木野春雪

1

「父親を殺すところを見届けてくれないか?」

 そう言ったわたしを飛市は初め、キョトンとした顔で見つめていました。

 飛市はよく喋る男ですが、黙るときはひたすら黙ります。現状をやり過ごすためではなく、どう返事をすべきか考えるために黙るのです。

 だけど飛市の沈黙は長く、フリーズしてしまったAIロボットのように中空を見つめて停止するので、わたしは耐えられませんでした。

 自分でも突拍子もないことを言っている自覚はあったのです。なのでわたしは飛市の返事を待たず、理由を捲し立てました。


 わたしの父は母に暴力を振るう人です。必ず深夜、毎日というわけではありませんが週に一度以上は必ず、どったんばったん、ものが投げられ壁にぶつかる音から始まり、どしんばしん、父が母を殴る音が聞こえます。

 声は、獣の唸り声のような、激しい咳のような低い音声は聞こえますが、言葉は聞き取れません。父は一応、子供部屋のわたしの存在を意識しているようでして、寝静まった息子を起こさない配慮をしているつもりではあったようです。それは母も同じことで、母は悲鳴や鳴き声を抑えていました。

 しかしわたしは聞いていました。夜中じゅう、ずっと起きていました。眠れるはずもありません。

 大きな音がしているから眠れないわけではないのです。理由は二つあります。一つは父が母を殺した後、わたしのことも殺しに来ると思ってずっと警戒していたためです。

 根拠のない妄想ではありません。わたしが七歳ぐらいのころ、一度母はわたしを連れて、自分の実家に帰ったことがありました。原因はわかりません。その頃もまた父が母に暴力を振るっていたのか、わたしに記憶はありませんが、おそらくそのような理由なのでしょう。しかし母が父の元へまた戻っていった理由も覚えています。

 「自殺する」

 と父が母に言ったのです。母が自分の元へ戻らないのなら、自殺すると。なぜわたしが知っているのかというと、祖父母の家にかかってきた電話をたまたまわたしが取り、相手が父だったのです。

 「父さんが死んでもいいのか。自殺するぞ」というようなことを父は言っていました。七歳のわたしは「死ぬ」とか「自殺」とかいう言葉をうまく理解していませんでしたし、毎日仕事で遅くに帰ってくる父はわたしにとって影の薄い存在でしたから、父が死ぬと漠然と想像しても、アニメのキャラクターが死ぬぐらいの気持ちにしかなりませんでした。

 冷たいことは百も承知ですが、親を大事に思うべき義理とか、生活費を稼いでくれている事実とか、小さい子供には意識し得ないことです。日頃ふれあいの量がすべてものを言うのです。


 それからしばらくして、母とわたしは父の元へ戻りました。それからの夫婦仲はよくわかりません。父は以前の通り影が薄い存在でした。母のことは普通に好きでした。

 父の母への暴力が再開したのは小六の半ばです。がっしゃーん、と食器が割れる激し音がして、わたしは自室からリビングへ様子を見に行きました。皿やビール瓶が床に散乱し、父と母はどちらも立っていました。わたしは嫌な気配を察知し、部屋に戻って布団をかぶりました。それからどったんばったんと暴力の音が響きました。

 家は3LDKのマンションでしたから、部屋にどうこもっても音は聞こえてしまいます。わたしは初めこそ暴力を振るわれている母を思っていましたが、次第に自分へ飛び火するかもしれない恐怖、もし父が部屋に乗り込んできたらどうするか対策を練るストレスに心が蝕まれていきました。

 わたしは部屋の引き出しを三つか四つ引き抜いて、ドアの前に置いてバリケードにしました。それだけでなく修学旅行で、ノリで買ったまま放置してあった木刀を布団の中で手放さないようになりました。

 父が枕元に立ち、身を屈めてわたしに手をかけようとしたときその頭をかち割って返り討ちにするシミュレーションを何度も繰り返し行いました。枕の下にはカッターナイフも忍ばせました。

 暴力の準備は十二歳のわたしにとってはある側面ではわくわくして、楽しいとも言えなくもありませんでした。

 わたしはあらゆる方法で父を殺す妄想に明け暮れました。

 木刀で頭を割り、絶命させる方法。カッターナイフを目に突き刺す方法。包丁で腹を刺す方法。油とライターで焼き殺す方法。そういったぎりぎり現実的な方法から、四肢を切断する、逆さ吊りにするといったほとんど不可能な方法まで幅広く夢想しました。

 父の暴力を警察に通報するといった発想もありました。わたしは小五の時点で、携帯電話を買い与えられていましたから、部屋の中から布団の中で震えながらも百十番することは可能でした。

 だけどしませんでした。なぜだかわかりません。案外、親を通報するなんてという良心が働いたのかもしれません。

 有事の際、十二歳が成人男性に本気で勝てると思っていたのかと詰め寄られるのは、痛いところです。暴力の音を聞いているとアドレナリンが体を巡って果てしない万能感が頭を支配するのです。

 それでも部屋を出て、父に挑んでいかなかったのは、やはり本気で勝てるとは思っていたからなのでしょうか。

 「いっそ殺されるぐらいなら」といつでも窓から飛び降りる準備もしていました。

 マンションの部屋は三階でした。窓の下はコンクリートでした。無傷で生還できるとは思えませんが、即死するような高さとも思えず、希望は比較的近い距離に電柱があったことですが、飛び移るような策を立てていたわけでもなく、やはり死ぬ気だったのかと考えれば怪しいところで、わたしはきっとわたしが窓から飛び降りるときの父の後悔が見たかったのだと思います。

 七歳の時、「自殺する」と言って母を呼び戻した父、十二歳の時再び母をDVし始めた父、そして母を殺してしまったからといって子供のわたしにも手をかけ一家心中を図ろうとする父。

 なんて自分勝手な父。子供が自殺しようとするほど追い詰められていたことを目の当たりにして、後悔すればいい。妻と子を亡くし、空っぽになった自分の人生を後悔しながら生き永らえればいい。どうせお前は自殺なんてしない。

 そんな想像をすると、いくらか心が安らぎました。人には必ず人を傷付けた後ろめたさが宿る、ましてや親子間ならばなおさら。とわたしは盲目的に信じていました。わたしは幼かったということです。

 さて、まるで父が母を殺し、わたしも殺して心中しようとした妄想を今、事実のように語りましたが、父は母のことを殺していません。わたしのことを殺そうともしていません。

 ややこしい話し方をしました、ごめんなさい。「父の後悔が見たい」というのも当然、今のわたしが過去のわたしの気持ちを推測したに過ぎませんでした。

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