第2話「非正規雇用勇者VSパワハラ王様」

 勇者再臨、魔王復活――衝撃の事実は瞬く間に世界に広がっていった。


 当然、まず勇者は国王のもとへ呼び出されることになる。



 そこで、臣下の居並ぶ中、直々に魔王討伐を依頼されるのだ。


 これが代々、九十九回も続いてきたシキタリである。



 そして、いま――元魔王勇者は、王様の前にやってきていた。



(ほほう……こやつが王様か……)



 基本的に魔王城から出なかった第九十八代魔王は、初めてこの国の王様の顔を見た。



 十五年間の太平をたっぷり満喫したのか、王様はでっぷりと太っている。二重顎どころか三重顎に達するレベルだ。年齢は六十。髪も髭も白く、年齢以上に老いて見える。



 そのでっぷりとした顔に脂汗を浮かべながら、王様は弱り切った顔で勇者に口を開く。



「おお、勇者よ……そちも存じておるとおり第九十九代魔王が復活、災厄のときが訪れてしまった。……頼む、勇者よ、復活した邪悪なる魔王を倒し、世界に再び平和をもたらしてくれ」



(……まったく、復活してまだ悪行もしていないというのに『邪悪なる魔王』扱いするとはな……これだから人間というものは信用できぬ)



 これまでの魔王と勇者の歴史を見ても、一方的に魔王側が悪いということはなかった。



 もともと魔物たちが住んでいた森を破壊し、新たに村を作り始めたことで、人間と魔物は争うにようになった。魔物の上に位置する魔族としては、自然な流れで加勢して人間と戦うようになった。



 歴代魔王の中には人間との融和を模索するものもあったが……無知蒙昧な王と暴虐なる勇者によってそれは破られたのだ。



(勇者というものは、我ら魔族や魔物を殺しては金品や持っているものを強奪する存在であるからな。それに経験値と呼ばれるものを蓄積することでレベルアップするという……レベルアップに憑りつかれた勇者はさらに強い魔物を求めてわざわざ世界を放浪し、入らなくてもよいダンジョンにまで潜り始める)



 魔物側からすると、勇者は残虐で暴虐なる殺人鬼みたいなものであった。


 魔族の中には勇者と遭遇しても戦う意思がないものもいた。



 だが、金品と経験値を求める勇者はそんな魔族をも容赦なく殺し、むしろ、抵抗しないことをいいことに一方的な殺戮をし、金品とアイテムを奪う。



(これまでの勇者は本当に血も涙もない奴であった……しかし、どういうわけか、この代の勇者は元魔王である我。無益な争いは終わらせねばならぬ)



 そう決意をして、王様を説得しようとした元魔王勇者だったが――。



「そういうわけで、第九十九代勇者よ、魔王討伐の任を受けてくれぬか?」


「断る」


「そういうわけで、第九十九代勇者よ、魔王討伐の任を受けてくれぬか?」


「断る」


「そういうわけで、第九十九代勇者よ、魔王討伐の任を受けてくれぬか?」



 いくら断っても、王様は執拗に同じ言葉を繰り返してきた。



(ええいっ! この王様は壊れているのか? それとも我がうなずくまで、この問答を繰り返し続けるつもりかっ?)



 弱り顔のまま執拗に懇願を繰り返す王様に対峙する元魔王勇者。


 いきなり難敵の出現であった。



(ふむ……あるいはこれまでの歴史の中で冒険をしたくない勇者もおったのかもしれぬが……この王様の永遠に続く問答に根負けして、渋々うなずかざる者もいたのではないだろうか……?)



 一方で、王様の周りの臣下たちは表情を変えずに成り行きを見守っている。微動だにしない。



「むう……」



 いっそ、一度無理やり城を出てしまうのもありかと思ったが……謁見の間に通じる扉には精悍な近衛騎士たちが立ちふさがっている。レベル1の勇者ではそれを突破して外に出るのは不可能だ。



(もはやこれでは脅迫ではないか……人間の世界で言う『ぱわはら』というやつではないのか……? そもそも、この勇者という存在はいわば『ひせいきこよう』というもので、キツイ汚い危険の3Kというものではなかろうか……)



 博学な第九十八代魔王は人間世界の流行語まで知っていた。


 自分の魔王時代には、魔物たちに理不尽な雇用契約を強いることはなかった。



 基本的には、担当エリアへの出没は自由。勇者との戦闘を無理強いするようなことはなかった。


 だが、目の前の王様は勇者がいくら拒否し続けようと、こちらがうなずくまで延々と問答を繰り返してくる。



 しかも、あくまで『お願い』であって、『命令』ではない。



 これはつまり、王様の『命令』によって勇者が死んだ場合は遺族から賠償金を請求されるおそれがあるが、勇者が『自発的』に冒険に出た末に死んだのなら、王様に責任はいかないということだろうか。



(汚い。汚いぞ、王様。これが人間の王のすることなのか……)



 魔族の自主性を重んじる元魔王としては、同じ統治者として心底軽蔑すべき対象だった。



(……しかも、こやつは勇者に魔物退治は任せっきりで、自分は豪華な食事を並べ、美女をはべらせ、惰眠を貪る。騎士団を差し向けるなど勇者の支援をせず、いくら時間が経っても街を発展させることもない。まさに暗愚。無能の極みではないのか?)



