第21話 お友達

 登校初日、下駄箱を開けるとそこには生ゴミが入っていた。


「はぁ…本当にワンパターンね。」


「美月、おはよう!」


 中学の時からのお友達である、相馬そうま彩葉いろはが私の肩を叩き、元気に挨拶をしてくる。


 ショートカットで両サイドをヘアピンで止めて、授業でノートに書き込みをする時に髪の毛が前に来ないようにしている。余りオシャレに頓着がなく、清潔感はあるけれど、女の子らしさを押し出すような事はしていない。パッチリとした目をしていて、両口端を大きく上げて笑う彼女は健康的な可愛らしさ。明るく裏表のない性格をしていて、私の大切なお友達。


「あぁ彩葉、おはよう。」


 私の表情を見て何かを察したのか、開いている下駄箱の中を覗くと苦笑いをする。


「良くやるよね。コレじゃあアッチにも被害が出てるんじゃないの?」


 アッチとは結月の事でしょうね。


「どうかしら。私達が兄妹なんて知っている人はそんなにいないと思うのだけれど。何かあっても結月は自分でなんとかするでしょ?」


 本来昨日の時点でここにある筈の上履きは、こういう事もあろうかと念の為に持って帰っていた。上履きを取り出して履き替える。

 そしてこれも持って来ていたビニール袋に手を突っ込んで生ゴミを掴むと、そのままくるんと裏返して取り除く。

 更に除菌シートを取り出して拭き、消臭スプレーを吹きかけた後、靴を下駄箱にしまう。


「くくっ、流石美月。」


 何が流石なのかしら。

 本当に面倒な事この上ないわ。

 そっと息を吐く。


 彩葉も自分の下駄箱を開いた。

 彼女の方には何も起きていなかったようで、上履きに履き替えて、私を振り返る。


「どうする?どれくらいで終わらせるの?」


「今週中には終わらせたいわね。」


「分かった。協力出来る事があったら言ってね?私達は上級生を当たってみるから。」


「ありがとう。助かるわ。」


 彩葉は私と同じクラスで、他の6人のお友達は特進クラスではなかった。

 元々頭の良かった彩葉と私で他の6人に勉強を教え、この学園の受験に備えたのはいい思い出ね。


 私達の学年は10クラスあり、特進クラスは5組と9組と10組。私達のクラスは校舎の一番奥、10組だ。


 どんな人がいるのかと少しだけ興味があって、隣の9組の前を通りながら横目で教室を伺う。


「どうしたの美月?」


 彩葉に言われて立ち止まっていた事に気が付いた。


「何でもないわ。行きましょう。」


 隣のクラスに見た事のある生徒がいた。

 ただそれだけ。


 教室に入ると、先程回収したビニール袋をゴミ箱に入れ、自分の席に着いた。


 彩葉は自分の席に荷物を置くと私の席まで来て、耳打ちする。


「ザワついてるね。美月と話したいんじゃないのかな?」


「そう?それなら話しかけてくればいいのに。」


「これだから美月は…皆美月みたいに強くないんだよ?」


 そう言われれば遠巻きに見られているような感じはする。でも、お話をしたいというのに、強いとか強くないとかは関係ないと思うのだけれど?


 そんな中、一人の女子生徒が私の席まで来た。


「あのあの!山口さん、私は渡部わたべ撫子なでしこ。」


 そう名乗った彼女は、一言で言えば小動物。

 緊張しているのか、目線を合わせづらそうにあちこちに視線を向け、モジモジとしている。

 身長は引くく、揺れているポニーテールが可愛らしい。


「渡部さんね?それで、どうしたのかしら?」


「うん、あのね?昨日私の両親に聞いたんだけど、山口さんのお父さんと同級生だったみたい…」


「なんですって!!」


「ひいぃ!ご、ごめんなさい!」


 余りの事に立ち上がると、椅子がガタンと大きな音を立てる。

 取り乱してしまったけれど、それは仕方の無いことでしょう?


「ちょっ!ぷふぅ…美月、お、落ち着いて!」


 彩葉が口元を片手で隠し、今にも吹き出しそうになりながら私の肩にもう一方の手を置いた。


「だって彩葉!これは大変な事よ!」


「クッ…ブフッ…見て、渡部さんを見て!」


 そう言われて渡部さんを見てみると、両手で頭を抱え、涙目で震えながら蹲っている。

 ああ、なんてこと!


「渡部さん、脅かす気はなかったのよ?私、渡部さんととても仲良くなれそうな気がするわ。」


 私は蹲っている渡部さんを抱え起こし、頭を撫でてあげる。

 彼女に悪い印象を与えることは罷りならないわ。

 決してね!


「はひっ…え?本当に?」


「ええ、勿論よ。色々とお話をしましょう?」


「うん。あのあの!私双子なんだ。だから、撫子って呼んで貰えるかな?」


「うわっ!本当に?あ、ごめん。私は相馬 彩葉。私とも友達になってくれるかな?」


「う、うん!」


「じゃあ私達の事も名前で呼んでよ撫子。」


「彩葉と美月だね?分かった!あぁ〜良かった。いい人そうで。」


「美月もね、双子なんだよ!」


「うんうん!昨日パパとママに聞いたんだ。結月君だよね?」


 私は一見取っ付き難いとか、話しかけにくいと言われる事がある。

 こういう時、彩葉が傍に居てくれると話がスムーズに進む。


 私は撫子を逃す訳にはいかない。


 何故なら、撫子の家には、父さんの若い時の写真があるかもしれないのだから。


 今私は、過去に類を見ない程胸が高鳴っている。


 父さんは何時も言っていた。

 男は余り自分の写真を撮らないと。


 だから父さんの高校時代の写真は、母さんが撮った物が多くて、それは尽く母さんとのツーショット。

 しかも父さんの三年時だけ。


 ああ〜!どうしましょう!

 一年生の時の写真なんかがあるのではないかしら?


 母さんと付き合い出したのが高三からと言う事なら、もしかして母さんですら見た事のないそれより前の父さんの姿が…


「フッ…フフフフフ…」


「「美月?」」


 考えるだけで嬉しさが湧き上がってくる。

 これでやっと母さんに一泡吹かせる事が出来そうね。


 もう今日は授業なんて受けないで撫子を連れて、撫子の家に行くべきなのではない?

 そんな興奮を必死に抑え、私はニッコリと笑う。


「結月の事はどうでもいいけれど、よろしくね、撫子。」


 初日から早退なんてしたら父さんが悲しむものね。

 時間はあるわ。楽しみは取っておくものよね?


「ど、どうでもいいの?そっか、そうだよね?私だって片割れの方なんかどうでもいいもん。宜しく、美月、彩葉。」


 こうして私達は、早々に友達を作る事が出来た。


 さて、後はこの学園での安寧を得なければいけないわ。


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