夏休みの過ごし方

氷室緑

夏休みの過ごし方

 二〇二〇年の夏休み。わたしが中学生として過ごす、最後の夏。

 それなのに、どうして。


「どーして、合宿が中止になっちゃうのよぉぉぉぉぉ!」


 机を合わせて一緒にお弁当を食べている友人のナナミに、やつ当たるように大声で叫ぶ。


「もう、リオは少し落ち着きなって」


 苦笑交じりに止められるが、わたしの勢いは止まらない。


「だって!せっかく今年は行けたかもしれなかったのに!そのチャンスすらなくなっちゃったんだよ!落ち着けるわけがないじゃん!」


 中一のころは夏風邪、中二のころは原因不明のじんましんで、どちらも行けなかった部活の夏合宿。今年こそは!と気合を入れていたけれど、学校からの一通の手紙――『九月までの学校行事中止のお知らせ』とやらのせいでその意気込みもはかなく散った。


「しょうがないじゃない。ゴールデンウィークのころまで新型ウイルスが大流行していて、学校にすら来れなかったんだから。今でも収まってないみたいだし…。そうなっちゃうのもムリないわよ」


「くっそ、コロナのバカやろう~~~!」


 ダンっと机に手を叩きつけて、教室中に響き渡るような大声で叫んだ。ナナミやクラスメートが驚いたような表情でこっちを見てくるが構うもんか。手のひらが痛くなったけれどそんなのは些細なこと。それよりもわたしはこの怒りをどこかへぶつけてしまいたいのだ。さすがに教室ではできないし、やらないけどね。今夜はきっと家にあるクッションが一つ犠牲になることでしょう。


「おいおいリオ、お前まーたやってんのかよ」


 急に教室のドアが開かれて、ずかずかと他クラスの男子が入ってくる。


「ちょっと匠!何がまたなのよ!」


「え?…お前が叫んでることだけど?」


キョトンとした風に言われて、わたしの中の何かがキレた。


「いかにもあたりまえみたいな顔してるけど、わたしそんなにしょっちゅう叫んでないからね!」


「いやいや、しょっちゅうだろーが。オレの記憶によると三歳の時から一ヶ月に一回は叫んでる」


「たぁ~くぅ~みぃ~!」


 ここまででお察しの方もいるだろうが、一応紹介すると、こいつは隣のクラスの生徒でわたしの幼なじみである山口匠。あ、ちなみにわたしは長谷川リオでナナミの苗字は小山内だ。匠とは3歳のころからの腐れ縁で、私立受験したというのに結局わたしと同じ中学校に通っている。


「じゃあ、匠は悔しくないのっ!せっかくの合宿が潰れちゃったのに!」


「全然、全くもって悔しくないな」


 話題を変えようと話を振ったが、まさかの即答。

 っていうか、悔しくないんだ…。とわたしは目が点になる。


「え!?なんで!?」


 驚きのままに聞くと、匠は嫌そうに眉間にしわを寄せて答えてくれた。


「だって、オレ、サッカー部だぜ?そりゃサッカーは楽しいけど、合宿だと朝から晩まで基礎トレの嵐なんだよ、付き合ってられっか。しかも顧問が顧問だし…」


 そう言って、匠はなにやら明後日の方向を見つめはじめた。こうなったらしばらくは直らないだろう。机の横で立ち尽くす匠を放っておいて、わたしは唐揚げを1つ口にはこんだ。


「ねーねー、ナナミ。サッカー部の顧問って、誰だったっけ?」


 考えても思い出せず、あっさり諦めたわたしにナナミが軽くため息をつく。いいじゃない、わたし人の名前を覚えるのが大の苦手なんだから。自分と関係ない部活の顧問なんていちいち覚えてないし。


「…たしか、理科の高山先生だったはずよ」


「うっわ、それは最悪…」


 高山先生は男の先生で、授業が分かりにくいことで評判なのだ。しかも太ってるから見た目も暑苦しいし、何より機嫌ひとつで生徒への対応が天と地ほどにも変わるから、みんなからすっごく嫌われている。


「……っていうか、あの先生サッカーできるの?」


 とても運動が得意なようには見えなかったけど……。


「……さあ?」


 さすがのナナミもそれは知らないらしく、首をかしげている。

 ならサッカー部所属に聞こうと匠に目を向けるけれど、彼はどうやらまだ「戻って」きていないようだ。声をかけても反応一つ返しやしない。ま、こいつを起こすのに労力を使っても結局無駄になることは経験上百も承知だし、再び放っておくことにする。


「でもさ、こいつはサッカー部だから合宿が嫌なのかもしれないけど…。それでも二回、両方とも参加してるんだよ!わたしは一回も行けてないし、しかもわたしは手芸部!手芸部の合宿って言ったら、まるで旅行だっていうじゃない!」


 わたしのこぶしを握っての主張は、ナナミにあっさりかわされる。


「あー、はいはい。っていうか旅行に行きたいだけなら、親に頼んで連れて行ってもらえばいいじゃない。リオん家ってたしか、合宿の行き先の軽井沢には別荘持ってたでしょ?」


 たしかに。それは全く思いつかなかった。

 わたしのおじいちゃんが生前資産家で、軽井沢の別荘はその遺品のひとつなのだ。おじいちゃんの生前っていえばわたしはまだ5歳くらいだったけれど、わたしは唯一の孫娘だったから(従兄弟は全員男だったりする)ずいぶんとかわいがってもらった記憶がある。


「あー、リオん家の別荘か?プール付きだったし、かなりでかかったよなー。そうだよ、そんなに旅行に行きたいんなら、両親に連れてってもらえばいいじゃんか?別荘ならいつも滞在してる管理人さんくらいしかいないだろうし、車で行けばウイルス対策も万全だぜ?ま、行かないのが一番かもしれないけどよー」


 復活した匠が話に入ってきた。そういえば、小学校に入ったくらいの時に軽井沢にわたしと匠の家族で行った気がする。そんなことあったなー、というレベルの記憶だけどね。

 でも、今の匠のセリフでピンときた。楽しい夏休みの過ごし方。


「じゃあさ、匠もナナミも来ちゃいなよ、うちの別荘!」


「「…え?」」


 一瞬固まって、恐る恐るといったようにこっちを向いた2人。その間に、わたしはお弁当の残りを掻き込んでしまう。もう昼休みも残り少ない。


「…おい。いかにも名案!って顔してるが、どこからどうしてそうなったのか、詳しく説明しろ」


 ゴゴゴ…というオーラが見えるような空気をまとった匠が詰め寄ってくるけれど、とっくに慣れてるわたしは全然怖くない。


「え?だって、旅行って家族よりも友達と行った方がいいと思わない?それに、匠もナナミもうちの親からの信頼あるし!二人と一緒っていえば許可出してくれるかもだよ!」


 うん、我ながら名案。このコロナのせいでつまらなくなりそうだった夏休みを楽しいものに変えれたんだもの。さすがわたし。


「いや…」


「うん…」


 呆れ顔の匠とナナミが顔を合わせてため息をつく。はて、なんでだろう。


「ほら、二人の親とうちの親から許可が取れたらでいいからさ!」


 いこーよー!と再度声をかけると、仕方なさそうに二人ともうなずいた。

「……ああ。オレはいいぞ。最悪、保護者がわりに兄貴も連れてってやる」


「……わたしもいいわ。ただ、許可が取れたら、ね」


 わーい!


「ありがと、匠にナナミ!」


 ふわっと笑って、最後のデザートを口に入れた。


 つまらないと思っていた今年の夏休み。どうやら、楽しいものに変えることができたようです。


(初稿 2020.04.18)

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