第62話偉大なる魔法使いの片鱗



「冒険者は生き残ることが最優先だ! 今は逃げて、機会を伺うんだ!!」

「ちょっと、おじさんなにいって……んぐっ!?」


 ロナの蔓がサリスの口を塞いだ。ファインプレーである。


「そ、そうだよ! リンカ、逃げてっ! お願いっ!」


 やはりリンカのことを常に気にかけていたオーキスは予想通りの言葉をいってくれた。


「リンカさん! 迷わないで!」

「そうっす! 早くするっす! ウチらのことは気にしないっす!」


 ビギナとゼラもそう声を上げる。後輩を思いやる2人の言葉に、クルスは胸へ熱いものを感じた。

なによりも自然に出たとはいえ、この状況では非常にありがたい言葉だった。


「皆さん……! で、でも……!」


 皆の言葉を受けても、リンカはただ狼狽えているだけで、行動を起こそうとはしない。

そんなリンカの様子を見て、ラフレシアのセシリーは不愉快そうに鼻を鳴らす。


「情けない! あんたをみているとイライラするのよ!」


 セリシーは忌々しそうにリンカを蹴り飛ばした。リンカの小さな体が地面の上を玉のように跳ねながら転がってゆく。


「うっ……い、痛いぃ……痛いよぉ……」

「リンカ! 逃げて! 早くっ!!」


 オーキスの悲痛な叫びがこだまする。しかしリンカは地面に蹲ったまま、涙をボロボロとこぼすだけだった


「ほら、立ちなさいよ? 立たないの? って、弱虫なあんたが立つわけないわよね? ずっと他人の後ろに隠れてばかりで、自分ではなにも決めない、なにもしないあんたにそんな力あるわけないわよね!」

「……」

「じっとしていたいのなら、そこでみていると良いわ! 貴方の大事な仲間が私の鞭の餌食になって苦しむ様をね!」


 セシリーはそう言い放ち、クルスを見た。

何故か視線には激しい憎悪のようなもの伺え、背筋が思わず震え上がった。


(あいつ、まさか本気で俺を!?)


「さぁ、私を蔑ろにした罰よ! 覚悟なさいクルスっ!」


 セシリーは棘の鞭を振り上げる。


「お嬢様!?」

「ちょっと待つのだぁー! しゅこぉー!」


 さすがにマズいと思ったのか、マタンゴのフェアとマンドラゴラのベラは止めようと駆け出す。


 そんな中、クルスは目下がわずかに"赤い閃光"に照らされていると気がつく。


「ちっ!」


 セシリーは鞭を下げ、その場から飛んだ。

 "ゴオォッ!"と激しく燃える火球が、それまでセシリーのいたところを飛んでゆく。

 

「決められるもん……!」


 魔法の杖を突き出したままのリンカは、涙をこぼしながら立ち上がっていた。


「私だって自分で決められるもん! みんなを置いて逃げるなんてできないもん! みんなが死んじゃうなんて嫌だもん! 大好きな人が居なくなっちゃうのはもう嫌だもん!」


 リンカが熱い言葉吐く度に、小さな体の奥から"赤い魔力の輝き"が噴き出した。

そして真っ赤に輝く魔法の杖を横へ構える。唇が素早く動き、一瞬で詠唱が完了する。

魔法の杖が更に輝きを増した。


「みんなを返えせーっ! フレイムウィップっ!!」


 火属性の力を鞭のようにしならせる、相手を打ち据える――それがフレイムウィップと魔法の基本性能だった。

しかしリンカの放ったソレは、まるで刃のようにクルスたちを吊し上げる蔓を根本から焼き切った。

同時に発せられた熱は瞬時に周囲の空気を熱く焦がす。

 さすがのセシリーたちも、身の危険を感じたのか、近づけないでいた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「G、GYO !」


