★ビギナEND 【魔法使いであることを……】
「先輩……」
涙で霞んだ視界の中にはビギナがいた。
クルスと最も付き合いが長く、そして出会いと別れを繰り返した彼女。
ロナと同等か、もしくはそれ以上の彼の理解者。
「私を使ってください。遠慮はいりません……」
ビギナは彼をそっと抱き寄せた。クルスもまたビギナへ身を委ねる。
夕日が水平線の向こうへ沈み、夜が訪れる。
クルス達は絶海の孤島へロナを手厚く葬ると、そこを後にするのだった。
⚫️⚫️⚫️
東の魔女は滅び、聖王国には再び平穏な日々が訪れた。
誓いを交わしたクルス達だったが、ロナを失ったことにより、それぞれの気持ちに隔絶が生じる。
セシリーはフェアと、悲しみに暮れるベラを連れて樹海へ帰ってゆく。
「クルス先輩のこと頼んだっすよ。もう先輩を救えるのはビギッちしかいないっすから……」
ゼラもまたそう告げて、故郷へ帰ってゆく。
「行きましょう、先輩」
「……」
クルスとビギナは気持ちを落ち着けるために、暫しアルビオンに留まることにしたのだった。
アルビオンでのビギナとの生活は穏やかなものだった。
何の揺らぎもなく、ただただクルスは部屋で過ごし、ビギナの帰りを待つ日々だった。
心にポッカリと穴が空き、自分が生きているのか、死んでいるのかさえ分からない日々。
そんなある日のことだった――
クルスは今夜も、もはや使うことはないだろう弓を手入れを行なっていた。
それぐらいしかやることがなかった。やりたくはなかった。
不意に背後の扉が開き、気配を感じ取る。
「どうしたビギナ」
クルスは振り返ることなく、ぶっきらぼうに声をかけた。
反応はない。
ひたひたと、足音が近づいてくる。
銀の長い髪が視界の隅に映り、彼女の熱が背中越しに伝わってくる。
「……なんのつもりだ?」
クルスは何も纏わず、背中から抱きついてきたビギナへそう聞いた。
「私にはもう、貴方へ差し上げられるのはこれぐらいしかありません」
「……」
「もしも、これで先輩が元気になってくださるんでしたら私は……」
決意や恐怖などといった複雑な感情が混ざったビギナの声がクルスの耳を打つ。
「……もう魔法使いとしては活躍できなくなるんだぞ?」
「構いません。魔法使いである以上に、今、私は先輩の、クルスさんの支えになりたいんです」
「……」
「大好きです。傷ついている貴方を見捨てるなんて、もう私できません……」
失ったものはもう戻らない。いくら後悔したところで、今更遅い。
しかしいつまでも立ち止まっている訳には行かないとも思った。
クルスはビギナの願いを受け入れた。
まるで初めてロナに出会ったときのような、満月の夜だった。
⚫️⚫️⚫️
そして数年後――
聖王国において、近年と銘醸地といわれるようになった"ショトラサ地方"
多数のブドウの木が植えられたそこに、クルスの姿があった。
彼は広大な農園へ、まだ若く頼りないが、可能性を感じさせるブドウの苗を植えている。
「この畑には誰の名前をつけるんですか?」
クルスへ、出産間近でお腹を大きく膨らませたビギナが声をかけてくる。
妻からの問いに、クルスは一瞬躊躇ったものの、
「……ロナにしようと思う」
「……じゃあ、これで全員ですね。ベラ、セシリー、フェア、ゼラ、ロナ……ようやくみんな揃いましたね」
彼女はロナと名付けられた畑から見える、四つのぶどう園を見下ろし、目を細めた。
「手伝います」
「出産が近いんだ。俺だけで十分だ」
「でも……」
クルスは立ち上がった。手についた泥を少し払って、ビギナの頭を撫でる。
妻はくすぐったそうに、しかし嬉しそうに顔を綻ばせる。
「頼む。もうその体はビギナだけのものじゃないんだ」
「そうですね……ねぇ、貴方」
「ん?」
「まだお金とか、色々苦しいのは確かだけど……でも、今私は幸せです」
「俺もだ」
畑の中で、二人は口づけを交わす。
ロナを失った傷跡はまだ時々クルスを苦しめている。
しかしいつまでも立ち止まっている訳には行かない。
自分を立ち直らせるために、魔法使いとしての未来を捨て、伴侶となってくれたビギナのためにも。
「貴方」
「ん?」
「これからもずっと一緒にいてくださいね」
「……ああ」
ビギナEND
*次の更新がトゥルーエンドです。お楽しみに。
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