第34話冒険者殲滅戦――<胞子舞う谷底>(*敵冒険者魔法使い視点)



「こりゃいいぜ! ははっ!」

「キャウッ――……!?」


 目の前の片手剣使いは、満身創痍のブレードファングヘとどめを刺して笑みを漏らした。

 他の冒険者も同じく、“本来の目的”を忘れて、すっかり魔物や動物を狩ることに夢中になっていたのである。


「オラオラ、魔物ども! どうしたどうしたぁ!」

「へへっ! より取り見取りってなぁ!」

「フェアとセシリーなんざ知るかよぉ!」


樹海には希少価値の高い素材元となる魔物が多い。加えてパーティーが危険に陥れば魔法使いが常にバックアップしてくれる。この広い森の中で、たった二人の人間を探すなど途方もない作業だった。

ならば適当に探すふりをして、見つけられなかったと言えば良い。そう大多数の参加冒険者は考えていた。


(このままではまずいな……)


 しかし随行する“黒ローブの魔法使い”は、生真面目に現状が依頼主の本意に沿ってはいないと強く感じていた。


 ならば声を張り上げて真面目に探索するよう促すか? そんなので聞き入れてもらえるのか? 諦めて自分も同じようにただ適当に探すふりだけをすれば良いか。


 そう頭を悩ませる黒いローブ視界に突然、赤と金色をした何かが過った。


 緑の間にちらちらと見える赤い花のようなシルエット。


「セシリー=カロッゾだと!?」


 黒ローブがそう叫ぶとと、狩りに夢中になっていた冒険者集団は一斉に視線を、同じ所へ寄せる。


 やや樹木の間が離れた陽だまりの中に、不自然に存在する少女の姿。


 頭に不思議な赤い花を付けているものの、黄金の髪、赤いドレス、小柄な背格好――依頼主バグ=カロッゾより聞かされた、行方不明の令嬢セシリー=カロッゾに間違いなさそうだった。


「うふっ……ふふふっ……」


 不気味な赤い花を頭につけたセシリーは、にやりと笑みを浮かべて、森の奥へと走り去ってゆく。

不思議な甘い匂いが、彼らの鼻腔を掠める。

 途端、胸の内から“不思議な衝動”が沸き起こった。



 追わねば。捕まえねば。セシリーをこの手に収めねば。


 黒ローブを含む、冒険者一党はそうした“強い衝動”に突き動かされ、セシリーを追って走り出す。


 そうして無我夢中で樹海の中を駆け抜けて行くと、黒ローブ達は深い渓谷に入り込んでいた。


「おいお前! セシリー嬢を見なかったか!?」


 魔法使いの背中に、不思議な質問がぶつけられた。

振り返るとそこには、別動隊の緑ローブの魔法使い指揮する一党がいた。


「なんだい!?、これはどういう状況だい!?」


 再び踵を返すと、また青ローブの魔法使いがバックアップするパーティーが集まっていた。


 フォーミュラの指揮に従って、別々に行動をしていた筈の黒、緑、青の3パーティーが、何故か狭い渓谷の中で集結している。


 黒ローブは嫌な予感を抱く。


「雪……?」


  一人の冒険者が、空からはらりと舞い降りてくる“雪”のようなものを見上げて、そう呟いた。

しかし季節は夏。空は晴れ渡り、燦燦と太陽が照り付けている。雪が降る季節ではない。


「ぐ……ああっ!」


 別の冒険者が大声をあげて、崩れるように倒れた。


「な、なんだこれはぁー……!?」

「か、身体が……!!」

「全員今すぐ口を覆え! その“胞子”を吸うなっ!!」


 黒ローブは自らも口元を覆いつつ、注意を促す。しかし、彼の周りにした冒険者たちは、次々と地面の上へ突っ伏してゆく。


「ぎゃっ!!」


 今度は渓谷に悲鳴が響き渡った。槍使いの男が血飛沫を上げながら、崩れ去る。

 その先に居たのはまるで“茸”を思わせる傘を被り、サーベルを携えた女騎士。


 何故、茸のような珍妙な傘を被っているかはわからない。ふざけているのか。変装のつもりなのか。

だが、傘を被っていようとも、その下にある顔は、バグ=カロッゾ邸で晒された写し絵と相違なし。


「フェア=チャイルドだ! 奴を捕らえるんだ!!」


 黒ローブはそう指示し、“状態異常回復魔法”を周囲へ放った。

 身体が動くようになった数人の冒険者は、それぞれの武器を手に、赤い茸のような傘を被ったフェア=チャイルドへ突撃を仕掛ける。


「カハッ!!」


 突然フェア=チャイルドは大口を開いた。。

彼女の喉の奥から、まるで球のように固められた“白いもや”が、空を切りながら鋭く吐き出される。

例えるならば、それは“靄の砲弾”


