8.「ちょっとした」能力

 そもそもこの「夢」とは一体なのか、それは自分にもわからなかった。「夢」は、子どもの頃から度々訪れていた。過去の事を「観る」こともあれば、未来の事を「観る」こともある。


 タイミングを図ることも、これが見たいと指定することも出来なかった。ただ、その瞬間がふと訪れて「観る」だけのもの。


 一種の発作のようなものだ。


 母方は、母親曰く代々続く「魔女の家系」であった。といってもRPGのような魔法が使えるわけではなく、野草(人にはよく「雑草」と言われるが)やハーブに詳しく、それらを日常生活に用いているというだけのことだ。


 だが、一族の中にはちょっとした不思議な能力を持った者が生まれることもあるという。例えば、もう亡くなってしまった祖父がそうであった。


 彼は、公共の乗り物に乗ると必ず座席に座れるという特技を持っていた。どんなに混雑していても、彼が前に立つと、その席に座っていた人は次の駅で降りてしまうのだ。


 いや、老人だから皆が席を譲ってくれているだけだろう。と言ったことがあった。だが、そんな時祖父は


「違うんだよ。これは若い頃からずっとなんだ。これが僕の『不思議な力』なんだよ」


 と穏やかに返していた。

その柔らかな笑顔は、未だに胸の中に残っている。


 祖父の言っていたことが本当だとしたら、自分の「夢」も魔女の家系故の「不思議な力」なのかも知れない、と考えられる。


 実際、かつて祖父にも尋ねたことがあった。この「夢」は何なのかと。すると彼は、


「いつかきっと、それがお前を助けてくれる日が来るよ」


 と言って、頭を優しく撫でた。幼い俺は、クエスチョンマークを浮かべながら、その小さな首をちょこんと傾げていた。


 そんな回想に耽りながら、水をこくこくと飲み干す。コップをテーブルに置きふと時計を見ると、9時45分とあった。


 もうそんな時間か、と急いで服を着替える。朝食をゆっくり食べる時間は無さそうだ。台所に行くと、タンポポの水だけ替えた。


 どうせ駅で落ち合った後は、どこか喫茶店にでも行くだろう。そこで食べればいい、と開き直って、お気に入りのハットを被って上着を羽織った。


 一瞬、またあの桃色のうさぎが横切ったように見えた。

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