13.ペンギンの唇

 また「夢」だ、と思った瞬間、強烈な磯の匂いに包まれた。


 どこだ?ここは。と、次第に靄が晴れていく視界の中で目を凝らした。やはり俺の隣には彼女がいた。


「見てみてー!ペンギン!可愛いー!」


と彼女は正面を指差す。確かにそこには、透明なプラスチックの壁越しにペンギンの群れがいた。どうやらここは水族館らしい。


 ペンギンはぼうっと佇んでいるものや、短い足でペチペチと前へ進もうとしているもの、餌の時間が近いのか、せわしなくパタパタと羽(と呼んでいいのか?)を動かしているものがいた。


 一方彼女はというと、なぜか一生懸命唇をとんがらせている。何をしているのかと思ったら、どうやらペンギンの真似をしているようだ。


「どう?似てる?」


 ニッと笑って彼女がこちらを向く。

手もペンギン達と同じように、パタパタと羽ばたかせている。再び唇を尖らせて、まるでキスをねだるようにぴょんぴょんと小さく跳ねている。


…この子、ひょっとして天然なんじゃなかろうか…


 それでも、同時にほっとしている自分がいた。ボディメイクで目立たなくはしているものの、彼女の体には傷が薄っすらと透けていた。それでも、彼女は朗らかに日々を送っているようだ。


 また、今回の「夢」はかなりの収穫があった。俺は彼女のことを「りず」と呼んでいたのだ。おそらく、「りず」が少女の名前ということで間違いないだろう。


 リズリンダ、やエリザベスなどの外国人名の略称とも考えられたが、彼女の顔立ちはだう見ても日本人だった。


 だから多分、「りず」が下の名前で、日本的な名字がその上に付くのだろう、と俺は予想した。


 ペンギンの真似の労をねぎらって、りずの頭を撫でてやる。彼女はえへへ、と嬉しそうに笑った。


 そして、両腕を広げて俺に抱きついてきた。彼女の体の柔らかな感触がして、思わず心臓が跳ねる。


 一瞬驚きながらも、彼女の腰に腕を回した。髪が揺れて、シャンプーの香りが鼻をかすめる。


 俺と体を密着させたまま、りずは


「大好き」


と、甘い声で囁いた。胸が震えた。


 すると、またいつもの靄が眼前を少しずつ覆っていった。ああ、待ってくれ、もう少し、と手を伸ばしたが、視界は次第に閉ざされていった。


 冷たく、彼女が遠ざかっていく。

 心が千切れるような感覚がして、そうか、と俺は思った。


 いつの間にか俺は、「夢」で彼女に会うことを待ち望むようになっていた。

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