第15話 三樹の瞳

「先輩っ! 終わりましたか?」



 放課後になってすぐ、浅野 舞が顔を覗かせて言ってきた。



「あ、一年の浅野さんが来てる」


「なんで浅野さんが?」



 何人かの男子が、浅野 舞のことを知っているような感じ。

 部活関連で顔見知りなのかもしれない。

 この時期は部活の勧誘も活発で、体験とかで声をかけているということだろうか。



「せんぱぁーい、早く行きましょうよ」



 浅野 舞の視線を追って、周囲の視線が俺に向けられる。

 みんななんで? という顔だ。

 俺は部活も入っていないし、はっきり言って陰キャボッチという立場になっている。

 そんな俺が新入生と関わりがあるのは不自然なのだから、周りがそう思うのも当然だった。



「ねぇ、浅野さんとどういう繋がりなの?」



 三樹が荷物をまとめながら訊いてきた。

 俺も荷物をまとめながら、どう説明したものかと思った。

 繋がりなんてまったくないし、的確な言葉が浮かんでこなかったので、事実をそのまま言うことにする。



「お昼一人でいたら、声をかけられただけだよ」


「え? それだけなの?」


「うん」



 三樹の気持ちはわかる。たったそれだけの関係なのに、浅野 舞はこのあとの三樹の話に参加することになっているのだから。

 そう考えると、彼女のコミュニケーション能力は高いのかもしれない。

 なんだかんだ言って、俺は今日も彼女と話をしてしまっていたわけだし、嫌な気持ちになっていたわけでもなかった。




「ここがバイトしてるカフェですか。なんか大人っぽい雰囲気のカフェですね」


「静かにする必要はないけど、必要以上にうるさくはしないでくれよ」


「わかってますよぉ。こう見えて私、淑女なんですから!」



 どこまで本気で言っているのか。

 とはいえ、この馴れ馴れしい感じを除けばそんなに違和感は受けない。

 動作や制服の着こなし方、容姿の雰囲気は清楚な印象を与えるからだろう。



「真辺君。最近誰かと来ることが多いね?」


「店長、お疲れさまです」



 店長と世理奈さんに挨拶をし、飲み物を受け取って席に座る。

 俺たちが座ったのは窓際にある席で、奥側にはダークブラウンの本棚がある。

 雑貨なんかも少しディスプレイしてあり、この大きな本棚が雰囲気に一役買っていた。



「真辺君、ここフローズン系の飲み物もあるのね」


「うん、こういうのも人気だからね。エスプレッソとフローズン系は売上大きいから」



 ここのカフェでは、コーヒーの場合ハンドドリップだ。

 だけどラテ系やフローズン系の飲み物の需要は高い。

 そのためエスプレッソメーカーなども置いているのだ。


 この時期は暖かい日と、若干寒い日が来る。

 今日は夏一歩手前というような気温で、俺たちはフローズン系の飲み物を頼んだ。



「本当にオンライン小説部なんて作るの?」


「ええ。真辺君部活入ってないみたいだし、丁度いいでしょ?」


「丁度いいとか、そういう問題じゃないと思うけど?」


「三樹先輩、具体的にはなにをするんですか?」


「基本的には小説とかを書いて、それを投稿サイトに投稿する感じね」


「私、小説なんて書けるかな」



 浅野 舞はすでに部活に入ることを前提にしているような口振り。

 思ったよりも乗り気なようだった。



「別に小説じゃなくてもいいの。エッセイとかでもいいし。そういうジャンルもあるわ」



 三樹はスマホを取り出し、投稿サイトを表示させた。

 そのサイトは俺もアカウントを持っているサイトで、よく知っている。

 そのサイトのジャンルを三樹は見せて、どんなことが書けるのかの説明をした。



「なぁ? 別に部活じゃなくてもいいんじゃない?

 三樹さんは今までもやってきているんだし、今のままでも続けられるでしょ?」


「そうね。でも部活をやってるほうが心象はいいでしょ?

 他の部活をやってしまうと、今までのようにはいかなくなるだろうし」



 別に部活をしていないからマイナスということはないだろうけど、確かに部活動をしていればなにもないのとでは多少変わってくるものはあるだろう。

 それに他の部活に入ると、そっちに時間を取られるというのも理解できることだ。



「なら文芸部とかでいいんじゃない? あんまりよくは知らないけど、文化系で小説書ける部があるんじゃない? オンライン小説部に拘る必要はないと思うけど」


「…………」


「先輩! 私と同じ部活に入りたくないんですか?」


「入りたい理由があるとは思えないんだけど?」


「三樹先輩と私が可愛い! あるじゃないですか」



 それを理由にするのはちょっと不純だと思うのだが、浅野 舞は結構本気にしている顔だった。



「別に毎日集まって活動するようなことも考えてないから、お願い」



 三樹が不安そうな瞳で俺を見てくる。

 フランスに行く前、三樹が俺に見せていた瞳と重なった。

 気持ちがざわつく。

 三樹には申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちがある。

 だからなのか、やっぱり他の女子とは少し違う目で見てしまうからだろうか。

 こんな顔をした三樹に、俺は断ることなんかできなかった。



「……わかったよ。バイトの日は無理だから」



 俺の答えを聞いた三樹はぱぁっと花が咲いたように笑顔になって、俺の気持ちはスッと軽くなった。



「じゃぁ三樹先輩! 私も入部します!」



 この日、オンライン小説部は部員が三人になった。

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