 と、肩で息をしていたリンカの背後から、すっかり忘れ去られていた討伐対象の蟹型魔物:ハインゴックが襲いかかる。

 リンカは金色の髪を振り乱しながら踵を返し、青い瞳に襲いかかるハインゴックを映す。


「フレイムショットランス!」

「GYO――……!!」


 突き出された杖から炎で形作った大槍が飛び出し、ハインゴックを突き刺した。

 水に属するハインゴックと、リンカの得意とする火属性は反属性で、相性は最悪である。

しかしリンカの呼び起こした炎の大槍は、属性の不利などまるで感じさせず、ハインゴックの腹へ大きな風穴を開けていた。


「はうぁー……」


 魔力を使いすぎたリンカは情けない声を上げながら倒れてゆく。

そんな彼女を救出されたオーキスとサリスが左右から受け止めるのだった。


「リンカ、ありがとね! さすがだね!」

「……さっきの魔法ってビギナさんのアクアショットランスの応用だよね? いつの間に覚えたの?」

「み、見よう見真似で……上手く行ったかな……?」

「ふーん……さぁて、このサリス様を縛ってくれた落とし前、どうつけてもらうかなぁ! きひ!」


 サリスは好戦的な笑みをセシリーたちへ送った。

オーキスもリンカへ肩を貸しつつ、木の棒を構えた。


「さぁ、これで形成逆転です! 覚悟してください!」

「そうっす! ここで討伐してやるっす!」


 ビギナとゼラもそれぞれの武器を構えた。


 すっかりセシリーたちは取り囲まれてしまい逃げ場がない様子。

 ここまでの展開になるとは予想外のクルスだった。


【この状況、どうするのよ!?】


 セシリーは口だけを動かして、クルスへそう文句を言ってきた。

 フェアとベラも不安げな視線を、とりあえず弓を構えたクルスへ向けてくる。


(どうするべきか……やはりここはロナに……)


 考えをまとめている中、周囲へ轟音が響き渡った。

体は力からの揺れを感じて、不安が胸のうちへ膨らんでゆく。


「全員、いますぐその場から離れろ!」


 クルスの叫びが響き渡るのと同時に、大きな砂柱が沸き起こった。

そして地中から奇声を伴いながら、巨大で無気味な存在が姿を表す。


 黄金色の体表。そして特長的な三つ首。

 先日クルスたちが討伐したゴッドラムゥを横取りしたアルラウネと同じく危険度SSと評される魔物――王地竜キングワーム


 キングワームの首の一本が素早く、リンカが倒したハインゴックの死骸へかじりついた。

幾重にも連なる鋭い歯牙がバリボリとハインゴックの青い甲羅を噛み砕く。


 片や、もう二本の首は奇声を発して、クルスたちを威嚇していた。


 長い首が手当たり次第に暴れ回る。木々はなぎ倒されて、地面はひしゃげ、キングワームによって森は意図せず切り開かれている。


 皆、暴れ回るキングワームから逃れるのが精一杯で、攻撃に転じられていない。

それはクルスも同様だった。

 

 するとクルスの脇へにゅるりとロナの蔓がやってきて、落ち葉や枝のついたポンチョを差し出した。


「ほら、これも必要でしょ?」


 セシリーも木製の仮面を差し出してきている。


「助かる。ありがとう」

「やるわよ、クルス!」

「ああ!」


 クルスはポンチョを羽織り、仮面をつける。

 その姿はまさに、森の中を歩き回り、呪いをかけて回るという魔物――人面樹トレント


「みな! あの魔物は樹海の脅威だ! 殲滅するぞ!」

「ええ!」


 セシリーは新しい棘の鞭をを手にし、


「承知!」


 フェアは腰の鞘からサーベルを抜いた。


「ようやくまともに暴れられるのだ!」


 仮面をつけたベラも双剣を抜いて逆手に装備する。


「アタック!」


 人面樹の怪人となったクルスの合図で、魔物たちはキングワームへ突っ込んでゆく。

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