27.「魔女」

「うん、今回もうまくできた!」


 場違いなほどの朗らかな声と共に、彼女はスプーンを口に運んでいる。一方俺は、ただ黙々と食べ続けていた。


 いつからこんなことになったのだろう、と俺の頭は思索を続けていた。彼女は、それまで一人ひっそりと暮らしていた。時には、薬を求める者に薬草を渡したり、そういった交流も行うこともあった。


 だが。


 隣国との戦争で国の情勢がおかしくなり始めてから、人々の彼女への見る目が変わった。元から街にとっては異質な要素であったリズは、完全に疑惑の対象になっていった。


 兵士が持ち込んだと思われる疫病が流行してからは、なおさらだった。見えない相手への恐怖と不安に、皆混乱していたのかもしれない。


 誰かを責め、誰かのせいにすることによって安心したかったのだろう。


 そして、少しだけ不思議なことが出来る彼女への呼称は、いつの間にか蔑視の言葉へと変わり、一人歩きを始めていた。


 「魔女」


 それが、人々が彼女に与えた名だった。


 と、


「こんな時代だもの。みんな苦しくて、やり場のない怒りや悲しみが満ちていて、明確な『悪者』がいないと心が壊れちゃうんだと思う」


 はっと顔を上げる。リズがこちらの意図を読んだかのように、静かにそう口にしていた。


 伏し目がちに、だが穏やかに彼女は微笑んでいた。それ以外の、不安や恐れといった感情は読み取れなかった。


「なぁ。」


 俺も口を開いた。伝えるとしたら、確実に今だった。彼女の肩を掴む。


「どこか遠くへ逃げた方がいいんじゃないか。」


 ここ数日、ずっと考えていた。状況が改善される気配はない。むしろ、これからさらに悪くなる予感しかしなかった。


 こんなところに彼女を置いておいたらどうなるか、火を見るより明らかだった。悪意はもう、この平和な、豊かな温かい薬草の香りのする家のすぐそこまで迫っていた。


 だが、


「今出来ることは、これ以上悲しみの連鎖が起きないように、私の所で止めておくことかな」


 リズは穏やかに、そうとだけ呟いた。そして、にこりと笑いかけると、俺に優しくキスを落とした。彼女の甘く柔らかい唇の感触が、ふわりと通り過ぎる。


 だが、


「おい、リズ、それって」


 悲しみの連鎖を自分の所で止めておく?

どういう意味だ?それってつまり、


 一瞬の甘い感情から我に返り、言葉の真意を掴もうと問いかけた。途端、ぐらりと視界が反転した。


「う…」


 景色が次第に薄れていく。なんだ、この感覚は。けれど、その現象はどこか身に覚えがある感じがした。


 そうだ、これは、「夢」の終わりで。

 そう理解した瞬間、俺の意識は靄に完全に閉ざされ途絶えた。

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