 元魔王は、常に魔王城やダンジョンのトラップや宝箱の配置に余念がなかった。



 あまりに弱い勇者を倒してもしかたないので、わざわざ希少な武具を宝箱に入れたり、ダンジョンの中ボスにレアアイテムを持たせたりしたのだ。



 しかるに、人間の王様はなんという堕落しきった王であろうか。



(ふむ……いっそここでこの王を亡き者にするというのもありか……)



 現在、元魔王の勇者としてのレベルは1である。だが、こんな王、スライムを倒すよりも容易い。


 だが……レベル1の今の自分では、目の前の王を倒せても、周りの騎士たちには絶対に勝てない。



 第九十八代魔王の『記憶』は継承しているが、魔王としての『力』は受け継がれていないのだ。



(……魔王としての我はすでに最初からレベル99、カンストした姿で降臨するからな……そう考えると、いちいちレベル1から始める勇者のなんと弱きことよ)



 だからこそ、レベルを上げて『力』を手に入れた勇者はその力に溺れて殺人鬼のようになってしまうのだろう。逆に魔王は、最初から強烈な力を有しているので心に余裕があるのだ。



(……力なきものが力を得たときに悲劇は起こる、ということなのかもしれぬな……)



 元魔王勇者は哲学的な気持ちになりつつも、いまだ王様と対峙し続けていた。


 ちなみに、王様との問答は続いており、現在、五十回ほど断っている。



(このままでは埒が空かぬな……仮に王の殺害に成功しても、我が殺されては意味がない。勇者と魔王のパワーバランスが崩れたら、それこそ危険だ。現魔王がどういう考えの持ち主なのか、わからぬからな……。しかし、我が勇者なら、勇者が魔王ということもありうる話だ……どう出る、元勇者魔王……?)



「そういうわけで、第九十九代勇者よ、魔王討伐の任を受けてくれぬか?」


「ええい、本当にしつこいなっ! わかった、引き受ければいいのであろう! 魔王討伐の任、引き受けよう!」



 元勇者魔王が怒気を発しながら返事をすると、王様はこれまでの五十回を超える「お願い」がなかったかのように――それこそ、勇者が即答でうなずいたかのような反応で――鷹揚にうなずいた。



「うむ、さすがは勇者じゃ! 魔王討伐のために勇躍旅に出ようととは素晴らしき心意気じゃ!」



 王様の声にあわせて、それまで無表情で成り行きを見守っていた臣下たちが一斉に歓喜の声をあげる。



「さすがは勇者様だ」


「これで世界は救われる!」


「勇者様万歳!」



 王にあわせて喜怒哀楽をコントロールするさまは、まさに独裁国家の官僚たちのようだ。



(……真に不幸な国であるな……人間たちがここまで腐りきっておったとは……)



 元魔王勇者は、こんな連中のために命がけの冒険に出ていったこれまでの勇者に同情するのだった。



(……長い歴史の中で、王国の欺瞞に気づいた勇者もおったかもしれぬな……)



 それでも、勇者は毎回冒険に出て、魔王城にたどり着き、代々の魔王と死闘を繰り広げて勝利をおさめてきた。



 魔王討伐後の勇者については調べてこなかったが、おそらくろくな後半生ではなかったはずだ。



(我々魔族のような完全実力主義とは程遠いこの国では、勇者も息苦しかったであろう。本来、一番強くなった時点で勇者が国王になるべきであったのだ)



 たぬき顔で満足そうにうなずく脂ぎった王の顔を見て、魔王はこれまでの勇者の苦労を思った。



 きっと代々の勇者たちは、王城から遠ざけられて左遷させられたり、冤罪をなすりつけられて公職を追われたり、権力闘争にまきこまれて死に追い込まれたりと、本当にろくな目に逢わなかったことだろう。



 基本、勇者は脳筋の戦闘バカである。こんな海千山千の政治家たちの中で、うまくやっていけたとは思えない。元魔王勇者は、あらためてこれまでの勇者たちへの同情を禁じえなかった。



 元魔王勇者は寂寞たる思いのまま、その後の王のどうでもいい話を聞き流した。

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