第74話いざ、樹海へ!




「少しでかけてくるわね、ガーベラ」


 黒髪の女白呪術士モーラ=テトラは、未だ眠っている義理の妹の"ガーベラ=テトラ"の頭を優しく撫でた。

撫でられたガーベラは目覚めはしないものの、気持ちよさそうに頬を緩ませる。


「留守の間ガーベラのことを頼みます」

「……はっ!」


 学園に潜み、実子であり、最有力後継者候補のガーベラを守る"テトラ家の影"はどこから共なく応えた。


「モーラ様」

「……?」

「お気を付けください。貴方はガーベラ様にとって必要なお方。必ず無事にお戻りになられますよう願います」

「ありがとうございます。必ず戻ります。では行ってまいります!」


 誰かに必要とされている。その喜びを噛みしめつつ、モーラは魔法学院を出てゆくのだった。



⚫️⚫️⚫️



「皆、揃ったな?」


 夜明け前の魔法学院の正門前。そこにはクルスを含めた5人が集っていた。


「出立のまえに各々の自己紹介をしておきたいと思うがどうだろうか?」


 クルスの問いに一同はうなずいた。この5人は、これから共に命を守り合う間柄。多少でもお互いのことを知り、理解を深めるのは必要なことだった。


「では改めて、自己紹介を行いたいと思う。俺はクルス。弓使いの冒険者だ。俺には"状態異常耐性"といって、あらゆる状態異常を無効にする力があり、更にそれをためこめば、攻撃へ転用できる。よろしく頼む」


 クルスが目配せをすると、隣のビギナは頭を下げた。


「ビギナです。魔法使いです。得意な属性は水です。あと、多少闇属性魔法の知識があります。先輩……クルスさんには冒険者を始めたときからお世話になってます! よろしくお願いします! はい、ゼラ!」


「ういっす! ウチはゼラ! 大剣使いの冒険者で、御覧の通り、ビムガン! んで、ビギッちのパートナーで……あーあとはなんかあったけ……ああ、そうそう! ちょーっとだけ火属性魔法が使えるっすが、ウチの本気はなんてったって、武芸マーシャルアーツの一つ、猛虎剣タイガーソードっす! 一生懸命みんなの壁になるっすから応援うよろしくっす!」


 ゼラが頭を下げると、モーラがビギナ以上に綺麗で、しとやかなお辞儀をしてみせた。


「モーラと申します。微力ではありますが白呪術にて皆様をバックアップいたします。どうぞよろしくお願いいたします。では、最後をお願いいたします」


 モーラが再び恭しく頭を下げると、一番小さなベラはふんぞり変えるように胸を張った。


「ベラなのだ! 宜しくなのだぁ!」

「……それだけか?」


 クルスがそう聞くと、ベラはよくわらないと言った具合に首を傾げた。クルスはため息を吐く。


「代わりに俺が紹介しよう。ベラはマンドラゴラという魔物で、ロナ……アルラウネから分化した存在だ。たしかゼラは秋ごろに仮面を着けたベラと対峙していたな?」

「あーやっぱし! なんとなく声を聞いたことがあったような気がしたっすよ! しっかし、こんなに人間みたいなマンドラゴラは見たことないっすね」

「先輩、もしかして以前、"ちびがどうの"っと言ってたのって、この子のことだったんですね?」


 ビギナはほっとした顔でそう言った。

たしかに、誤解を産む言い方だったと、クルスは改めて反省をした。


「ちびじゃないのだ! ベラなのだ! 同じチビなお前に言われたくないのだ!」

「なっ――!?」


 ベラに指摘されたビギナは大人気もなくぷっくり頬を膨らませる。そんなビギナをゼラは、「まぁまぁ」と諫めたのだった。


「今回はねえ様のために協力してくれてありがとうなのだ! 僕からもありがとうを言わせて欲しいのだ!」


 ベラはそう叫んで、頭をさげる。


「あら? 丁寧なマンドラゴラさんですね。どういたしまして」


 モーラは笑みを浮かべ、


「気にすることないっす! 困ったときは人間も魔物も関係ないっす! しっかし、いい子っすね。チビって言われて怒っちゃうビギッちより人間できてるっすね」

「ちょ、ちょっと、ゼラ酷いよぉ!」

「でへへ! 僕はビギナよりも丁寧でいい子なのだぁ!」


 すっかりベラは他の3人とも馴染んでいた。さすがは冒険者"ドッセイ"として人の中へ紛れていただけあって、しっかり処世術を会得しているらしい

 

