第30話 親睦会

 もうすぐ六月なるということで席替えがあり、俺と三樹の席は離れた。

 三樹は以前とあまり席が変わらない窓側の方。

 一方の俺は廊下側となった。

 基本相坂さんは、三樹とは別のグループと一緒にいることが多い。

 だが相坂さんも窓側の方に席が決まり、以前よりも三樹と話す機会が増えたようだった。


 この時期になると、みんなある程度グループが定まってくる。

 俺はというと、以前と変わらずという感じだ。


 変わったことといえば、噂のようなものがあることくらい。

 小松たちの件と、佐藤の一件の処分。

 年度初めの出来事でもあったため、俺に関わって処分を受けることになったという噂が広がっているようだった。

 この噂と関連し、三樹と相坂さんのことも話題にあがることが多くなっていた。



「三樹さんってあんだけ可愛くて、人当たりとかもいいけど小説書いてるんだよな」


「あの容姿で、文学的な属性もあるってヤバイ」


「文芸部に入部してくれてたら、俺ももう少し接点持てたのになぁ」


「相坂さんもオンライン小説部なんだよな」


「なんか最近相坂さん、雰囲気明るくなった?」


「俺も思った。それに実は、スタイルすごいよな。それであの声は反則だと思うわ」



 最近ちょくちょくこういった話題が聞こえてくる。

 実は気づいていなかっただけで、以前からあったのかもしれないけど。

 今は三樹と相坂さんとは席が遠いので、こういう話題をしやすいところに俺がいるだけというのもあるのだろう。


 昼食を終え、俺はまた中庭へと行く。

 寒くなるまではこの習慣は変わらなそうだと思いながら、俺はいつものように飲み物を買う。

 そしていつもの場所へ行くと、浅野がすでに待っていた。



「先輩。今日もちゃんと来ましたね」


「ちゃんとってなに? 別に必ず来なきゃいけないわけじゃないんだけど?」


「そんなこと言って、本当は私と二人っきりの時間を楽しみにしてるんじゃないですかぁ?」



 少しこちらに身を乗り出して上目遣いで見てくる浅野の目は、ちょっと挑発的な色を含んでいるように見える。 



「今日もちゃんと来るか心配していたんですよ?

 相坂先輩のやつで、少しの間来てくれなかったのがありましたから」


「わざわざこんなところ来ないで、クラスの女子たちとお喋りとかすればいいだろ?

 俺と違って浅野は人気者っぽいし」


「せっかくこんな可愛い後輩が先輩に会いに来てるのに、そういうこと言うんですか?」


「どうせなら三樹とかに会いに行くほうがいいと思うぞ?

 三樹は俺と違って人気も高いから、先輩の繋がりとかもそっちのほうが断然お勧めだ」


「あ~、確かに三樹先輩は人気ですもんねぇ。

 一年生の間でも人気ですよ。女子にも人気ですけど、男子はオンライン小説部のこと訊いてくるのがいるくらいです」


「そうなのか?」


「はい。私は面倒なんで、オンライン小説部のことは三樹先輩に訊いてって言っちゃってますけど」


「じゃぁ今後、もしかしたら部員が増える可能性もあるのかな。

 そしたら俺もお役御免ってこともあるかもな」


「……それはどうですかね。もし先輩がいなくなっちゃったら、私は先輩についていっちゃいますよ?」



 部活を辞めたら、浅野はどこについてくるつもりなのだろう……。



「あ、舞ちゃ~ん!」



 自動販売機のほうで、浅野に手を振ってくる女子のグループ。

 浅野もそれに気づき、胸の前で両手を小さく振って応えていた。



「行かなくていいのか?」


「クラスの女子ですから、いつでもお喋りはできますから」


「でもグループとかなら、付き合いみたいのもあるんじゃないか?」


「表面上の付き合いですよ」



 そう口にした浅野の顔には、感情と呼べるようなものをなにも感じなかった。

 それは俺が浅野に持っているイメージとは、随分と違っているものだ。

 浅野はかなり表情が豊かな女子だ。

 挑発的な表情はよく見るけど、不満そうな表情だったり、楽しそうな表情だったり。


 まぁ、友だちといってもピンきりだ。

 表面上の付き合いという間柄の人もいれば、恋バナとかをするような友達とかいろいろな形がある。

 加えて女子の場合は、男子よりも面倒なことも多そうだ。

 俺なんかが、なにかを言えるようなことではなかった。



「先輩? 着信してるみたいですよ?」



 昼休みに着信なんて珍しい。大抵俺に連絡してくる筆頭は母さん。

 その次はバイト先という感じだ。

 オンライン小説部のメンバーがちょこちょこ送ってくることはあるけど、それは帰宅してからの時間が殆どだ。

 着信はチャットアプリで、開いてみると相坂さんからだった。


 もしよかったら今日の放課後、クレープ行きませんか?


 そうだ。そういう約束はあったが、ゴールデンウィーク、体育祭、テストと続いていたのでまだ行けていなかった。



「先輩、クレープってなんですか?」



 なんか不満そうな顔を向けてくる。



「いや、前にストーカーのやつあっただろ? そのときに相坂さんのご両親に食事にお呼ばれして、そのときに――」



 いや待て! そのまま事実を伝えるのは誤解を招く可能性があるかもしれない。

 このクレープは、お詫びという意味合いが含まれた約束だ。

 俺が相坂さんの胸を揉んでしまった、ということに繋がる話し方はしないのが無難だろう。



「美味しいクレープがあるって相坂さんが言っていたから、そのうち食べてみたいって話してたんだよ」



 うん。嘘はついていないし、事実を話した。

 これなら大丈夫だ。



「へぇ~、そうなんですか。なら、私も一緒に行ってもいいですか?

 私だってクレープ食べたいです」



 結局このあと俺たちは、オンライン小説部の親睦会という形でクレープを食べに行くことになった。



「今日はご馳走してくれなくていいので、今度なにかご馳走してくださいね」



 俺はこの日、相坂さんとの約束を果たすことはできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る