セルフ・マイ・ビハインドビュー

ちびまるフォイ

客観視は抜けきらない

寝ている男を見下ろしていた。


最初は誰かと思ったがそれが自分だと気づくのに時間がかかった。


「これはいったいどうなってるんだ……!?」


目の前の男は自分の発する言葉を喋っていた。

目玉はたしかに顔についているのに、見えている景色は別角度。


前に歩こうとすると、こちらに迫ってくるように見える。

まるでカメラマンとなった自分が、自分自身を撮影しているよう。


「えいっ。このっ。よし、いけたぞ!」


いろいろ試行錯誤していると、自分を見る視界を動かせるようになった。

最初は正面で自分を見ていたが、横や、背中側に回り込むことができる。

自分の背中を見ながら生活するというのはなかなか不自然な気がした。


「……俺って、こんな後ろ姿していたんだなぁ」


鏡でも自分の後ろ姿を見ることなんてない。

客観的に自分の背中を見て、やや右にかしいでいたり、背筋が曲がっていることがわかった。


「もっと背はこうしたほうがいいな。右足がちょっとガニ股ぽいぞ」


自分の姿勢改善がはじまった。

これを皮切りに、自分の服装や髪型なども気になって直し始めた。


自分改善をはじめると周りから見る目も変わり始めた。


「あのっ、山田先輩! これ、受け取ってください! ///」


学校の後輩からラブレターをもらった。

最近ではめずらしいことでもない。


他人からどう見られているかを常に自分でチェックできるので、

髪型をかっこよくして、服装もまともにしただけでこの変わりよう。


体とは離れた位置にある視界を自由に動かせるのでカンニングもできる。

赤点続きだった俺が成績優秀のイケメンになった。


学校の廊下を歩いていても、普段は見えない自分の背中側で女子が色めき立っているのを見ていた。


「最初は戸惑ったけど、こっちのほうがよかったな」


人間の目玉はどうして前にしかついていないのか。

今までの目玉の位置からしか見えない環境にはもう戻れない。


すっかり客観視になれた頃、学校で家庭科の調理実習が行われた。


「山田くん、一緒料理しよう!」

「ちょっと! 山田くんはうちの班よ!」

「なによ! だからって独り占めはずるいわ!」


自分の背中で女子の小競り合いが行われているのが見える。

視界を自分の背中越しに移動させて、玉ねぎを刻む。


「あっ……」


「ああああ! 山田くん!? 大丈夫!?」

「指が切れてるわ! こんなに地が出てる!」

「早く保健室に!!」


目玉の位置に視界がないことで手元の細かい作業はしにくくなった。

女子に引率されて保健室で包帯を巻かれた。


保健室の先生は心配そうにしていた。


「山田くん、大丈夫? 痛くない?」


「痛い……?」


「結構深く切っていたでしょう、痛みが引かなければ病院にも」


「ああ、深かったんですね」


「え、ええ……。なんだか他人事みたいね。あなたのことなのよ?」


「……そうですよね」


不思議な感覚だった。


自分の視界に映る自分はたしかに怪我をしている。

その痛みも確かに感じている。

それなのに、どこか当事者意識がなかった。


まるで自分の操作しているゲームキャラが怪我をしただけのように。


「さっき聞いたけど、怪我をしたときもあなたぼーっとしていたんだって?」


「……女子が気づいてなければ、怪我にも気づけなかったかと思います」


「なにか悩みでもあるの? 考え事とか?」


「いえ、悩みとかじゃありません。なんだか自分が自分じゃないみたいで……」


「???」


誰に話したところで自分のこの心と身体が切り離されている感覚はわからないだろう。

今となっては、目の前に見える自分が自分である自信すらない。


本当はこの人は自分ではなく、今見ている自分は別の人なのではないか。

他人が死んだ魂が単にじーっとこの「山田」を見ているだけなんじゃないか。

もしくは、自分が幽体離脱して自分を見ているのではないか。


疑問は尽きないのに、なにひとつ答えは出なかった。


「死ねば……答えがわかるのかな……」


深まってゆく考えは危険な方向へと進んでいく。


自分の体が死んだとき、今自分を見ている俺は死ぬのか。

