第15話 魔王の女
伸びている二人を代わる代わる眺めて、その場に居た皆はしばらくの間無言になった。
私があれ程怖いと思い、絶望的な気持ちになるような威圧感を漂わせていた二人は、文字通りあっという間に退けられた。そのとても現実味の無い光景を見せられて、結月君が言っていた蹂躙という言葉が大袈裟ではないように思えた。
「すっげー!流石タイガーだよ!初代を超えてるんじゃないか!?」
雛虎さんが興奮してタイガーさんに駆け寄る。
「しょ、初代?!いや、今のタイガーに勝てる奴なんかいないだろ!」
結月君も同じ様に駆け寄り、龍華さんや光凪ちゃん、私もタイガーさんの元に歩み寄った。
皆が一通りタイガーさんを称えた後、結月君が私に向き直る。
「さぁて凛、お前の出番だ。」
そう言って倉庫の扉を指さした。
「奴らもさっきのタイガーの活躍は見ているはずだ。出てこようなんて思わないだろうからな。扉をこじ開けるぞ。」
なるほど、確かに私の出番だと思い、扉の前に座った。
「よし、やれ凛。アバカムだ!」
「あ、あば…?なんですか?」
「あ、いや。なんでもない…」
よく分からないけど、結月君に言われた通り、私は鍵を開けた。
振り返り皆を見回した後一つ頷くと、皆はニヤリととする。
結月君がドアノブに手をかけた時、背後から車やバイクのエンジン音が無数に響いてくる。
「お、来たな。」
龍華さんが呟き、次々とやってくる人達の方に向う。
その人たちは龍華さんに挨拶をすると、伸びている金髪と銀髪を縛り上げて、車に押し込んでいた。
あの人達、一体どうなるんだろう…
とても気になるけど、結月君に任せた以上口出しはしないと決めていた。
「じゃあ、入るぞ?」
キイッ…
という蝶番の軋む音と共に、扉は開かれた。
タイガーさんは結月君の肩を叩き、「後はお前がやるんだろ?」と言うと、結月君は頷いた。
結月君が一番に入り、その後に龍華さん。次に雛虎さんが続き、光凪ちゃんが入った後に私はついて行く。
タイガーさんは扉の中には入らなかった。
中には四人の男の人が思い思いに武器になりそうな物を手に、コチラを睨んでいる。
「女と子供ばかりじゃないか!」
「ば、ばか!お前さっきの見てただろうが!」
「ヤバいのはあのマスク野郎だけだ!アイツらの中の一人でも人質にして逃げるぞ。」
撮影班の三人がごちゃごちゃと話し合い、お母さんの彼氏だった人は忌々しそうな顔で私を睨んでいる。
少し前はとても怖かったのに、結月君達と一緒にいる今は、何とも普通の人達だなぁと思ってしまう自分に、驚いた。
「さぁて、お前らには色々と提案しないといけない事が…」
先頭に立っている結月君が話し始めるけど、三人の男が喚き出す。
「てめぇら!とんでもねぇ事しやがって!」
「そうだ!俺達の努力を!」
「返せ!クソガキが!」
言葉を遮られた結月君は、とても不愉快そうに舌打ちをした。
「ちっ…言葉も通じない獣共が。」
俯きボソリと呟いた結月君を見て、私は背筋が凍るような感覚を覚え、ブルリと震えた。
え?結月君?
苦笑いをした龍華さんと雛虎さんが結月君の前に出て、男達に忠告をする。
「あんた達、これ以上結月を怒らせない方がいいよ?」
「そうだぞ。お前達の命運はコイツにかかってるんだからな?」
命運?
雛虎さんが口にした言葉に不安を覚えた。
そんな事はお構い無しなのか、女性二人が前に出たのがチャンスだと思ったのか、三人のうちのそれぞれバットとゴルフクラブを持った二人が、奇声を上げて二人に襲いかかった。
「あぁぁぁぁあ!死ね!」
「クソがぁぁ!」
危ない!
