第103話抱っこ要求


「よぉし、出立じゃ! 目指すは東の魔女の塔! 魔女へワシらビムガンの恐ろしさを思い知らせちゃれ!!」


 フルバの豪快な宣言に、戦闘民族ビムガンの優秀な男女の戦士たちは、勇ましい声を上げて応えた。

1000のビムガンが続々と、ティータンズから東の魔女の塔へ向けて、進みだす。


 その様子をクルスたちは魔法学院校舎の屋上から眺めていた。

 踵を返せば、そこには彼を慕い、そしてこれからも共にありたいと願う仲間たちがいる。

 

「皆! これが恐らく最後の戦いだ! 魔女に鉄槌を! 皆の世界に平穏を!」


 クルスは拳を突き出す。真っ先に小さな拳を出してきたのはビギナだった。

 

「先輩やロナさん、みなさんのおかげで今の私があります! 頑張りますっ!」

「タウバに先日の屈辱を百倍にして返してやるわ!」


 セシリーも拳を突き出す。

 

「魔女を退治して、またリンカたちと遊ぶのだ―!」


 ベラは少し背伸びしつつ、拳を出す。

 

「騎士の誇りにかけて!」


 フェアも勇ましい発言と共に、拳を重ねた。

 

「ウチらの恐ろしさ、魔女に見せつけてやろっす!」


 ゼラの勇ましい発言と、力強い拳には誰もが心強さを覚えた。

 そして最後にロナがそっと拳を添えて来た。

 

「きっと私たちなら魔女に打ち勝つことができます! 頑張りましょう、みなさん! 私たちは新たな“七英雄”ですっ!」


 クルスを中心とした七人は互いに顔を見合わせ、頷きあった。

 

「クルスさん、みなさん!!」


 その時、甲高い声が響き渡った。視線を向けると、そこにはリンカとオーキスの姿があった。

 

「頑張ってください! 応援してます!」

「みんなの未来をお願いします!」


 幼い二人の魔法使いからの激励に七人は円陣を解散し、笑顔をで答える。

 その中でも、ロナはひと際強く、車いすの肘置きを握り締めてている。

そんな彼女の決意に満ちた拳へ、そっと手を重ねた。


「守ろう、あの子たちの未来を」

「はい。クルスさん……最期の時まで、一緒に……」

「……分かってる」


 もはや言葉は必要ない。成すべきことを成すのみ。

 

「行くぞ出陣だ!!」


 クルスの指示が飛び、屋上で飛び立つを今か今かと待ちわびていた、二匹の飛竜が咆哮を上げる。

七人はそれぞれの役割に沿って、分乗して飛び乗って行く。

 

「セシリー、そっちは任せたぞ」

「クルスっ!」


 立ち止まり振り返ると、もう一方のリーダーに任命したセシリーが、飛竜には乗らず俯き加減で佇んでいた。


「どうかしたか?」

「あの、えっと……っこ……」

「っこ?」

「だ、抱っこしてっ!! ちょっと不安ていうか、そういう気分なのよ!!」


 セシリーの意外な大絶叫が響き渡り、一同は唖然と視線を注いでいる。

しかし当のセシリーは、顔を真っ赤に染めつつも、構わず求めの視線を注ぎ続けている。


 クルスはロナを見た。既に飛竜の背中に乗っていた彼女は優しく微笑み、頷き返す。

 一応確認を得たクルスはセシリーへ歩み寄った。


「これで良いか?」


 クルスはセシリーを胸へ抱き寄せる。

すると、ずっと強張っていたセシリーの肩から力が抜けた。


「うん、ありがと……。ごめん、我ががまま言って……」


自然と彼女の体重がそっと胸へ寄り添ってくる。

やはり大役に不安を感じているのか、僅かに体が震えている。


「やはり不安か?」

「さすがに、ね」

「すまないな、大変な役を押し付けて」

「大丈夫よ、もう。だって、こうして力貰えたから」

「そうか」


 クルスはより強くセシリーを抱きしめる。

彼女もまた応じ、抱きしめ返してきた。


「待っているぞ」

「うん。私はクルスと違って嘘は付かないわ」

「なんだ、まだ根に持っているのか?」

「ふふ、冗談よ」

「この続きは……」

「帰ってからでしょ? クルスがたくさん可愛がってくれるの、楽しみにしてるわね!」


 二人はどちらともなくお互いから離れてゆく。

そして戦士としての視線を交わした。


「頼んだぞ、セシリー!」

「ええ! 頼まれたわ! クルス! 必ず成功させてみせるわ!」


 クルスとセシリーは過ぎ去りざまに、互いに手を打ち合う。


「お嬢様、お手を」

「ありがと」


 セシリーはフェアの手を借りて、飛竜の背中へ乗る。

すると、フェアは鉄面皮を崩し、優し気な笑みを浮かべた。


「なによ、にやにやしちゃって?」

「申し訳ございません。しかし嬉しくて……お嬢様が、幸せそうで……」

「フェア、あんた……」


 人間でだった頃から、時に激情に駆られて皆に迷惑をかけた時でさえも、フェア=チャイルドは常にセシリーへ寄り添ってくれていた。フェアこそ、セシリーにとって、姉であり、母親であり、真の家族。

 これかもずっと共に有りたい、大事な存在であると改めて確認する。


「さぁ、行くわよ、フェア! 魔女を私たちの手でぎゃふんと言わせてやりましょう!」

「承知ッ!」

「ベラも、ゼラも、気合入れてくわよ!」


 一方の飛竜にはクルス、ロナ、ビギナ。

もう一方にはセシリー、フェア、ベラ、ゼラ。


 それぞれを背に乗せた、二匹の飛竜は雄々しく翼を開いて空へ舞い上がる。


 大きく手を振るリンカとオーキスの見送りを受け、目下で未だに残存する敵の排除を必死に行う冒険者や兵士の姿を目に焼き付けながら、七人は飛竜でティータンズを飛び立つ。


 

 ここに“東の魔女タウバ”との決戦の火蓋が切って落とされたのである。

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