第28話 落着

 相馬総合病院に来た。


 彩葉の父親が経営している病院で、数多くの有力者がかかりつけ医院としているような、確かな腕のある医師がいる、この街では一番有名な病院。


 私達家族も、病気や怪我をした時はずっとここにお世話になっているし、医院長である彩葉の父親と、父さん母さんが知り合いだったのは驚いた。


 訳の分からない顔をしている大泉先輩を連れてここに来た後、私達は医院長室に通された。


 先輩が付き合っていた人と一緒にいた女性、その人が問題だった。


 どうやら彼女は、有名な人だったらしい。


 とは言え、存在は知られていたけど、それが何処の誰なのかとまでは分かっていない人で、忍が彼女を探っている時に接触して来たのが、龍華の部下だったみたいで、私が龍華に連絡して分かった。


 その人は、性病を撒き散らしている女だと言う。


 なんの為にそんな事をしているのか分からないけれど、その手口は共通している。

 いや、手口というよりも、被害にあった人に共通している事があった。


 彼女は自分から誘う事はないそうだ。

 声をかけて来た相手、つまりはナンパね、そんな男と話をして、パートナーがいる相手とだけ関係するらしい。


 個人的には、彼女が居るのにナンパするような男、天罰が下って当然だと思うし、龍華もそう思うらしいけど、龍華はこの街の風俗も管理しているから、そうも言ってられないのだと。


 漸く最近見つけたらしく、そのうち龍華も接触しようと思っているらしい。


 さて、そんな彼女と一緒にいた人が、大泉先輩の彼氏なのだから、当然大泉先輩も何らかの病気を貰っている可能性があると思われた。


 何も無ければ放っておこうと思ったけれど、先日私の下駄箱に、使用済みナプキンが入れられていた。


 彩葉は苦笑いをしながら請け負ってくれた。

 結果は陽性。


「そんな…あ、あぁぁぁ。」


 先輩は真っ青な顔をして泣き崩れた。


「大丈夫だよ先輩。そのままにしてたら子供が産めない身体になっていた可能性もあるけど、今から治療すれば完治できるって。ね、お父さん?」


 彩葉がそう言うと、父親は優しい顔で頷いた。


「で、でも…両親になんて言えば…」


 先輩はもう可哀想なくらい取り乱し、頭を抱える。


 それはそうでしょうね。

 それでも、まだ幸運だったと言える。

 彼女から感染する病気は、一つではない。


 その中でも軽い方だったし、聞いたところによると、もっと重篤な感染症を伝染された人もいるらしい。


「はぁ…先輩、感染経路は性交渉だけではないわ。」


「山口さん?」


「ねぇ先輩、この前の温泉気持ち良かったわね?」


「温泉?…何を言って…」


「私も同じ症状みたいだし、一緒に感染してしまったようね?一緒に説明に行きましょうか。」


「や、山口さん…」


 彩葉は困った子を見るように私を見るけれど、別に大した事ではない。


「分かったわよ。私も一緒に行く。相談を受けて、ウチの病院で調べてもらったって言えば説得力増すでしょ?」


「相馬さん…あ、ありがとう。ありがとう…うぅ。」


 温泉で性病に感染するなんて、本当は一部を除いて無いそうだけど、そんな事知らない人の方が多いでしょ?


 温泉施設に迷惑をかける訳にもいかず、間違えて他人のタオルを使ってしまったという事にした。


 まぁかなり無理があるけど、先輩は猫を被るのが上手みたいだし、両親は信じたい話を信じるでしょうし、私が一緒に感染した事にしていれば問題ないのではない?