 最初はベラが魔物だということを言わざるべきかと思っていたが、クルスの取り越し苦労のようだった。


「よし、紹介が終わったところで、早速樹海へ向かうとしよう。ビギナ!」

「はい!」


 ビギナは元気よく返事をし、左腕の様子を確かめる。問題なく、滑らかに指が動いた。すでに石化は完全に解除されているらしい。


「では皆さん、準備はいいですね?」


 クルスたちは一斉に表情を戦いのソレへ引き締めた。

  

 ビギナは一呼吸置き、そして人の耳では聞き取れない、高速詠唱を紡ぎ出す。

彼女から青白い輝きが迸り、足元を輝かせてゆく。その輝きはクルスたちの足元にまで達し、一同を青白い輝きで染め上げた。


「行きます! ――転送テレポート!」


 錫杖がリンと鳴り響き、足元の輝きが爆ぜた。ぐにゃりと、一瞬視界が捻じ曲がる。しかしそれもほんのわずかな時間。

すぐさま乾いた土と木々の匂いが鼻腔を充満させる。


 早朝の薄闇の中では、悪魔系魔物の手のような葉を散らした木の枝が空を覆っていた。

その向こうでは巨大で無気味な"ラフレシアの花"が、我が物顔で咲き誇っている。


 あそこにロナがいる。きっとクルスが来るのを待ってくれている。


 彼は真先に飛び出そうと爪先へ力を込める。しかし、踏みとどまり、耳へ意識を集中させた。


「早速の歓迎だ! 全員、戦闘準備!」


 クルスの号令が走り、各位はそれぞれの武器を手にする。

 次第に不快な羽音が近づいてくる。薄闇の向こうへ、赤い火の玉のような無数の輝きが浮かび上がる。


「陣形――ダイヤモンドクロス! ビギナ、決め手を頼む!」

「はい!」


 五人パーティー専用の陣形"ダイヤモンドクロス"