 しかし威力はさほど高くないのか、接近していた冒険者は軽く吹き飛ばされたのみだった。すぐさま体制を整え立ち上がろうとする。

瞬間、冒険者たちの手から、するりとそれぞれの武器が零れ落ちた。


「や、やはりこれは麻痺毒――ぎゃっ!!」


 フェア=チャイルドのサーベルが遠慮なく冒険者を切り裂いた。

赤い傘を被った赤い女騎士の、まるで踊っているかのようなサーベル捌きは、麻痺した冒険者たちを次々と刈り取って行く。


 血に染まったサーベルを携え迫り来る、明確な“殺意”を持った赤い襲撃者に黒ローブは息を飲んだ。


「き、君たち手伝え! 一気に叩くぞ!」


 黒ローブに呼応し、緑ローブと青ローブが杖を掲げた。

それぞれの唇が震えだし、高速詠唱を紡ぎ始める。


「させん! カハッ!」

「「「ぎゃっー!!」」」


 フェア=チャイルドは再び“靄の砲弾”を口から吐き出し、黒ローブたちを吹き飛ばす。

今度は先ほどのものとは違い、今度の靄はわずかに青みがかっていた。


(こけおどしか! ならば!)


 黒ローブは起き上がることよりも、杖を掲げて、詠唱を紡ぐことを優先する。


「あ、あが、あひゅ!?」


 しかし声が出ず、発声とは思えない掠れた音が唇の間から漏れ出すのみだった。

何度も声を出そうとするが、喉からは掠れた音しか出てこない。


「どうだ! 我が“沈黙胞子弾サイレンスシュート”は! それで祝詞を紡げまいっ!」

「あぐっ!?」


 フェア=チャイルドは、立ち上がったばかり青ローブをサーベルで切りつけた。

 血を流して倒れた青ローブの身体から魔力の輝きが溢れ出る。彼がバックアップしていたパーティーの一党は、命の危険が迫った時に、強制的に発動させる“退避魔法エスケイプ”によって、煙のようにその場から姿を消す。


「次は貴様だ」

「あがっ!?」


 フェア=チャイルドは緑ローブを蹴り飛ばし、杖をへし折ると、サーベルを腹へ突き刺す。

緑ローブのパーティーも消え、残っているのは黒ローブのみとなった。


「脆弱な。やはり声を失った魔法使いなど、魔石と同様だな。くくっ」


 フェア=チャイルドは、楽し気な様子で、血に染まったサーベルを携えながら近づいてくる。

 黒ローブは自分へ足音を立てて迫る“殺意”に恐怖した。


(こ、こいつはフェア=チャイルドじゃない! 人間じゃない! 魔物だ!!)


 黒ローブは、肩に掛けたポシェットから慌てて“退避魔法”の文字魔法が書かれた羊皮紙を取り出す。文字魔法は詠唱魔法に比べて効果が三分の一に落ちてしまう。黒ローブが記した文字魔法では、自分を転移させるだけで精いっぱいだった。

 しかしこの状況でなりふり構ってはいられない。

黒ローブは自分の一党を見捨て、一人転移し森を脱するのだった。


「仲間を見捨てたか。愚劣な奴め……!」


 赤い茸のような傘を被ったフェア=チャイルド――基、魔物のマタンゴとして蘇った彼女は忌々しそうな言葉を吐いて、高く跳躍し姿を消す。


 血の匂いが立ち込める渓谷。そして未だ動けずに数名の冒険者。そんな彼らを狙って、樹海の中から多数の獣が駆け出してゆく。


 そして渓谷はそれまで狩っていた魔物たちへ襲われる冒険者達の阿鼻叫喚に包まれるのだった。

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