 先輩が青い顔をしながらも、漸く動けるようになり、私と彩葉は先輩の家に行くことにした。


 他の子達は、病院に来る前にお別れしていたから、三人で家に向かう。


 先輩の家は、普通の家だった。


 普通の家庭で育ち、両親の期待を一身に浴びて、周りのお金持ち達に劣等感を抱きながら、その頂点に立った気がしたと、家に来る道すがら先輩は言った。


 私に対して色々と謝罪をして、明日、男の子達に私を襲わせる計画もあったと泣きながら話す。


 私に対してはどうでもいいけれど、そんな大勢を不幸にするようなやり方は止めなさいと言っておいた。


 先輩は何を言われているのか分からない顔をしていたけど、因果応報は必ず訪れるのだと話すと、また泣き崩れた。


「私に何か言いたい事があるなら受けて立つわ。卑怯な手を使うなら、次は全力で叩き潰すから覚悟しておいてくれるかしら?」


「私は井の中の蛙だった訳ね…」


 泣き腫らした顔をした先輩と、家にいた母親に会い話した。


 彩葉が相馬病院の医院長の娘だと知り、また、ちょっと感染したけど、珍しくもないんですよと、明るく口から出任せを言ったお陰か、安心した顔を見せた。


 彩葉の父親から持たされていた注意事項が書かれた用紙を手渡し、私達は大泉家を後にした。


「美月バカじゃないの?」


「何よ突然。」


 帰り道、彩葉が呆れたような顔をして私に言った。

 呆れたような、ではなくて、呆れているのだろう。


「聞いたよね?美月を襲う計画までたててた人だよ?」


「どうでもいいじゃない。襲われたとしても、返り討ちにするわ。」


「それはそうかもしれないけどさぁ…」


「いいのよこれで。彼女も自分の弱さが良く分かったでしょうし、もうくだらない事はしないと思う。恨みや憎しみは、元から断つ方が面倒がないのよ。叩き潰して怖がらせるより、懐柔する方が効果的でしょ?」


「そこが結月お兄ちゃんと違う所だよね〜。」


「その言い方は止めなさい。結月はやり過ぎるのよ。今回も助かったわ。彩葉、ありがとう。」


「どういたしまして。でもそれは皆に言ってあげてね?」


「分かっているわ。」


 既に日は暮れ、これで煩わしい事が終わると、二人でゆっくりと風月に親しみながら歩き、帰路に着く。


 私の方は終わったけれど、あちらの方はもっと面倒な事になっていそう。

 龍華に聞かされた話も、私が無関係で居られるかは分からない。


「ねぇ美月、今日さ…」


 私より少し前に歩いていた彩葉が、クルリと振り返り、話しかけてきたタイミングで、私のスマホが鳴った。


「あ、ごめんなさい彩葉。もしもし…え?わ、分かったわ。直ぐに行くから。」


 通話を切ると、彩葉が心配そうな顔をして私に近づいて来た。


 そんな深刻な顔をしているのかしら?

 まぁそれも無理はないわね。


「どうしたの美月?大丈夫?」


「大変よ…撫子がね…」


「撫子?何かあったの?」


「泊まりに来ないかですって!あぁ、やっと父さんの写真が見れるわ!」


「えぇ?あぁ、うん。」


「だって!引越しの荷物が片付いていないからって、中々招待してくれなかったのよ?どれ程この時を待ったか!」


「どれ程って…二週間も経ってないじゃん。」


「さぁ、一度帰って支度しなくちゃ。」


「……くぅぅ。折角美月を家に招待してお泊まり会しようと思ったのにぃ〜。一緒にお風呂入って、一緒に寝て、期せずもくんずほぐれつ――」


「何をごちゃごちゃ言っているの?彩葉も支度してきなさい。」


「え?私も一緒に行っていいの?」


「当たり前でしょ?撫子もそのつもりよ?」


「そ、そっか。んじゃ、もう暗いからさ、ウチのお母さんに車出して貰うよ。一度ウチに来て、美月の家に行って、それから撫子の家に行かない?」


「それは助かるわね。お願いしてもいい?」


「いいよ〜!」


 色々と考えるのは後でもいい。

 今は…フフッ。

 若かりし頃の父さんの姿を見れるという興奮で、それどころでは無いのだから。

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