もちろんルーファを宿屋が引き取るという話になったときは、村人たちはいい顔をしなかった。いっそこの機会にルーファを村から追い出してしまえという者もいた。
だが、宿屋の主人は気骨のある人物だった。そんな意見には耳を貸さず、ルーファを家に迎え入れて、一緒に暮らし始めたのだ。
祖父との暮らしは味気なく、生きるための技術の習得するためのような毎日だった。
食べられる野草やキノコの種類、獣の倒し方、獣の皮を使った防具の作り方、そして、鉱物の見分け方などなど……。それはそれで楽しかったが毎日の会話は必要最低限で終わり、毎日がただ繰り返されるだけだった。
そして、祖父が亡くなり(具合が悪くなって翌日には亡くなった。周りに迷惑をかけない主義の祖父らしい死だとルーファは思った)、埋葬をし、一応、村役人にその旨を報告した。
五歳でも、ルーファは村の子どもたちとは一線を画す知能を有していた。その落ち着いた姿と大人びた話し方が、村人たちがルーファを避ける理由の一つでもあった。
人口三百人ほどの村だが、村役人は二名、村長が一名いる。山に囲まれた盆地状の村は裏街道に接しており、本当になにもない村よりはいくらか恵まれてはいた。
最初は祖父の残したボロ屋で一人暮らそうとしたルーファだったが、宿屋の主人によって強引に裏街道添いの宿屋で暮らすようになった。
そこで、お姉さんぶるリイナにあれこれ宿の仕事や他人との折衝などを学んだ。
宿屋とはいっても、この村には店がないので、日用雑貨品を売買する店も兼ねており、村人には欠かせない場所だった。
時には冒険者が酔って暴れることもあったが、宿屋の主人は屈強な腕力でだまらせた。
過去は語らないが、その身のこなしを見て、その宿屋の主人が、ただものではないと元魔王ルーファは見ていた。
そして、リイナの母親もまた元冒険者らしく、かなりの上級魔法まで使えるようだった。
あるとき、獣に襲われて深手をおわされた旅人が宿屋にほうほうのていでやってきたが、リイナの母親は回復魔法によって一発で回復させていた。
村人も、毒虫に刺されたり、獣と遭遇して傷を負ったときに宿屋に来た治してもらっていた。
そういう意味で、宿屋は村にとっての病院でもあった。
宿屋は村人にとってはなくてはならない存在だからこそ、宿屋の主人の意見は尊重されたのだ。
だから、リイナの父親がルーファを保護してくれたおかげで、こうしてルーファはこのボロ屋暮らしのときのような疎外感を覚えることなく暮らしてこれたのだ。
そして、今回、神託によって選ばれたルーファはリイナとともに城へ招聘されたのだ。
村人は昔のことがなかったかのようにルーファを誉め、讃えてくれた。
そんなに忙しくない宿屋とはいえ、仕事をほっぽり出して城へ向かうことには抵抗があった。だが、リイナの父親は、
『すげぇじゃねぇか! 勇者に選ばれるたぁなぁ!』
我がことのように喜んでくれた。
『リイナ、あなたもせっかくだから勇者の同行者としてついていきなさいね~♪ そして、一緒に冒険に出るのよ♪ うふふ、あなたと冒険してた昔を思い出すわねぇ~♪ あの頃のあなた本当に格好よかったわ~』
『よせやい、いまはただの宿屋の亭主だぜ!』
とかなんとかふたりで昔を思い出して盛り上がっていたが――ともかくルーファはリイナとともに村を出て王都にやってきたのだ。
なお、リイナは魔法使いの母親の血を継いで初級魔法を使える。そして、腕っぷしの強い父親から格闘を習っていたことで、魔法使い兼格闘家という珍しいタイプの冒険者になっていた。
一方で、ルーファはなんでも武器を使いこなせるが、とりあえず素早さを生かせて、なおかつ比較的安価な短剣を装備している。
ともあれ、今は城下町での宿屋。
城から帰ってきたルーファはリイナと会話を続ける。
「うむ、嫌な奴であったな」
「そっかぁ~。うちのお父さんも税金が高いっていつもブツブツ言ってるもんね~。村のみんなも年貢が高くなったとか言って愚痴ってたっけ」
前回の魔王復活と魔物の跳梁跋扈、それに伴う国土の荒廃は確かにあった。
