朝顔の朝が終わる

綿麻きぬ

青瞬

 僕は日の出の光に当たる朝顔をベランダで見ている。花びらの上に乗った朝露には光が集まっている。

  

 鉢植えに植わっているそれは綺麗な青の花だ。僕らの青春を象徴するような青だった。

  

 なんで君が夏の始まりにこれをくれたかはなんとなく分かってきた。君はきっと僕との出会いに儚い恋を感じていたのだろう。

  

 その恋は青春ではない、青瞬だ。そしてこの物語は夏の終わりの朝が終わるまでの僕の回想だ。

  

  

 君との出会いは僕が祖父の家に泊まった夏休みだ。

  

 祖父の家に行くのは正直、気乗りしなかった。なぜなら、田舎だからだ。ゲームセンターもない、コンビニもない、あるのは山と海のみ。そんなところで僕は何をすればいいのだろうか。

  

 そんな家で不貞腐れていると祖父は海でも見てこいと言った。海はすごい、綺麗でもある、だけれども恐ろしさも含んでいる。それは心を惹かれるから見て損はないと。

  

 どうせ家に居てもいいことはないと思い、僕は海に向かった。

  

 その日はとても暑い日で、日光は僕に容赦なく照りつける。それでも都会よりは照り返しが少ないが、家を出たことを後悔させるには十分すぎるものだった。

  

 そんなこんなで僕は海に着いた。そしてそこに君はいた。麦わら帽子に白いワンピースで佇んでいる君だ。

  

 君は何を見ていたのだろうか。多分だけどこの時、君は海の向こう側を見ていたのだと思う。

  

  

 そんな君に僕は恋に落ちた。

  

  

 気づいた時にはもう、声をかけていた。好きです、と初対面の人に言っていた。君は困惑した顔をしていたと思う。

  

 それから僕は君を質問攻めした。名前はどんなのか、ここに住んでいるのか、どうして一人でここにいるのか、等々色々した。今思えば傍迷惑だっただろうに。

  

 それらに君はなんと答えたか、僕はもう記憶していない。悲しいことに思い出せないのだ。思い出したくても思い出せない。何故だかは分からない。

  

 そう記憶しているがそれは僕の捏造かもしれない。もう君の声も、顔も、蜃気楼のように消えかけている。

  

 それでも僕は君のことを忘れたくないから、僕は回想を続ける。

  

 次の記憶は空も海も真っ青に綺麗な日だった。静かな空間に僕と君は海を目の前にして防波堤に座っていた。

  

 何を話したかは覚えていない。ただ、君がもう少しで自分は消えるようなことを言ったことだけは覚えている。

  

 それを話していた君は安堵の表情を浮かべていた。きっと君は僕を遠ざけたかったのだろう。だけど君の思惑通りにはいかなかった。

  

 僕は君との距離を縮めにいったのだ。その縮め方が合っているかはいまだに分からない。僕自身のことを話し、君のことも聞き出し、次に会う約束を取り付けた。

  

 その約束の日に僕は海に行った。どす黒い青の空と海だった。まるで海に行ってはいけない、そんなことを僕に教えているような色だった。

  

 そこで君は包丁を手に持ちながら、僕を待っていた。僕は驚いた。当たり前だろう。好きな女の子が包丁を手に持っていたのだから。

  

 だけど驚きながらも僕は君のことが美しいと思っていたような気がする。最初に出会った日のように麦わら帽子に白いワンピースを着ていた。そしてこれからそれが紅く染まると確信していた。

  

 その予想は残念ながら外れた。君は僕にその包丁をいつか私が消え損ねたら刺してほしいと僕に託した。

  

 家に包丁を持って帰ったのだが、家族に見つかって僕たちの秘密が暴かれるような気がして一生懸命に隠してた。

  

 その包丁は今、山奥の土の中に埋まっている。今はどこにあるか、埋めた僕でさへ分からない。

  

 そこで一旦記憶は途切れている。そして次に出会った日の君は確かに消えかかっていた。

  

 なんと言えばいいのだろうか。ぼやけていると言うのだろうか、輪郭が定まっていないと言うのだろうか。消えかかっていた。

  

 何故そんなことになっているのかは分からない。その時、僕は包丁を使わずに済むのだと安心したことは覚えている。

  

 それをきっかけに僕は君が消えることに恐怖を覚え始めた。どうやったら君は消えないで済むか、それを重点的に考えていた。だけどよく分からなかった。

  

 君は自分が消え始めたことに満足していたみたいだった。だけど消えかけていたのは一瞬だったようだ。

  

 消えかけていたのが元に戻ってくると同時に君は不安定になっていった。僕は君の気持ちと反比例するように安心していった。君はまだ僕と一緒に過ごせると。

  

 だけど君と過ごす時間は残り僅かになっていること、君がいることでこの空間は歪になっていることに僕だけが気づいていなかった。

  

 何かがおかしかった。そう、何かがおかしかった。

  

 誰に聞いても君のことは分からなかった、いいや、違う。教えてくれなかった。君のことは確かにそこに住んでいる皆が知っていた。

  

 そして僕は君のことを覚えてられない。そんなことをポロリと祖父に言った。

  

 すると祖父は一つの伝承を教えてくれた。昔から伝わるもので残酷なものだった。

  

 この土地は少し特殊な空間だと言う。周りの世界から切り離されたものだと言われている。そして何百年に一度、空間の歪みが女の子になって現れる。

  

 その歪みが消えること、つまり女の子が消えることでこの空間は正常さを取り戻す。女の子の消えかは二通りある。

  

 なんらかのことで自分自身が消えるか、誰かに消してもらうか。

  

 大体の女の子は夏が終わるころには消えていった。だけどたまに恋をしてしまい、残りたがる女の子がいる。そしたら恋した人に消してもらわなければいけないと。

  

 消えなかったらどうなるかは誰も分からない、そんなこともおまけに言われた。

  

 それを聞いた時、僕は茫然とした。消えかけていたのが元に戻ったということは君が僕に恋をしたということになる。でも、それは僕が君を消さなければいけないことでもある。

  

 そして夏の中間で君は僕に言った。自分を殺して欲しいと。

  

 覚悟はできていなかった。だけども、好きな君のお願いと君のワンピースが紅く染まるのが見たくて引き受けた。

  

  

 そして君を刺した。

  

  

 すると世界は歪んだ。君の白いワンピースは深紅に染まっていく。そして君は僕にお礼を言った。

  

 目を開けるとそこは僕の家のベランダだった。目の前には青の朝顔が咲いている。

  

 そして朝が終わった。

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朝顔の朝が終わる 綿麻きぬ @wataasa_kinu

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