似非

エリー.ファー

似非

 あたしがまだ、小さかった頃。

 家は金持ちというには貧しかったが、貧乏というには裕福だった。

 いわゆる。

 普通の家だった。

 それが簡単に崩壊した訳だ。

 父親は私立の教師をやっていたのだけれど、そこの十歳も上の理事長と不倫をした。お母さんはそれを知って大激怒となった訳だけれど、その反動で酷く落ち込み鬱病になった。

 あたしの青春が母親の介抱、いや、介護で終わったことの要因はやはり父の存在が大きかったと思う。

 もちろん、あくまで父親を要因の一つとして言った訳だから、他にもあるにはある。

 例えば。

 あたしが母親と仲が悪かったところとか。

 母親のことが嫌いだった。

 心底嫌いだった。

 母親は父親がいないとてんで駄目な人で、本当にいつも父親のことばかり語っていた。それは愛しているとか、生涯のパートナーとして認め合っているというよりも残念なことに、ただの依存に等しかった。

 だから、父親も浮気をしたのだと思う。

 母親の愛は重かった。

 また、それを自分自身で分かっていて、それでも自分を抱えてくれるかどうか試していたように思う。

 前に母親に、自分が子供のときはよくぶたれていた、と祖母からの虐待をカミングアウトされた。

 正直。

 だからなんだ、と思った。

 自分の娘に、そういう心の助けを求めちゃうとか本当にキモいなこの女。

 とか、思ったりした。

 ああはなりたくないと成長した。

 母親のように男に頼る生き方をしたくないと勉強もしたし、運動も人並み以上にできるよう努力した。

 反面教師が近くにいることは、あたしにとっては非常に幸運だったのかもしれない。簡単に言ってしまえば、母親と逆のことをすれば自分の成長に繋がったからだ。

 可愛げがないと言われたこともあったけれど、母親のような人生を送るくらいならと非常に前向きにその言葉を受け止めていた。

 よく毒親という言葉を耳にする。

 あたしは、友達との会話がそのような方向に行き始めると、まるで自分の家は家族仲が良いように話した。自分でも狡いと思ったのは、言葉の表面では嘘を言っていないように選んで喋ったことだ。

 友達の中には毒親のせいで、自分の人生は滅茶苦茶だと話している者もいた。

 あたしは。

 心底同情しながら。

 心底馬鹿にした。

 別に好きでも嫌いでもない、ただの友達であるその存在に。

 いい気味だとさえ思った。

 意味などない。

 何か毒親というものへの怒りのはけ口として、気持ちの中で利用させてもらったというだけに過ぎない。

 それがどうしても母親に似ているような、そんな心の動きであることを認識しながらも距離を取らざるを得ない。そういう生き方の限界を感じてしまう。

 家族というものから距離を取ったのに、体の中に染みついた家族が、しっかりと固体化しているのを見つけてしまう。見て見ぬふりをすれば、別に自分が母親に似ていても嫌悪することはなかったのだと思う。

 でも。

 あたしは。

 変に真面目なのだ。

 見てしまったものを、見ていないものとすることはできない。

 それは父親の性格なのかもしれないけれど。

 あたしには。

 どうしても。

 できない。

 いつか、あたしは子どもを産むと思う。

 そうしたらちゃんとした母親になろうと思う。

 そう。

 そんな。

 幸せな家族を持ちたい。

 そういう夢を。

 ろくな母親にも恵まれなかったのに、高望みしたりする。

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