15.海が鳴る方へ
その日から俺は、少しずつりずの捜索を始めた。「遠くない場所にいるはず」とのことだったから、大学内か近所にいるのだろう、と予想を立てた。
あまり交流関係の広くない俺だったが、クラスの飲み会やら何やらに積極的に参加した。知り合いの知り合いである可能性を考えてだ。
家に篭りがちな休日も積極的に外へ出た。少し離れたカフェやレストランへ足を運び、客席を見回すのが習慣になった。
その間にも、数多くのりずの夢を見た。動物園に行ったり、食事をしたり、また小さな喧嘩をしたり。
一番印象に残っているのは、二人で海へ行った夢だった。人気のない、夕日の綺麗な静かな海だった。
この日、初めてりずは俺に「傷痕」の話をした。
「水着は着てきたんだけど、あのね、私の体、傷がいっぱいあって」
申し訳なさそうに彼女は言った。
「最近の傷じゃないの。生まれた時から痣みたいにずっとあったの。だから、その、気持ち悪いって思わないかなって…」
「そんなこと、思うわけない」
俺は言った。
必死な声色だ、と我ながら思った。
「そんなこと…。もちろん、りずが嫌なら、無理に見せなくてもいいんだ。けれど、もしそうじゃないなら、」
喋りが少し早口になってしまったのに気が付き、一度呼吸を整える。そして
「心を許してくれるとしたら、俺は嬉しい」
ゆっくりと微笑んだ。
俺の言葉を聞いて、彼女は少し泣きそうな顔をした。それから小さく鼻を啜ると、
「ありがとう」
と笑った。今にも消えてしまいそうな、儚い微笑だった。
と、彼女は、おもむろに着ていたパーカーのジッパーを下ろた。りずのデコルテや肩の白い肌が露わになる。
驚いて目を背けかけたが、彼女に気味悪がっていると誤解を招いてしまうといけない、と慌てて目線を戻す。
そのまま彼女はデニムパンツも脱ぎ捨て、淡い桜色の水着だけを身につけた姿になった。
沈みかけた夕日が彼女を照らす。その姿は頭の先から爪先まで美しかった。
羽を失った天使のようだった。
「綺麗だ、りず」
彼女が何かを口にする前に、俺の方から自然に言葉が洩れた。りずは恥ずかしがって、下の方を見ている。
注意して見ると、彼女の体には、やはり切断された傷痕のような痣がいくつもあった。首に、両腕に、そして両の太ももにも。
「…傷、痛みはあるのか?」
その一つに触れながら尋ねる。それは滑らかで、普通の手術跡などとは違うという印象を与えた。
「ううん、普段はない。」
彼女は小さく首を振る。
「でもたまに、悲しくなったり怖いなって思ったりすると、傷が疼くみたいに痛くなることがあるの。」
「そうか…」
りずの頭を優しく撫でてやる。今も、彼女は痛みを感じているのだろうか。それは俺には分からなかった。りずは
「ありがとう」
と小さく呟いて、俺の肩に額を乗せた。表情は見えない。けれど、彼女のぬくもりと共に、水の雫が一滴、肩を伝っていくを感じた。
彼女の心に、少し触れた気がした。
あんな事が彼女の身に起こるなどとは、この時の俺は夢にも思わなかった。
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