前衛3人の物理攻撃メンバーが敵を引きつけ、中衛が全体を守り、後衛の魔法使いがバックアップする、バランスの取れた戦闘陣形である。


 木々の間から数え切れないほど危険度Cの魔物ーー毒蜂デスキラービーが姿を表す。

この魔物にトラウマのある先鋒のゼラは一瞬怯んだ。


「今はあん時のウチより強いっす! ビビっちゃダメっす!」


 ゼラはあえて自分へそう言って聞かせて、大剣を肩に抱えて疾駆を続ける。もはや彼女の歩みに迷いは一切ない。


「ちぇーすとぉーっ! っす!!」


 独特の掛け声と共に大剣を振り落とせば、太く長い刃は何匹もの毒蜂を叩き斬る。

そればかりか激しい風圧が巻き起こり、毒蜂の飛行を狂わせる。

更に激しく打ち付けられた大剣は地を穿ち、激しく砂塵を巻き上げた。

 急変する環境に、毒蜂の軍団は混乱をきたす。


 そしてそんな毒蜂の軍団へ向かって、ゼラの背中を踏み台にし、二振りの短い刃を持った影が突っ込んでゆく。


「どっせい!」


 ベラも独特の掛け声と共に、逆手に持った双剣を鮮やかに振る。正確で素早い斬撃は毒蜂の頭部と胴を綺麗に切り飛ばす。

いくら生命力が強い虫型魔物であろうとも、頭と体を切り離されてしまえば、一撃必殺である。

 ベラは調子良く、飛んだり跳ねたりを繰り返して、砂塵の中で毒蜂の駆逐を続ける。

すると脇の少し濃い目に立ち込めていた砂煙の中から、突然毒蜂が飛び出して来た。

鋭い針がベラを肉薄するも、直前でベラの姿消えて、毒蜂の攻撃は空ぶった。


「遅いのだ!」


 ベラは背中から生やした蔓を頭上の太い木の枝に巻き付け回避していた。

 毒蜂の複眼がベラを見上げるも、時すでに遅し。


「どっせぇぇぇぇい!!」


 ある程度の衝撃を兼ね備えたベラのバインドボイスが毒蜂へ降りかかった。

音圧は毒蜂をその場に釘付けるばかりか、音圧で外殻を押しつぶし、次々と絶命させてゆく。

そんな仲間の毒蜂の死骸を盾にして、ベラのバインドボイスを逃れた一匹がぶぅーんと迫りくる。

 ベラは慌てて蔓を解いて着地をしようとする。が、針の先端はしっかりとベラへ狙いを定めていた。


「びぎぃっ!」


 すんでのところで、毒蜂は奇声を上げて、体液を散らしながら落下した。

毒蜂の後頭部から打ち込まれた矢が、複眼と複眼の間を鋭く貫いている。

綺麗な一撃必殺クリティカルヒット


「ベラ! ゼラ! 俺が援護する! 気にせず戦え!」


 クルスは毒蜂を射抜きながら、叫んだ。

ベラとゼラは短い首肯をして見せて、次の標的へ向かっていった。

クルスも二人の動きと自分の周辺を警戒しつつ、矢を放って援護を続ける。

 それでも何匹かの毒蜂はクルスを超えて、後方へ飛んでゆく。


 すると、クルスの背後で、暖かくそして眩い光が輝いた。


聖光壁ホーリーウォール!」


 モーラの美しい声音に乗って、邪悪を退ける白色の輝く壁が現出した。

それは飛来した毒蜂を弾いて、焼き、灰へと変えてゆく。


 たとえ養子だろうとも、魔法大家と評されるテトラ家の一員。

その実力は折り紙付きであった。


 クルスを含む前衛三人は戦線を維持し続け、中衛のモーラが撃ち漏らしを魔法で防ぐ。

しかし毒蜂は次々と樹間から現れて、終わりが見えない。


「皆さん! 始まります! 私のところまで下がってください!」


 モーラの叫びが響いた。クルスたち前衛は目の前の敵を叩き潰し、全力でモーラの元へ向かってゆく。

彼女が発生させている聖なる輝きの内側へ入り込む。


 そしてモーラの後ろ、一党パーティー最高後方から荘厳な青白い輝きが迸った。


「行きます! メガアクアショットランス!」


 ビギナはリンと錫杖を鳴らして突き出し、鍵たる言葉を叫んだ。

いつもよりも遥かに大きな水の大槍が、水しぶきを散らしながら飛んでゆく。

槍は木々を木っ端微塵に粉砕し、毒蜂を巻き込んだ。ある個体は大槍に貫かれ、またある個体は水圧によって押しつぶされて絶命する。


 圧倒的なビギナの水属性魔法は、毒蜂の集団を壊滅させ、道が開かれた。


「クリア! このまま一気にラフレシアへ急ぐぞ!」


 クルスは状況の終了を叫びつつ、駆け出す。彼の一党たる仲間たちは迷わずダイヤモンドクロスの陣形を維持しつつ、先を急ぐ。


 急造パーティーではあるもののクルスたちの連携は完璧。更に、メンバー全員は逸材揃いである。


(行けるぞ、これなら! 待っていろロナ! 必ず迎えに行くからな!)


 クルスは目前に雄々しくそびえる不気味なラフレシアの花を見上げつつ、決意を再確認する。

そして再び、新たな敵がクルスたちの目前を塞ぐ。


 相手は、獣の死骸に植物が取りついたビーストプラント。

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