そう思ったのは私だけだった。
結月君は俯いたまま、光凪ちゃんは興味無さそうに、ピクリとも動かなかった。
男達が眼前に迫った時、私の前で黒いゴシックドレスがヒラリと翻った。
先程のタイガーさんを思い浮かべるように、クルリと回転したかと思うと、ドムっ!という鈍い音と共に、龍華さんのヒールのあるブーツが男の下腹部に埋まった。
「ごはぁ!」
ビクビクと震えた後、男は口から泡を吹き、白目を剥いてひっくり返った。
龍華さんと同時に動いたのは雛虎さん。
龍華さんの洗練された動きと対称的な、なんと言うか野性的な動きだった。
例えるなら、熊に襲われたら人はこうなるんだと思わせるような。
雛虎さんが右手を大きく振り被り、力任せに男を薙ぎ払う。
側頭部にそれを受けた男は、ダァン!という派手な音を立て、地面に薙ぎ倒され、一度バウンドをしてから動かなくなった。
「あ…え?」
残った二人はあまりの事に頭がついて行かないようで、震えながら言葉に詰まる。
「結月だけじゃなくてさぁ、私も怒らせない方がいいよ?わかる?」
龍華さんがニコリと笑いながら優しく言っているのだけど、何故かドスが利いているように聞こえる。
「何なんだ…お前ら…」
震えながらお母さんの彼氏が呆然と呟くと、龍華さんはドレスの裾をそっと持ち上げ太ももを露わにして、雛虎さんは袖を捲りあげて肩まで露出する。
二人が露にした場所には共通のタトゥーが刻まれていた。
「何なんだと聞かれれば、『
結月君に教えてもらったけど、黒蜥蜴と言うのはこの街を裏で牛耳っている『
「な、なんでそんな奴らが出てくるんだ!何でそんなガキとつるんでる!」
そんなガキと言うのは結月君の事だろうか。
前に出ていた龍華さんと雛虎さんは左右に避け、結月君がその間を通り、前に出た。
私達の背後の扉が開き、黒蜥蜴の構成員が何人もゆっくりと入って来て、結月君の背後に並び立ち、龍華さんと雛虎さんは、イタズラを思いついたような笑みを浮かべながら結月君に左右から撓垂れ掛かる。光凪ちゃんも面白がって結月君にそっと抱き着く。
これが興が乗ったという行動なのかもしれない。
美女と美少女を侍らせ、背後には屈強な男達が揃うその中心にいる結月君の姿は、まさに魔王だと思わせる光景だった。
何となく、私も負けていられない気になり、光凪ちゃんの隣から結月君に抱き着いた。
結月君は一瞬だけ意外そうな顔をして、その後ニヤリと笑った。
「お前ら、俺の女に手を出したんだ。何をされても文句は言えないだろ?」
多分巫山戯ているんだと思う。
この状況を面白がって、みんな遊んでいるのだろう。猫が鼠を弄ぶように、目の前にいる男達を弄んでいるんだ。
それでも、私は結月君に自分の女と言われたのが嬉しくなってしまった。
「お、お前の女って…凛ちゃんか?!いや、まだ手を出して…」
お母さんの彼氏が慌てて言い募るも、今更そんな話は結月君に届かなかった。
「これからお前達には、海外で生活してもらう。」
「…は?え?」
結月君の宣言に、男達は訳が分からないという顔で、震える。
「さっきDVD見ただろ?あれさ、演者がなかなか集まらないって話を聞いてね?ほら、丁度そういうの作るのが好きなお前らがいいんじゃないかと思ってさ。」
あぁ、そう言う事なんだ。
「え?ちょ!」
お母さんの彼氏は青ざめた。
「海外で好きな事をしながら生活をすればいい。」
雛虎さんが言うと、龍華さんは笑い出す。
「外人はデカいぞぉ〜。良かったねぇ!」
男達はガタガタと震えながら、許しを乞うように私を見た。
私はお母さんの血塗れになった姿を思い出し、その視線から目を逸らす。
その時、光凪ちゃんのスマホが鳴り、メッセージを受信したらしい。
