25.石畳の街、そしてついに

 うさぎを追って走るうちに、頭がだんだんと冷静になってきた。視界を覆っていた靄が薄れていくような、そんな感覚だった。


 辺りは歪んだ空間から、次第にはっきりとした街並みになっていく。石畳の地面に、古い石を積んで造られた建物。


 どうやら、家々の並ぶ路地のようなところを走っているようだった。


 石の壁には木枠の窓が取って付けたように貼り付けられたおり、繋がった茶色い屋根が並々と建物の上部を覆っていた。


 そう、それはまるで。世界史の教科書で見たような、古いヨーロッパの街並みのようで。


 いつの間にこんな所へ迷い込んだのだろう。だが、そこに俺は見覚えがあった。


 これは、この景色は。


 ここから先の道のりは、身体が覚えていた。うさぎに先導されるまでもなく、記憶のままに足を進めていく。


 まもなく街を覆っていた城壁の切れ目が見えて来る。その存在は誰にも知られていなかった。だが、俺は彼女に会うためにそこを多分に利用していた。


 緩くなった石をどかす。一つ、また一つ。すると、人一人分が這って通れる程の穴が壁に空いた。いつものように、そこを地べたに這いつくばってやっと進んでいった。


 また今日彼女に会える。あの野の花のような微笑みを見ることができる。そう思うと呼吸が弾んだが、今日は伝えなければならないことがあるのだ。


 胸に重い石の塊と、砂糖菓子のような感情を抱いたまま、俺は足を進めていった。


    *    *    *


 どのくらい時間が経っただろう。やがて、目的の地へと辿り着いた。そこは、緑の生茂るその先の小さな家だった。


 彼女はここに住んでいる。白壁の丸い建物で、そこに円錐型の屋根がちょこんと乗っていた。


 軽くノックをしてからドアを開ける。


「リズ」


と名を呼ぶ。その甘い響きに一瞬くらりとした。そして、見覚えのある少女の後ろ姿が目に入った。野の花のように可憐な、見間違えるはずもない華奢な背中だった。彼女はキッチンに立っていたが、俺の声を聞くと、


「来てくれると思ってた」


 春風のような笑顔で、嬉しそうに俺の方を振り返る。甘酸っぱく胸が締め付けられた。リズがかき混ぜていた鍋から、温かな香りが漂う。


「いらっしゃい、ヨーゼフ」


 そして彼女は、まるで何もかもを知っているかのように、俺に微笑みかけた。

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