だが、最近の税金や年貢率の上昇は復興のためではない。
王とその側近が画策する遷都のためだ。
今の城下町だけでも十分なのに、新たな城と街を建設するという。
そのことで建築土木関係に従事する者たちに仕事を与えるという公共事業的な面もあるだろう。
だが、側近の一部が業者と癒着して私腹を肥やすための遷都というのが庶民たちの見方だった。
遷都によって恩恵を受けるのは業者と城に務める役人たちぐらいで、新たな土地に店を構えるように半強制される商売人はたまったものではない。
このたび魔王がよみがえったといいうのに、その計画は中断することなく予定どおりに進めるという。本来、その金はこれから起こる魔物たちとの襲撃によって被害を受ける村や町のために使うべきである。
だが、王様や王族にとっては、自分たちが真新しい豪華絢爛な建物の中で暮らすことのほうが大事なのだ。
彼らの目は城内と、せいぜい城下街ぐらいにしか向けられていない。
どれだけ地方が困窮しようと、疲弊しようと、荒廃しようと、自分たちの豪華な暮らしのことしか考えていない。
魔王が復活して魔物が跳梁跋扈しようと、その本質は変わらない。
前回の魔王復活時も、大々的なパーティやイベントのたぐいは催されなかったが、王様や政治家たちはは毎晩贅をこらした食事に舌鼓を打ち、邸宅で秘密のパーティを楽しみ、勇者が遠方に旅立ってからは日々酒食と美妓に溺れていた。
勇者は知らなかったろうが、王都に潜らせていたスパイの魔族によってそんな王や王族たちの自堕落な暮らしは知っていた。そんな者たちのために命がけで戦う勇者たちを憐れんだものだ。
所詮、勇者は非正規雇用の使い捨て。
景気のいい言葉で送り出されるが、送り出されたあとは王たちは知ったこっちゃない。
自発的に魔物討伐のために旅をする冒険者たちも、魔物を税金をかけずに退治するために国としては黙認しているが、国営ギルドを通してしっかりと冒険者たちから金を吸い上げている。
「……真にこの国は腐っておるな。格差社会もここに極まれり。持つ者と持たざる者の差は拡大するばかりで、貧富も身分も固定されてしまっている。王都に来て、まずはそれを痛感したな……」
「ルーファは相変わらず難しい言葉づかいするよね~。それに話も難しいし……。あたしとしては、魔物を退治してお金を稼いで、お父さんとお母さんの暮らしを楽にしたいってだけだけどねぇ。あと、宿屋もいろいろとボロくなってきてるから直したいし」
理想主義的な元魔王勇者とあくまでも現実主義の宿屋の娘。
これはこれでうまくいってきたのが、ふたりの関係だった。
「で、ルーファどうするの? 王様に言われたとおり勇者として冒険に出るんでしょ?」
「王の要求を飲んだというよりは、我自身の目を持ってこの国を見聞せねばならぬと思ったのだ。どうすればこの国をよりよくできるのか、そして、復活した魔王が何者かも確かめねばならぬ。そして、この世界をどうしていくか……そのためには、こんなところにいては、なにも始まらぬ」
「つまり冒険に出る、でいいんだよね?」
「ああ、そういうことになるな」
しかし、元魔王勇者としてはかつての自分の配下である魔物を倒す気のも気が引ける。第九十八代魔王は理知的で慈悲深い、魔王史上、最も傑出した魔王であった。
しかし、勇者は魔物を倒さないと金も経験値も得られない。そうなると、レベルも上がらないし上等な武器や防具もそろえられない。レベル1の勇者では瞬殺されてしまう。
(……魔王であるときはすでにレベルが99であった上に武器や防具などもすでに最高のものを初期装備していたから、わざわざ買い揃えるは必要なかったのだが……勇者というのも面倒であるな。そして、魔物を倒すことでしかレベルが上がらない、お金を得られないというのはこの世界には構造的欠陥があると言わざるえないのではないか……?)
理想主義の元魔王勇者はいきなり難題に直面していた。
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