それを見た光凪ちゃんは、何も言わずにそれを私に見せてくれた。
そこにあったのは、お母さんがこうなってしまった経緯。
読んでいる間にも、結月君の話は続く。
「初めてか?大丈夫だ。良く言うだろ?初めての時は、天井のシミを数えてればいつの間にか終わるもんだって。」
私はメッセージを読み、結月君が男達に話している言葉が聞こえない程の、かつてない怒りに身をふるわせた。
「結月、初めてでも男同士なんだから、上は見れないだろ?後ろから攻められる訳だし?」
「あ、そうか。流石龍華ちゃん。ん〜、じゃあさ、シーツの皺でも数えてたら?」
男達は、青を通り越して、白い顔をしながら冷や汗をかいている。
一気に老けたように見える。
そこで結月君が男達に優しい声をかけた。
「まぁ俺も鬼じゃない。自分達で稼いで帰ってきて、俺達に分からないように生きるなら、それ以降は何もしない。そうだな…本来なら出演料はやらないと聞いていたんだが、俺が交渉して出演料は貰えるようになっている。」
男達は縋るような目で私を見詰め、私は今知った事実で男達に嫌悪感以上の憎悪の篭った目で睨んでやる。
「お前らの出演料は、30円だ。まぁ数千本も出れば、帰国の資金になるんじゃないか?」
「さ、さんじゅう…」
結月君は暗い笑顔で男達に宣告する。
撮影班の一人は泣き崩れ、お母さんの彼氏は脚をガクガクと震わせ、その場に蹲って嘔吐した。
そんなお母さんの彼氏に結月君は近づき座り込み、吐き終わっても俯いたままになっている頭を、髪を掴んで持ちあげた。
「肛門括約筋がズタズタになるまで頑張れよ?」
虚ろな目をしているお母さんの彼氏に顔を寄せ、鼻をつまみながらそう言うと、お母さんの彼氏は叫び出した。
「キィェエあぁアァア!」
結月君に掴みかかろうと手を出して、その手はあっさりと結月君に捕まえられた。
捕まえた腕を捻りあげるようにしながら結月君は背後に周り、後ろ手になったお母さんの彼氏は、大きく足を開いた正座のような格好で固定された。
恐怖に引き攣った顔で、必死に背後にいる結月君を振り返る。結月君はしばらくの間その顔を何も感じさせない表情で見つめた後、私にゆっくりと視線を向けて言った。
「…蹴り潰せ、凛。」
何処を?等と聞きはしなかった。
その大きく開いている足の間の部分だと直ぐに分かる。
普段なら怖くてそんな事は出来ないけど、メッセージを見た今となっては、そうするのが一番良い事だと思った。
これ以上犠牲者を増やしたくなかったし、何より、今の容赦のない魔王的な結月君に女と呼ばれたのなら、私もそれに相応しく振る舞おうと覚悟を決めた。
「貴方のせいで…」
怒りの視線を向けると、それに気付いたお母さんの彼氏は、大きく目を見開く。
「や、やめて…わ、悪かった。謝るからぁ!」
何時も嫌な視線を向けてきていた相手が、今は私に許しを乞う状況にも関わらず、私には哀れとすら思えなかった。
ガタガタと震え、恐怖で下半身を濡らす。
これ迄やめて欲しいと懇願した女の子が沢山いたはずだ。
自分だけ許して貰えると思っているのだろうか。
私の家族を壊して、お母さんにあんな事をして、許せる訳がない。
「やれ!凛!」
「はい!くたばれクソ男ぉ!!」
思い切り振りかぶった足を、狙い通りに振り抜く。
何かが潰れるような嫌な感触が足に伝わってきた。
「ギィィ!!」
満足した様な笑みを浮かべた結月君が手を離し、お母さんの彼氏は奇声を上げて、自分が撒き散らした吐瀉物と尿の上に倒れ動かなくなった。
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