もし、死んだ自分を見ることができれば自分は他人なのかもしれない。


自分が死んだときに、俺も死ねば、俺と自分はイコールとなる。



首にロープをかけて、足元のキャスター椅子を蹴飛ばした。



 ・

 ・

 ・


目が覚めたときには病院だった。


病院の白いベットに寝かされている自分を見下ろしていた。


「気が付きましたか。まったく、あなたのような若い人が自殺なんて……」


「先生、首吊りって意外といいこともあるんですね」


「は?」


「意識を失った瞬間に、俺は視界が真っ暗になりました。

 ということはこの自分の体は、今見ている視界の主ということだとわかりました」


「……あとで脳のスキャンもしておきましょうか」


脳に異常はないものの、言動のヤバさから精神テストが行われた。

異常があるのにテストの結果は「異常なし」ということで、専門の先生がやってきた。


「どうも。私は人間の脳と自我について研究している博士だ。君の今の状況を教えてくれるかな」


「自分のことを見ている自分がいる、みたいな感じです」


「むむむ。それは興味深い」


「自分が見ている自分は自分なんだとわかったんですが、

 最近ひとつ気になっていることがあるんです」


「ほう、それはなにかな?」


「自分の主導権は自分の体が握っているのか、

 それとも自分を見ているこの視界のほうが握っているのかわからないんです」


脳は自分の体の方にある。

首を吊れ、と命令したのは体なのだろう。


そうしたいと思ったのはこの視界側にある、と思っている。


「君は自分を見ている視界と、自分の体のどちらかが本体のなのかを知りたいようだね」


「そうです。でもこれを確かめる方法なんて……」


「それがあるんだよ。これを」


博士はアイマスクを取り出してみせた。


「実は君のような患者を見るのは初めてじゃないんだ。

 このアイマスクは視界と体がばらばらになった人を統合するものなんだよ」


「……?」


「つまり、このアイマスクをつけて眠ると、体と離れた位置にある視界をもとの体に戻せるのだよ」


「目玉から入る視界に戻るってことですか」

「そうとも」


自分の客観視できるようになって便利になったことはいくつもある。

同時に不便になったこともたくさんある。


俺は悩んだ末に結論を出した。


「……わかりました。体に視界を戻します。ところでひとつ質問よろしいですか?」


「なんだね?」


「博士の年収はいくらでしょうか」


「ははは。面白いことを聞くなぁ。正直に答えると5000兆円だよ。

 まあ、脳科学の権威ともなるとこれくらいは当然だがね」


「そうですか」


「今日の晩、このアイマスクを付けて寝たまえ。きっと体に視界が戻っていることだろう」


俺はアイマスクを家に持って帰った。

その夜はアイマスクを付けないまま就寝した。


視界には布団に入る自分を上から見下ろしていた。


翌日、博士がやってきた。


「どうかな? 体に視界が戻った気分は?」


「博士。そのことですが、このアイマスクは不良品だったようです」


「不良品!? そんなバカな!? 君様に調整したのに!」


「現に今こうして自分の体に視界が戻っていないんですよ。

 あ、今、俺の背中で看護師がマスクを顎に下げましたね」


「ほっ……本当だ。自分の後ろを見ることができている……っ!」


「このマスク故障しているかもしれません。試してもらえますか?」


「……おかしいなぁ」


博士は納得できないと頭を捻っていた。

異常がないかどうかをくまなく検査したあとで、最後にテストを行った。




翌日、俺の視界は体へと戻っていた。


「おお、すごい! アイマスクの効果は本物だ!」


もう自分を客観視することはなくなっていた。

この体についている目玉から入る視界が、今見ているものと一致した。


そして、わかったことがもう一つある。


「やっぱり、主導権は体じゃなくて視界の方にあったんだな」


今は最終テストをした年収5000兆円の体を自由に動かしていた。

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